12 : Greeted

 場所は変わって廃虚街の外れ、かつては核家族世帯が土地を買って生活をしていた中高所得者向け住宅街だが、管理されていない草木が人間に代わって支配している。


 道路表示の塗料が剥げたアスファルトの上、右肘で茶髪からの拳を迎え打ったのは青年、カイル。同時に膝狙いのストンプキックで相手を後退。


 少し離れた所では赤毛の男が、視界を覆う黒いゴーグルを付けながら腰に抱えた銃を乱射している。後ろには一辺六十センチメートル程度の、無限軌道の履帯を履いた戦車型ラジコンが、搭載された重機関銃で援護射撃を行っていた。


 青年に向かって飛んでいくそれを、彼の隣に控える少女、アンジュリーナが見えない壁で防護――先端から潰れた対物ライフル弾共がコンクリートの地面に叩き落とされゆく。


 カイルは肘を曲げて頭の前で掲げ、襲い掛かる連拳を交互に、確実にガード。側面からの掃射に対してアンジュリーナは一切怯まないが、向かい合う赤毛はジリジリと距離を詰めている。


 茶髪が右ボディブローを仕掛ける。瞬時に金髪の青年が左手で手首を掴み引き、同時に右裏拳――頬にめり込む。躊躇せず、次は首の後ろに右腕を通して引っ張りながら、喉へ指を刺した。


 急所を打たれ痛みがジワジワ続く中、茶髪の男は顎を押される感触を認めた――彼から見えるのはカイルの両平手。


 掌底の圧力は男を飛ばし、頭が揺れる事で平衡感覚が一時的に失われる。後頭部から住宅街の白い柵を割って倒れた。


 それをゴーグル越しに見た赤毛、若い二人目を囲むように横移動しながら掃射。ラジコンが反対方向へ走り、挟み撃ちにする。


『不味い……』

『慌てないで、集中するんだ』


 ふと、アンジュリーナの頭にあるイメージが浮かんだ。


 銃弾の軌道が見える。そして、飛翔体の発生源、小型無人車両に載せられた銃口の奥深く、発射薬によって劇的に加速される金属粒。


 ここ――少女が念じると共に、金属粒は銃身内で急停止した。化合した火薬によるガスは行き場を失い、銃身を内側から膨張させる。


 結果、ラジコンの搭載する機銃が破裂し、それに振り向いて驚いた赤毛は思わず射撃を止めた。


「くそう、あのラジコン気に入ってたのによ」

「可愛い子犬ほど噛みついてくるってこった。しかし兄ちゃんの方も優男なツラして意外とやるじゃねえか」

「どうする? ボスからはまだ何も連絡も来てねえが」

「俺達でやるしかねえだろ。小遣い稼ぎは大変だってこった」


 赤毛の男が嘆きながらゴーグルを投げ捨てる。歩み寄った茶髪の方がなだめるように言い、正面の未成年二人を睨む。それぞれ顔を引き締め、銃や手榴弾を装備して臨む。


『カイルさん、リョウさんとアダム君は大丈夫なんでしょうか……』

『二人とも結構離れているみたいだが、まだ交戦中だね』


 両掌を前に出して警戒中しながら眉をひそめる少女の問い掛けに、青年の碧眼は手の甲を顔の前に構えて正面と対峙し、離さぬまま沈み気味だった。


「二枚目兄ちゃんは俺に殴らせろ。モテねえ顔にしてやる」

「了解。こっちはもう装備は残り少ないが、出し惜しみ無しでいく」


 茶髪が手を組み、指の関節をポキポキ鳴らす。赤毛の方はポンプショットガンを掲げ、少女の灰色の瞳は瞬きすらせずじっと見詰めている。


『でももう大丈夫だよ』

「ふえっ?」


 だが、青年は緊迫した空気の中で突然、明るさと丸みを帯びた口調で言った。


 間の抜けた声をアンジュリーナが発した、その時だった。


 不意に、敵の足元でアスファルトの路面が直径十センチメートル程割れ散った。炸裂した空気が勢い良く吹き付け、共に飛来する破片に、のけ反る向こう二人。


 それを皮切りに、次々と相手の周囲で道路が粉々に砕け、爆風と破片が二人を囲って押さえ付ける。良く見ると、レンズの如く空間を歪ませる無数の球体が上空から降り注いでいた。


 嵐が止んだ。すると、アンジュリーナから見て右側、少し離れた地点で足音がする。


「パスポート見せな。地獄へ観光案内してやる」


 自信ありげな声の源を、見上げる。家屋の屋根に、黒髪のラテン系青年が構えた銃の照星を二人組に定め、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。


 更に上空では、翼長五十センチメートル程の全翼機が四機飛び交い、二人を確実に包囲していた。


「レックスさん!」

「任せろ、奴らが逃げようが、俺が天から迎えてやる。ところで、少し見ない内に可愛くなった?」


 「もう……」とアンジュリーナは照れ笑いを浮かべ、ホッと一息ついた。釣られてレックスも笑顔になる。


「カイル、リョウとハンからはこっちに来たってのは聞いてたが、久し振りだな。またハンサムな顔付きになりやがって」

「ですね、ご無沙汰してます」


 カイルの方は、好意的な微笑みだけを見せて再び前を向く。冗談に反応しない様子を見たレックスは少し肩を落としたが。


「アンジュ、カイル、良く頑張ったな。お前、歳を問わず女が好きなのか?」


 今度は、十代組二人の後ろから現れた銀髪の女性。それぞれ会釈程度に頭を下げる。


「美人と後輩の前ではカッコつけたいもんで。美人な後輩なら尚更だ、“先輩”殿。でも年上の色気とやらも捨てがたい」

「私はお前より一つ年上なだけだ。まだ若いぞ?」


 黒髪の青年は砕けた口調で得意げに言い放つ。クラウディアは苦笑し、その様子をぼうっと眺めている赤毛と茶髪のコンビは、自分達が背景になっている事に気付き、待ちきれずとうとう口を開いた。


「人の前でイチャつくな。こっちはもうこれ以上辛い目に遭うのは御免だぜ」

「なら降伏しろ」

「分かった分かった。体はセクシーな癖に性格はキツいらしい」

「レックス、この男串刺しにして良いか?」


 クラウディア達の右方向二十メートルに立つ青年は、無言で肩をすくめて手を広げてみせた。応じて双眸を煌めかせ、腰に刺した細剣を握り締める女性。


「分かった悪かったってば!」

「ならよろしい……アンジュ、この男達他に何か失礼な事言ってなかったか?」


 カチャリ、と鞘が鳴る。僅かに姿を見せた銀に輝く刃が、彼女の青い瞳と併せて二人組を威嚇する。


 包囲された二人は氷水を浴びせられたように目を見開き、慌てて手と首を横に振る。更には訊かれるアンジュリーナも細剣の一部を見ると、何故か顔が青ざめていた。


「わ、私は大丈夫ですよ?」

「なら良かった……だが、お前達には色々尋問するぞ。覚悟しろ」


 ブルーの瞳が放つ尖った眼光に気圧されて、二人組は背負ったリュックや武器類を落として落胆のため息をついて手を挙げ、二階建ての屋根から見下ろすレックスが、苦笑しながら親指を立てる。


「というかどうして私達に気付いたんですか? 端末は壊されたのに」

「それが、別の場所で火事が起きてたんだ。消火隊は既に向かっているぞ。電気もガスも無いのに火災だなんて、リョウの仕業だろうかと思ってな。アイツの事だから火の用心忘れだとも思うが……」

「な、成程……」


 女性陣の年上の方は目を鋭くして多少苛立ったように腕を組んでいる。その威圧感に年下側はおどおど応じるのだった。


 ちなみにレックスは屋根からフワリと飛び降りると、カイルと共に敵二人の元へ駆け寄り、男性陣は野暮ったく簡単な質問を始めるのだった。


 すると、クラウディアが履いたデニムの、引き締まった尻部分が振動しだす。手を伸ばす。


【着信:Ricardo Armada】


 取り出したのは板型の携帯端末。すぐさま耳に当てる。


『レックス、クラウディア。そっちは大丈夫か?』

「リカルド、こっちは片付いた。どうした?」


 聞こえたのは飄々とした高めの男性の声。ただ、口調は少し急いでいる。


『それがな、リョウと戦ってた奴は逃げたらしいんだが、今、アダムが大変な事になってるんだ。とにかく、誰か来てくれ!』


 隣の女性が持つ端末のスピーカーから、訴えるような大声を耳にしたアンジュリーナは息を呑んだ。


「わ、私が行きます!」





















「ハン、カイル、原因が分かった。これを見てくれ」

「……動いている。細胞よりもずっと小さいですね」

「ひょっとしてウイルスですか?」

「そうだ。血清はすぐに作れたから良かった。アダムの熱ももうすぐ治るだろう……しかし、そんじょそこらのウイルスじゃない。面白い性質が分かってな」

「と言うと?」

「まず、活性化状態だとあらゆる物体の結合エネルギーを吸収して活動する。有機物なら増殖もする」

「となると、服が破れたり地面が突然崩れたりした、というリョウの証言に合致しますね」

「どう分解するのかも気になりますね」

「だな。それともう一つ、ウイルス同士で群体を組織して、独自の電気回路を生み出している。まるで動物の神経細胞だ」

「神経……でも一体何故?」

「それがな、もっと面白い事を見つけた。なんとその神経回路からエネリオンが検出されたんだ」

「まさか、トランセンド・マン以外にエネリオンをコントロール出来る生物が居たんですか?」

「なら結合エネルギーを直接生命活動に使う仕組みの解明にも繋がるかもしれませんね」

「今まで発見されなかっただけなのかもしれん。だが電磁気やエネリオンの構造そのものならお前達の方が詳しかろうと思ってな」

「なら、群体の神経構造は僕が担当ですね。カイル、君はエネリオンの方を頼んだよ」

「勿論です。しかし、来て早々仕事が増えるとは、世の中は大変なものですね。観光も中々楽しめそうにないな」

「……カイル、愚痴るとは珍しいな。いや、お前ひょっとして天然なのか?」

「さあ? 皆さんからたまに言われますけど」

「そういうのを天然って言うんだ……」

「そうですか? 思った事はつい声に出てしまう事は多いですけど」

「……ともかく、このウイルスを調べておきましょう。皆にもいずれ説明しなきゃならないですし」

「しかし、ウイルス兵器だとはおちおち眠れんな。リョウは燃やしたそうだが、アダム少年への影響を見るに、“私達”にとってもとんでもない驚異だろう。血清は量産するか?」

「いや、襲ってきた人物は隠密行動主体の管理組織側のエージェントか傭兵らしいですから、大っぴらに使われる事は少ないでしょう。でもいつでも大量生産出来るようには待機しておきますよ。兵士の訓練にも対生化学兵器に対する対策の訓練をもっと取り入れようかな」

「そ、そこらは政治家に任せるとしよう。私達科学者は根本を探る事をせねば」

「そうですね。道を切り開く事こそ私達の役割ですし」

「ドイツ人は真面目だな。最近の若者にしっかりしてる者が居て私は嬉しいぞ」

「別に人種的な問題じゃないと思いますけどね。僕はただ自分のしたい事とするべきと思った事をしてるだけですよ」

「謙遜する若者も多いみたいだがな。自信を持つのも大事だぞ」

「お、お二人とも、話が大分逸れてますけど……」

「すまんすまん、若いのと話すのは楽しいもんでつい」

「ひとまず、調べてからその後は詳しく考えましょう」


 ガチャッ。


「あ、あの……アダム君大丈夫ですか?」

「あっ、アンジュ」

「無事回復に向かってるぞ。どうしたんだ?」


 ドタドタッ……


「アダム君、ごめんなさい!」


 灰色の長い髪が上から垂れて顔に掛かり、影に覆われる親しい少女の顔。


 見詰める灰色の目は、何故か潤んでいる。

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