3.1 : Out There

 ハワイ島、午前六時三分。昇ったばかりの太陽が島全体を橙に染める。


 古ぼけた道路標示が残るアスファルトをローラー付き二本足が二体走破する。


「なんとか逃げられましたね……」

『でも。流石に“俺ら”がこれ以上押されたらヤバいっすよ』


 現場ではあれだけテンションが上がっていたオーガストの声はどこか気弱だった。


『これ以上奴らが侵攻して来りゃ島南部のマウナ・ケア山で待機してる砲兵の射程に入る。オセアニアからの空挺部隊の装輪戦車も来るしそれら火力を集中させればロサンゼルスから来る空母到着までは時間が稼げる、筈……』

『長えよ、オタクかお前は』


 俺の機の肩部分に掴まるパーシーさんが教えてくれるが、冗談半分に何故か噛みついたクリス先輩。


『パズルゲーム以外はヘタクソだがな……後は少人数とはいえ西部に取り残された人々の救出はどうするか……捕虜にされなきゃ島奪還はスムーズに動くんだがなあ。うちの上層部もゲリラ戦を仕掛けようとは……』

『とりあえず時間稼ぎは出来るって事で……うおっ?!』


 食いつき返すパーシーさんにクリスさんが返そうとした時、『何するんだ!』と聞こえたが、大きなトレーラーの荷台とクレーンを持つ戦車回収・運搬車に行く手を阻まれていては止まるしかなかった。


『待っていたぞ、若者達よ』


 通信越しに聞こえた、嬉しそうなやや年老いた声の主には聞き覚えがあった。すると、トラクターヘッドの運転席の窓から白髪混じりの老年男性の顔が現れた。


「おじさん!」


 名前は知らないが、耕作地帯へ俺とこの機体を送り込んでくれたトラック運転手の人物だ。


「でも何故ここへ?」

『実はギブソン君から回収してくれと連絡を受けてな……君達と同じ場所で戦っていたトランセンド・マンさ。とにかく無事で良かった。さあ乗った乗った、キッチントラックに朝食を用意してるよ』


 あの時助けてくれた青年か。彼が居なければ絶対俺達は全滅していただろう。


 他にも加勢が幾らか来てくれていたが、今頃サトウキビ畑が焼け野原になっていないか心配だ。敵のトランセンド・マンも気になるな。


 荷台に乗り、同僚機が後ろに立つ。回収車は二体のウォーカーを搭載してもまだ一体分のスペースを余し、足をワイヤーで固定する。電波でそれぞれお礼を言い終えると二十トン超の荷物をものともせず低いエンジン音を唸らせて発進した。


 頭上にある手動パネルの一際大きなレバーを引くと、機体の心臓たるガスタービンの音が消える。ゴーグル型ヘッドマウントディスプレイを外し、腕や足に着る同調式操縦桿を外すと筋肉がパンパンだった。


 シートを倒してもたれ、待機電源で動く上下左右前後に敷き詰められたモニターを見渡すと、既に上司二人は俺のウォーカーから降り、既に機体ハッチを開けて荷台に寝転がったオーガストと何やら談笑している。


『ノア、降りねえのか?』

「自分は着いた時で良いっすよ」

『分かった。着いたら知らせるぞ』


 ゴムタイヤの軍用車両は耐久性重視で中身までゴムが詰まっているが、サスペンションと大きい車体の為か、ボロボロな路面を走ってもあまり気にならなかった。これならベースキャンプまでにもくつろげる。


 長い一時間だった。二足歩行戦車は片腕を失ったが、中身の俺は無傷だ。チタン合金の装甲と助けてくれたトランセンド・マンに感謝せねば。


 数分前までの戦いが夢のようだ。戦地の爆発も、至近距離の発砲音も、切羽詰まった通信も、砲をこちらに向ける者も、絡みつこうと睨む甲殻も、何も無い。


 骨ごと響く心音は毎分七十回程にペースが落ちている。だが体重がゲッソリ落ちたような感覚が残っている。


 深呼吸しても取れない。胸にモヤモヤした何かが引っ掛かっているようだ。ウォーカーの左腕が吹き飛ばされて内部の俺も同調したからかもしれない。


『どうかしたか?』

「いえ、ちょっと疲れて……」


 無線から息が漏れていたのか、突然の運転手のおじさんの声。


 見下ろすと、荷台の上で俺以外の隊員全員だけで喋っているが、通信は切っているらしい。


「おじさんはどのくらいこの仕事をやってるんすか?」

『……ざっと三十年以上だな。ところで私の事はマーティンと呼んでくれ。出来ればそちらの名前も教えてくれんか?』

「ノアです」

『良い名前だな。ではノア、ちょっと昔話にでも付き合ってくれんか?』


 「良いっすよ」と返事すると、『ようし』と一息が聞こえ、語りが始まった。


『私は今年で五十五歳だが、二十歳から十七年間、第三次世界大戦にて北アメリカの東海岸で合衆国が滅びるまで兵士として働いた。だが時代は変わったもんさ。トランセンド・マンの前には武器なんて無意味だった。無差別にあいつらは何もかも破壊した』


 老兵の喋りは静かだった。何かを後悔しているように語尾が沈み気味だ。


『私は生き残ったが、友人も家族も、国までも失った。数年前まではストレス疾患まで抱えていたもんだよ。戦争が終わってからは私や僅かに生き残った人々は南の方で都市の再建が進んでいると聞いてそこへ越した。丁度今のテキサスだな。当時から州規模での政治体制は出来ていたらしい』


 学校の教科書でも読んだ事があるな。その後旧アメリカ合衆国の北東部じゃあ今も対立激しいんだっけ。


『軍での仕事しか出来なかった私だが、インフラの輸送担当の仕事とか貰えたし、私のようにストレス疾患を抱える者達を支えてくれた事にも感謝しているよ。世界各地の反管理社会体制の都市同士での連携が始まったのはその頃だったかな』


 喋り声が明るくなった気がした。


『その頃はもう四十代半ばだったが、お世話になった反乱軍に何かお礼をしたかった。丁度同時期に地球管理組織が自治勢力を掌握すべくまた戦争を起こし、私も軍としての経験を活かせないかと思ってな……そうして軍のトラック運転手となって十年が経った。前線に立つ君達にとっては大したものではないかもしれんが、私にとっては……自己紹介はこんなもんで良いだろう。何か言いたそうにしていたが、言ってごらん』


 自分のターンが回ってきたが、いざ言うとなると気が進まないもんだな。でも今の自分の突っかかりが取れるかもしれない。


「マーティンさん、俺、今まで一年以上も訓練してきていざ戦場に出ると自分の無力さを感じたよ。ウォーカーは自分の思い通りには動くのに、戦況は全く思い通りにならなかった。訓練で結構自信あった射撃もそう簡単に当たらなかったし、それに……」


 言おうとした所で喉の渇きが脳裏を焼く。唾で潤し、誤魔化した口で続ける。


「それに、隊長を助ける事が出来なかった。激しく撃ち合ってたのがもう遠い昔みたいに感じるし、今はもう動悸も落ち着いたのにまだ心が揺れてる……マーティンさんはどうやってストレス疾患を乗り越えたんですか? 俺はそれを知りたい。この先この仕事をやってられるのか心配なんです」

『何言ってるんだい、この世に命以上の宝物は無い。私も君達を救えたという武勇伝が一つ出来たし、今からは生き残った君達が彼の生き様を後世まで語り継ぐ番だ。私はしがない輸送隊の老いぼれだが、仲間やお前さんのような若者を戦場に送り届けてきた。彼らが戻ってこないと知った時は毎回悲しい思いをした』


 老人の声が温かく迎えた。俺の悩みなんて大した事は無いとでも言うように。だが何も言い返せなかった。


『隊長さんの為にもその命を無駄にするな。君も成長して更に仲間や家族を持つかもしれない。悲しみを糧に大切なものを守るんだ、若者よ。私にとってお前さん達を迎えに行けた事がどれだけ嬉しかったかと思う?』


 マーティンさん、俺を送る時にも似たような事言ってたな。勝ち負けより生き残れ、って言ってたけど、帰ってきた後だと一層身に染みるもんだ。


『もうじきロサンゼルスからも援軍が来る、その時にまた頑張れば良い。それに君も家族や友人が居るだろう。死んだら帰ってただいまと言ってやる事も出来んぞ』


 仮眠終わってもまだ職務は残ってる、まだまだ同僚を守らねば。戻れねえなら、進まなくては。


「帰ったら家族と一緒ににステーキのあるバーに行く事にします。俺にもこの先、大切なもの、出来ますかね?」

『出来るさ、武勇伝のある兵士はモテるぞ。ところでどうした? 声が小さいぞ』


 思わずあくびが出た。肺が一回り大きくなったようだ。


「いやあ、スッキリしたら眠くなって」

『なら良かった。もう着くぞ。お勤めご苦労さん』


 シートの上で伸びをする。今気付いたが、この二足歩行戦車は乗る時こそ狭苦しく感じたが、以外とスペースは取れてるんだな。


 ひとまずベースキャンプに着いたらベーコンエッグサンドと仮眠が欲しいや。











“戦争の目的は平和であり、勝利ではない”


――イギリス陸軍少将 ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー

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