Category 9 : Reconstruction

1 : Float

 太平洋、ロサンゼルス沖二千九百キロメートル。囲まれる空母、そびえ立つブリッジの作戦司令室は陽光など知らず、壁のあちこちに埋め込まれたモニターやレーダー類が照明代わりに、それらを複数のオペレーターが常に睨んでいる。


「今日は早いな。こんな時間に呼び出してどうした?」


 あくびをしながら入ってきたのはドレッドヘアの黒人、リカルドは部屋の中央を占領する電子海図付き机で待ちかまえていた三人に手を振った。


「時差があるとはいえもう朝九時だぞ。バカンスに行くんじゃない」


 凜とした声で注意したのは身体にフィットした特殊部隊用スーツを着る長身の女性、クラウディア。スーツの黒は豊満なボディラインと白い髪と肌を強調する。


「ハワイといやあバカンスだろ」「普段通り気を引き締めろ」「ブラジルじゃあ時間感覚はこんなもんだぜ……痛っ」


 加減された女性の拳がドレッドヘアに覆われた頭頂部に鉄槌を下し、リカルドは白旗を上げた。その隣を菓子の袋を抱えたラテン系白人、レックスがテーブルの縁に座り狐色に揚がったチップをかじって涼しげに見守っている。


「冗談だっての。ハン、そのコーヒー貰えねえか? お前の事ならどうせイタリアンブラックなんだろ?」

「構わないよ。皆はどう?」


 黒人男性は律儀にYシャツを着た中華系の青年、ハンが情報端末片手に飲んでいる、文字通り真っ黒に等しいコップの中身を指した。


「じゃあ私も」

「私も一杯頼む」

「俺は遠慮しときますよ。ハンさんの作るコーヒー濃すぎません? 部屋だってもう匂ってるし」


 レックスの否定に、露骨な苦笑いで誤魔化す中華人。部屋の隅にあるポットと紙コップを持ってきて二人分を机の上で注いだ。


「と言ってお前だって朝からスナック菓子は健康に悪いぞ」

「分かったよ、“母ちゃん”」


 と笑った顔で言いつつサツマイモチップをパリッと噛み砕く青年をクラウディアの拳骨が叩こうとしたのを後ろに大袈裟に倒れて躱した。


「ほらアレだよ、中国人って椅子以外なら何でも食えるって奴だろ……しかしどんな煎り方したらこんな味になるんだ? てか熱い」

「随分昔のジョークな気もするが……香りは良いんだがな……ところでアンジュとカイルがまだだが」


 舌をコップから遠ざけ、鼻で嗅ぐ二人の表情は少なくとも快楽には程遠く、口に含んで一層顔をしかめるのだった。


「アンジュは同じ部屋じゃなかったっけ?」

「私は早く起き過ぎてしまって一足先にこっちへ来たんだ。実は、昨日うなされていたのかアンジュは夜中に起きてしまってな、やはり寝不足なのか……」


 考え事をする女性がコップに口を付けたのと同時に、スライド式ドアが音も無く開いた。


「「すみません、私達今起きたばっかりで」」


 シンクロした少年少女の頭は、無数の髪の毛が爆発の瞬間を止めたように寝癖だらけだ。灰と青の純粋な目もまだぼけており、ジャージ姿も相まって普段の色白美男美女オーラなどそこへ行ったか。


 アンジュリーナは片手に櫛を、髪をといている。カイルに至っては半目を擦り、大きなあくびをした。


「ん? クラウディアさんどうかしたんですか?」

「いや、何でもない……アンジュ、カイル、お前達もコーヒーどうだ? あとカイル、これ貸すから使いなさい」


 「じゃあ貰います」「なら僕も」と、返事が聞こえた所でハンは再びポットを手に、腕を組んで親のようにため息をつくクラウディアは、何処からか取り出した櫛を金髪少年に手渡す。


「まだ戦闘までは十分に余裕があるし、リラックスして聞いて良いよ」


 ハンの指がデスクに埋め込まれたモニターに触れると、大小八つの島が横に並んだ地図が浮かんだ。その中の一番右側にある一番大きいものを更に拡大し、始める。


「現地の情報を整理してね、ちょっと計画を練り直そうかと思って。全体的に大きく変わる訳じゃあないけど、“君達”の任務には変更が出るから頭に入れておいて欲しい……まず確認だけど、今のペースなら艦隊は十五時前後に付く予定だね」


 純アジア人を覗くトランセンド・マン一同が頷き、青年は島の東岸を示す。赤い長方形の様々な兵科記号が中央部にまで伸びていた。


「先に言うと、ハワイ島西部のカイワイエではゲリラ作戦による足止めが続いているけど、巻き込まれて避難出来ていない住民が結構居るんだ」

「民間人の救助を優先させるという事か?」

「まあね。オアフ島でも市街地で味方がどうにか食い止めているけど、管理軍としては僕ら艦隊を迎撃すべくハワイ島東側への展開を優先しているんだろう。現時点で向こうは島中央の農村部で引き止めてくれている。後は艦隊が着くあと六時間次第だね」

「ゲリラ作戦でもつのか……向こうも気が気ではなかろうに……」


 卓上モニターに島を横切ろうとする線のような敵勢力の動きが見える。質問したクラウディアは意外感を顔に残しつつ頷く。それでも彼女は苦しそうに唸っていた。


「ちなみにオアフ島に関してはソロモン諸島を中継にしてオーストラリアから空挺部隊がまだ来る予定で、オアフ島の事はそっちに任せるつもりだよ。そうすれば僕もこっちの指揮に専念出来るし。直接ホバークラフトで島の西部に回り込む予定で、主力戦車と対空車両も送り込むよ」

「思い切ったな。しかし無駄に兵力を分けずとも、先にオアフ島の滑走路を確保して補給を絶たせても良いんじゃないか?」


 指揮において最も重要な事は簡略化と統一化だ。当然ながら指示は簡単な程多くの人間に伝わりやすく、船頭多くして船山に登るという諺通り指示が多い程全体で一つの目標を達成するというまとまりが無くなる。


 一方、中華青年は「それが」と困ったように後頭部を手で押さえ、続けた。


「現地からの意見で、人質救出を優先して欲しいとの事なんだ。管理軍側の補給や増援は基本的に空挺頼りで、対空兵器の圧力で本島西側にだけにしか敵航空部隊は及んでいない。救出が目的なら一旦対空兵器でそれを押し留めてからでも良いかと思ってね。オーストラリア側も承諾はしてくれた」


 自信なさげにアジア人指揮官の声調は沈み気味だが、リカルドは明るく首を縦に振った。地図上で巨大なプロペラの付いた底の広い船が数隻、島を南側に旋回するCGが見える。


「じゃあ俺とクラウディアで本島の裏取りという訳だな。ドニーさんも私達を信じてくれているという事かな」

「任せたよ。ドニーさんは今回の指揮はしていないみたいだけどね。最近は外交の方に力を入れているらしい」

「ペンは最強ってか。後は中東とアフリカがどう動くか次第ってとこだろうな」


 内容が逸れつつも最後に黒人は「任せろ」と白い歯を見せるのだった。


「俺は事前通り艦隊の制圧をやりゃあ良いんすか?」

「いや、敵艦隊に流体制御能力を持ったトランセンド・マンが居るから、海が土俵だと流石に分が悪いだろうし、それに艦隊の方は膠着状態で引く動きが見られるからハワイ島制圧後に二人以上での作戦で良いと考えているよ……ともかく、沿岸部迎撃兵器の制圧を最優先だね」


 サツマイモチップの咀嚼音を辺りに散らかすレックス。自信たっぷりに白人青年は答えた。


「デリバリーなら大の得意ですぜ。ところでハンさんから貰った兵装、あれ名前あるんすか?」

「好きに呼んで良いよ」

「じゃあ『レーガン』にしよう。“邪悪な帝国”をぶっ潰すぞ」

「それじゃあ私達の方が独裁政権みたいじゃないか」

「政治は結果が全てなんだよ。偉大なる合衆国万歳」


 脱線した話を戻したレックスだったが、再発どころか悪化し、クラウディアの苦い横槍に刺されたのだった。もっとも本人はジョークを更に重ねるのだが。


「ところでハンさん、その流体制御能力持ち、俺ちょっと心当たりあるかも。この前のイエローストーンでそんな奴と戦ったんすよね」

「本当かい? なら後で詳しく訊かせてくれないかな?」

「良いっすよ。これが本当の水を得た魚ってか」


 冗談を傍目に今度は片手で髪をすくアンジュリーナがもう片手を挙げる。


「私達の方は艦隊の防御に変更無しですか?」

「だね。でも言った通り敵艦隊の動きは防勢だから、向こうの出方次第では君達も制圧や人質救出を手伝ってもらおうと思っているよ」


 少女は張り切り、隣でコーヒーをちびちび飲むカイルもコクリと頷く。すると少年の方は鼻腔を貫く香りにようやく眠気から回復したのか、思い出すように言った。


「そういえばオアフ島の電波妨害はどうします? 僕なら原因の調査出来るかも」

「その件は一応オーストラリア側に調査は任せておいているけど……そうだね、余裕が出来たら君の力も借りる事になるかもしれない」

「分かりましたよ。レックスさんの兵装の無人機って知覚共有出来ませんでしたっけ? あれも借りるかもしれません」

「おう、『トムキャット』、『イーグル』、『ホーネット』、『ラプター』、どいつが良い?」

「スピットファイアは無いの?」

「時代は音速さ、“じいさん”」


 閉じかけの目を笑わせたレックスは手にするチップを一枚投げる。寝ぼけながらも平然とキャッチしたカイルは飲んでいた苦味の呪縛から解放された。


 一方、クラウディアは親しい少女が持つ紙コップが空になっている事に気付いた。


「アンジュ、よくこのコーヒー飲めるな?」

「いやあ、貰いましたしちゃんと飲まなきゃと思って……苦過ぎな気もしますけど……」

「無理せず一気に飲まなくても良いんだぞ……」


 大きい女性の手がむせたアンジュリーナの背中を軽くさすってやり、すかさずレックスがサツマイモチップを配る。それを見たハンは次のコーヒーのドリップをどうしようかと考えた。

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