3 : Conquest
オアフ島南部、ワイキキ。午前十一時〇三分。
険しい山肌と窪んだ山頂部が特徴的なダイアモンドヘッド火山は、オアフ島のシンボルであり、マグマが生みし炭酸ガラスの恵みによるアクセサリーも名物だ。
他にも、海を一望出来る事から観光スポットとしてだけでなく、現に管理軍がカルデラ部を制圧し迎撃兵器で固め、防衛拠点としての機能だって持っている。
その南方三十キロメートル、洋上に要塞に果敢に挑む者達が居た。
全長・全幅共に五十メートルを超える灰色の輸送機。海面から百メートルにも満たない低空で静かな海を白く波立たせ、四キロメートル四方には十数機の味方輸送機以外に存在しない。
オーストラリアからハワイ諸島まで約八千キロメートル。艦隊では最低六十八時間は掛かる。航空機を向かわせるにも航続距離は足りないが、そこでフィジー、キリバス諸島の中継基地を経由し、断続的に空中支援を行っている。
とはいえ空輸では輸送にどうしても制限があり、精々味方艦隊が来るまでの時間稼ぎが良いところだ。相手も同じ手を打っていれば尚更。
管理軍側の別艦隊はロシア、ウラジオストクより出航し、オアフ島到着には五十七時間を要する。それより三十五時間早く着くロサンゼルス艦隊が島を奪還し敵艦隊を追い払ってくれれば幸いなのだが……
「電波妨害は依然と続いています」
「やはりか。そろそろヘルメットを被るんだ。十数メートル程度であれば一応通信は機能する筈だ。ダイアモンド・ヘッドを取り戻せば島の四分の一は電子防護も出来るだろう」
「こちら投下は何時でもOKです」
「防御能力に優れたトランセンド・マンがもっと居たらなあ……」
カーゴ内では、首から下をチタン合金製パワードスーツに包む兵士達が談笑を交えつつ腕や肩に付いた装備をチェックし、各々の顔を引き締めていた。
電波妨害によって強力な航空兵器の存在が予想される現状、反乱軍は輸送機で小型揚陸艇ごと運び上陸、と判断した。
島北東部は突き出た半島部のマリーン・コー・ベースを主軸に反乱軍がカネオヘ、カイルアにて必死の抵抗を繰り広げている。別の輸送機隊がこちらを支援する予定だ。
そして、トランセンド・マン三名含む小数精鋭部隊による真珠湾奪還をこの飛行隊が担っている。
彼らが立つのは、全長十八メートル、全幅五・四メートル、全高三・六メートル――貨物室に少し余裕を空けて入るサイズの箱型揚陸艇。
「開くぞ! 合図で射出するから着水に備えろ!」
慌てた誰かが銃の排莢部に塗り過ぎたグリスを拭き、鮮やかな赤いサイレンが貨物室内を轟かせる。後部のカーゴドアが重く開き、荒々しく白い尾のように波立つ時速三百キロメートルの海面が迫っていた。
渦巻く水飛沫を拭いながら一同はチタン合金製のフルフェイスヘルメットを被り、慌ただしいサイレンが緑に切り替わる。途端、ワイヤーに引っ掛かった船は機体の反対側に投射され、ほぼ速度ゼロで海の上に浮いた。
ヒュン、と車が急な坂道に差し掛かったような落下感──衝撃はそれだけだった。後方の操縦ハッチから装甲ヘルメットの顔が出現し、一個小隊は水平線に浮き出た大地を目指す。
先頭の青年が、ダイアモンドヘッドを見透かすように不安定な甲板の上で立つ。ふと、山頂が砂粒の如く煌めいた。
生化学兵器への耐性もあるスーツだが、大砲の弾相手では無鉄砲にも程がある。揚陸艇も簡易的な防弾機能しか有していない。運良く生き残っても短時間は窒息死しないとはいえ海の底に沈められては計画が水の泡だ。
直後、兵士達の心配を余所に青年は表情一つ変えず、背中から弾倉の無いアサルトライフルを構える。スコープも無く、肉眼で雲の切れ端を覗くようだ。
引き金を引くが、反動もマズルフラッシュも発砲音も無い。直後、空に灰色の火球が生まれた。
上空五百メートル以上から降り注ぐ榴弾砲の破片は空気抵抗によって軽減され、パワードスーツのプレートを貫通するどころか人体への殺傷能力さえ無い。送ってくれた輸送機を狙うロケット弾の群れも煙の軌跡を描く途中であえなく散り、爆音が兵士達をピリッと揺さぶる。
見えざるエネリオンの銃弾が数え切れない誘爆させていく様子はまるで神か天使かが我々を護ってくれているような気分だった。
『ノルマンディー上陸作戦ってこんな気分だったのかな』
『ライアン二等兵を探すよりはマシだろ』
『余計な事言うと弾運び係にするぞ』
頭上で揺らぐ大気に軽く怯える兵士達を上司が叱咤。第二次世界大戦より百七十二年、大きく進歩した文明の生んだ装甲と突然変異戦士を信じる以外にない。
双胴型の船体とウォータージェットの組み合わせで最高時速八十キロメートル以上に達する揚陸艇は十分も経たず、無数の銃弾が海の底へ消えていく傍ら、船首のドアがなだらかな浜辺に短い橋を架けた。
『登山の時間だ! 行け行け行け!!!!!』
灰色の歪な花火が上陸者達を歓迎する。小銃を構えた軽装の人物の切り込みを先頭に、無限軌道のローラーを履いたフルアーマー強化外骨格達が時速五十キロメートルで砂地に一本線を引いていく。
その横に機動戦闘車や二足歩行戦車が、後に続く歩兵の盾になるよう砂浜にタイヤ痕を残す。小銃を抱えた歩兵達もマラソン大会の如くゴールである頂上目掛けて一歩も足を休ませる事無く追走。
まず行く手を阻むのは対戦車ロケット砲を備えた歩兵やバリケードや装輪車両、頂上の盆地には榴弾砲や迫撃砲やミサイル――それぞれの兵器の距離差を活かして一点に火力を集中させる作戦か。
“超越せし者”三人は休む暇無く近距離から飛来してくるグレネードを避けながら依然舞い降りてくる砲弾達を迎撃し、後に続く通常兵器達が弾幕で圧倒――殲滅よりも地域制圧が目的もあり、通常・特殊戦力混合の定石となる戦法だ。
三脚に立てた汎用機関銃を土嚢から浴びせる敵兵一人。出鼻を挫こうと五十口径弾はチタンの装甲へ突撃していくが、流線型の鎧は斜めに逸らしていく。
訪問間もなく殻をガツンと叩かれた滞在客、外貨代わりに三銃身ガトリングガンの乱射で返礼。
短い林に差し掛かり、障害物や木の幹を盾に榴弾で塹壕や木陰に潜む分隊を燻り出す。負けじと向こうの多脚戦車が放つグレネードで誰かが宙を舞った。
反乱軍側の総員数は四、五個中隊レベル。人数では不利な上、相手が待ちに徹する以上、耐久力と機動力が試される。少しでも立ち止まれば吹き飛ばされる、まさに背水の陣。
樹木の間を縫う車両が潜むロボット歩兵をあぶり出し、応じて向こうも障害物や装甲車両を盾に防砂林の奥へ後退する様子が窺える。装甲車に付いた重機関銃の掃射に数人が伏した。
機動戦車が行く手を阻むコンクリート壁を突進で粉砕。姿を現した二足歩行ロボットの群れが榴弾で反撃。装甲が削られる傍、随伴歩兵達が金属人形を小口径弾の嵐で蜂の巣に。
林を抜けたお次はX字に組まれた鋼鉄製が機動を遮る。見上げれば、何層何百メートルにも重ねられた大量の障害物が斜面に連なっている。一々処理をするには時間が勿体ない。
『処理ロケットはまだですか?!』
『あと三分だ! タイマーをセットしろ! カップラーメンくらい待て!』
【三分〇〇秒】
最前線、三十秒前まで管理軍のものだった塹壕は撤退されパワードスーツ部隊が束の間の休息地としていた。
しかし敵の失速を知った管理組織軍は黙って見ておらず、装甲ヘルメットの顔を出した時、小銃擲弾の大きな穴がこちらを覗いていた。
三銃身ガトリング搭載の右腕を前に――秒間五十発の小銃弾掃射で兵士数人がうつ伏せになる。掘削機械のような音に、更に奥に居た奴らもこちらへ殺意を剥き出しにした。
チタン合金が守ってくれると祈りながら射撃を止めない。ふと、ドリルの如き銃声が数倍にも激しくなったように感じた。
人型ロボットは無数の穴を空け、上半身と下半身が分離している者まで居る。二十数体が一秒に満たない間で停止し、首を横に回すと同じ装甲の人型が自分と並んでガトリングガンを向けていた。
『おいサボるな! あのクモ野郎をどうにかするぞ!』
ヘルメット内部ごと訓練でも聞き慣れた隊長の怒鳴り。三十メートル先に見える八本足の多脚戦車が向けるグレネード連装砲を確認し、近くにあった土嚢の陰に身を投げた。
轟音と共にめくり上がる土を被りながら顔を出すと、横面から誰かが機関銃の五点点射で応戦している。しかし近くの敵兵士の小銃弾幕によって彼は血飛沫を撒き散らした。
【二分三〇秒】
ポンッ、ポンッ――後方から空気の破裂音。突如甲殻のシルエットがバッタよろしく前に飛び跳ねた。
直後、緩やかなカーブを描く擲弾が蟹野郎の足元を火球に包む、が、足の一本をボディから切り離すだけだった。
その後方、金属の甲殻に守られた歩兵が散開、弾幕射撃を再開させる。機銃ではデカい殻を貫けない。
『お前達は左に回れ! 俺達はここで撃つ!』
ガトリングの連射にも負けない隊長の大声。先陣を切る盾を持った味方についていく。
地鳴り──節のような足が踏む地面にクレーターが出現した。甲殻がよろめき、撃ち合う隙に目的地の左側にあるコンテナへ。
気付いた遠くの敵装甲車、擲弾連射砲が火を噴く。目の前で閃光が生じたかと思うと、盾持ちの仲間が転がるように左へ吹き飛んだ。
『無事か?!』
『俺の事はいい!』
【二分〇〇秒】
コンテナの裏に身を隠す。弾丸の飛び交う中に残された味方は仰向けの姿勢でショルダーアーム搭載の折り畳み式使い捨てシールドを張り、対物ライフル弾の嵐をやり過ごしている。
背景には使い捨てと言わんばかりな無数の金属人形。数に押し戻されもう一方の味方側も攻めに踏み出せていないらしい。
救出か撃破か、一緒に来たもう一人の同僚とバイザーを見合わせた。
右肩アームに付いた円筒形のロケット連装ポッドが四回瞬く。刹那、煙のラインと炎が視界を遮った。
煙が晴れると、多脚戦車の代わりに金属の人型二体がスクラップと化していた。見習いたくはないが良い連携だ。
ならば攻撃の手を止めない──遮蔽物から飛び出し、ポンとグレネードを足元へ一発、相方の三銃身ガトリングがけたたましく回転。
弾は爆発の代わりに白煙を撒き散らし、辺りを埋める。背を地にしたままヒビが入り破断寸前の盾を捨て、新しい物に持ち替えた味方を起こした。
『俺が恋しかったのか?』
『勲章が欲しいだけさ。それくれ』
【一分三〇秒】
後から制圧を行う同僚と一緒に、翼のようなショルダーアームが持つ盾を一つ受け取り、左手に掲げる。近くで地面が小さい火山の如く噴き上がるのを見て、煙幕を一気に突っ切った。
人型に視線と照準を合わせる――聞こえるのはガトリングともう一つのショルダーアームに付いた機関銃の轟音だけ。
掃射はたかだか三秒。煩わしい発射炎が消えた時には小さな瓦礫の山が出現していた。それでも行く手を塞ぐデカいカニ野郎はピンピンして機体上部の兵装を……
咄嗟に左腕を掲げた――閃光。
一瞬盾が粉々に砕け散るのが見えた。衝撃のあまり後ろに転がってしまう。
『……か?』
スーツの緩衝機能によって傷一つ無かったが、装甲はこれ以上もってくれるのだろうか……うつ伏せから起きると、味方二人の榴弾が合金製のカニの足を一本吹き飛ばしていた。
『無事か?!』
『何とか……』
右方からもパワードスーツが展開し、随軍歩兵もろとも挟んで甲殻のシルエットへ猛攻を掛けている。だがその奥、別の多脚戦車――搭載された戦車砲の砲口が分隊を狙っている。
『敵だ!』
【ローラー起動】
【一分〇〇秒】
手元に残された取っ手を投げ捨て、仲間を狙う魔の手を止めるべく脛に付いた高速ローラーを展開。滑るように地面をスライド――急げ。
『ジョン!』
【視線照準ON】
目を合わせる。肩のロケットポッドが傾き、途端、白い火花の軌跡を宙に残しながら飛翔。
十個のロケット噴射に炙られ、空になったポッドを外す。オレンジの炎が包むのが見え、僅かに軽量化した身体へ鞭を打つ。
爆心地まで二十メートル。グレネードランチャーを構え、晴れてくる煙目掛け――ドゴン!
視界を覆う銃炎――重い反動と、頬の横を何かが過ぎ去る感触に背筋が凍る。背後で何かが明るく光り、突風が背を押した。
【三〇秒】
一方でこちらの砲撃は多脚戦車上部の長い榴弾砲をねじ曲げており、残った重機関銃が睨む。おぼつかない足を六十度回転。
ヘルメット端に表示される敵味方識別レーダーによれば、分隊の皆は無事らしい。
急な方向転換にクモもどきの姿に引っ張られそうになる。金属音に追われながらバランスを取り、左腕を点火。
周りながら爆炎で燻してやるが、装甲にヒビは入るものの機能障害は無いらしい。
不意に奴が長い脚を一本振り上げる。作業機械のようなアームが眼前に。
前に倒れ込む。頭上を嫌な風圧が撫で、ゴロゴロした石達がチタンプレートを削る。
『ジョン! 今助けに……うおっ!』
うつ伏せの身体を反転し、三本の腕を差し向ける。瞬く間にフラッシュの点滅が多脚の姿を遮った。
痺れる銃の反動とチタン装甲が弾丸を受け止める感触が、殻から骨の髄まで伝う。
【五秒】
【残弾無し 損傷甚大】
押し戻される腕の感覚が消えた。禍々しい赤のランプがスーツの耐久力残り僅かと警告している。
ボディを叩く振動は依然無くならず、こちらを威圧するマズルフラッシュが目障りだ。
コイツが一メートルのセラミックブレードで、ましてや仰向けで叩き殺せるとは思えん。首だけ動かすと、仲間はまだ遠く交戦中。今から救助に向かっても間に合うか怪しい。
【二秒】
巨大な爪が俺を踏み潰そうと真上に掲げられる。片や、機銃やグレネードランチャーが味方の方角を指していた。
せめてコイツを生かしておく訳にはいかねえ。
「自爆モード! タイマー〇秒! やれ!」
『よせ!』
【〇秒】
『処理ロケットを放つぞ! 気を付けろ!』
斜面に出現した一際大きな炎と共に、イヤホンの警告が響いた。脚と電気系統を吹き飛ばされた多脚戦車の残骸より百五十メートル後方、ビーチに上陸した自走ロケット砲数台が山の頂上を仰いだ。
敵味方問わず、歩兵はそれぞれ遮蔽物に身を隠し、装甲を纏った者達も道を空ける。噴煙と砂埃を撒き散らしながら円錐形の物体が山肌をなぞり、カルデラの奥へ――発射機からロケットまで連なる数珠繋ぎにされた梱包爆薬が戦場に一本線を引いた。
『点火!!!!!』
ダイヤモンドヘッドに流れる時間が爆音とフラッシュによって止まった。風圧は各陣営の顔を引きつらせるだけに留まらず、バリケードや鉄条網や鋼鉄の梁は軽々と戦地を舞い、樹木は根こそぎ立ち退きされ、塹壕は跡形もなく砂浜に溶ける。
距離五百メートル、幅十メートルの道が一瞬で複数開拓され、通信越しの怒号と再突撃。拠点防御の効力を失った敵共は引かざるを得ない。
留まる事を知らぬ時速六十キロメートルの質量の塊が大口径機銃弾を浴びせ、人型は赤黒い液体や金属片を振り撒いて原型を留める事なく四肢が千切れ飛ぶ。
味方軍の勢いに拍車を掛けようとビーチに佇む迫撃砲がダイアモンド・ヘッドの更に空の果てを見上げている。そして爆音と共に砂地を踏ん張るスペードがガクンと後退。
ところが、放物線を描いて敵コンテナや砲に命中する筈だった弾は最高高度で四散、山頂近くに薄汚れた花が咲く。
突如、険しい斜面を突っ切る装甲車のボンネットに大穴が空いたかと思うと異音を発しながら転倒し、岩の上を転がり落ちていった。パワードスーツの胸のプレートに大穴が空いてその場に伏す様子も見えた。
先陣を切るトランセンド・マン三人は頂きの直前で足を止めた。彼らが見上げるのは小銃を構えた軽装の二人。
『敵砲弾は俺一人で十分だ。制圧までの時間を稼ぐだけで良い』
『存分にやるわ。といっても向こうもすぐ退きそうね』
『素早く仕留めろってこった。新鮮さが命だ』
装備を銃からそれぞれ手斧とナイフの二刀流に切り替えた男女。もう一人は銃口を天に向けたまま起伏の向こう側へ。
『“俺達”の数ではどうしようもない、滑走路に兵を退かせるまで時間を稼ごう』
『選択の余地は無さそうだ。これだからもっとこちらの防御に割こうと提案したのに、あの若い指揮官はどうも気に食わん……』
諦めたように肩を落とした管理軍二人もミドルソードと六尺棒を手にする。音速の質量体同士がぶつかり合う衝撃波が二つ、山頂を包む。
そんな超越者達を避けていくように車両が突っ切り、やがて辿り着いた歩兵の群れもカルデラの向こうへ消えていった。
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