11 : Abuse

「おいガキ、お前、今何をした?」


 立ち尽くすアルフレッドは問い掛けていた。


 彼の目には、二十メートル先で芋虫のように手足を縛られた少年が映っていた。


 掌がこちらを向いている。彼は今さっき、そこから放出された何かが自分の脇腹に命中したのを見た。


 網膜を突き刺すような光ではない。脳を直接揺らすような輝き、紛れもなくエネリオン。


「おい、訊いてるだろ」

「分からない」


 両手両足を縛られたままの少年は答えた。表情は無い。揺らぎない平坦な言葉には一切の不確かさも無い。


「ふざけるな。一体どうなってる」


 アルフレッドは少なくとも普段のニヤけ面ではなかった。口角を下げ、目元に力が入っている。焦っていた。


 彼の手は脇腹を押さえている。痛いのか。


「おい! 俺を忘れんな!」


 今度は元気な青年の声――音源がした方では、倒れていたリョウが手を着いて起き跳ねていた。


 右足を一歩、半身の回転を肩に伝え、腕へ――ウエイトが最大限乗ったストレートが髭の男へ衝突した。


 吹き飛び、近くのアパートに突っ込むと破片を散らし、塵を巻き上げる。確認した日系青年は息を吐いた。


「サンキューアダム、いやあ助かったぜ。流石の俺でもどうなるか分からなかった」


 リョウはいつも通り楽しむような笑みを浮かべ、自分の腕を見せた。


 赤く腫れ上がり、焼けただれている箇所まで認められる。つい先程までドロドロ流れていた血は影も形も無かった。


「便利だろ? 止血だけじゃなくステーキだって焼ける。火加減を自分で調節できるから便利だ」


 いつも通りのペースを取り戻し、青年は少年の手枷足枷を熱で溶断するも、相変わらずジョークを吐く始末だった。話し掛けられる少年は不愛想に応じなかったが。


「だがリョウ、あの出血の原因が分からない。銃弾の接触点や、当たらず空中で炸裂した場所から溶けるように広がっていった。酸か塩基か? それとも別の化学反応か……」


 自由を取り戻し、手足を軽くストレッチさせて考えるアダム。陽気な青年からは、高くからの日光によって影が掛かって少年が沈んでいるようにも見える。


「もう一度奴に近づく。熱で出血が止まったならあの弾だって豚肉みてえに火を通せば大丈夫な筈だ」


 ゴロッ――正面を見直すと、アルフレッドが建物に出来た大穴の前に立っていた。


「ガキィ! てめえマジでふざけんな!」


 不敵な笑顔が印象的な男は怒りに顔をしかめている。またも脇腹を手で塞いでいるが、服の上からでは一体どうなっているのか分からない。


「お前が何をしたのかは分からんが、とりあえずお前のお陰で奴を煽れるのは確かなこった」

「ならもう一度撃つ。その隙に倒せるか?」

「任せろ。殴り足りなかったんだ、サンドバッグ代わりに丁度良い」


 言い残した途端、リョウは雑草と芝の生い茂る地面を蹴っていた。土が草の根ごとめくれ、反作用で進む。咄嗟にアダムは手をかざした。


 歪んだ顔でアルフレッドは右手に握った拳銃を向け、引き金――発砲音が五回。


 襲い来る弾丸を前に青年は立ち止まった。まず二発が足元の地に食い込み、頭と胸を狙った三発に対して腕を突き出す。エネリオンと正面衝突。


 次の瞬間、高温によって弾がポップコーンのように破裂した。その後、細かい破片は発火し、宙に消えた。


 と、リョウの背後から不可視の光弾が髭面目掛けて直進。瞬時に左腕を掲げてガードする、が被発は免れない。


「もらった!」


 勝利を確信してリョウの掛け声。大地を踏んだ、つもりだった。


 その時、青年は急に空中へ放り落された感覚を覚えた。


 転げる──足元では草が朽ち、土ごと削り取られたようなクレーターが出来ていた。そこを踏み外したのだろう。


「土に還って地球緑化に貢献しろ!」


 パン!――発光と宙を舞う薬莢。男は痛みを我慢しながら逆転の笑みを浮かべている。


 被弾を覚悟した時、どこからともなく一筋の光が背中越しに銃弾へ向かい、衝突。


 次にこの場に居た三人が見たのは、空中で停止した銃弾から発散される白い霧。弾よりは遥かに遅いが、範囲は上下左右前後全てに及ぶ。


「やべっ!」


 狼狽する声はリョウかアルフレッドか。互いに驚愕に目を見開き、若い方が手で虚空を振るが、老いた方は反射的に拳銃を手放していた。


 青年の掌を起点に霧は太陽と同色の炎を上げて霧消する。一方、中年男性の落とした拳銃は有機物で出来ているかの如く、カビの広がりを何十倍速にもしたように、ポロポロ朽ちていく。


 腐食は止まらず、黒緑のジャケットの袖にまで浸食している。何故かリョウの時と違って腕の表面が傷付く事は無かった。


 大柄な日系人からの前蹴りが突き飛ばし、アルフレッドはアパートの玄関へ繋がる階段へめり込んだ。確認しようと駆け寄る二人。


「歯医者は好きか? 俺はガキの頃あのドリルの音が嫌いでね。まるで改造人間にされるような気分だった、分かるだろ? それと同じ気分を味わいたくなけりゃ大人しく質問に答えろ。生憎キャンディーは用意していないが、そこは我慢しろ」


 流れるように語り掛けるリョウだが、エネリオンを纏いし掌と同時に向ける眼差しは至って真剣だ。対する髭は苦痛を表しながらも涼しげな顔を見せている。


「患者の口を直接熱消毒するブラックな歯医者なんて聞いたこと無えがな。そんな事より、服脱いで良いか? 腹がめっちゃ痛えんだ」

「おっと、動くなよ。アダム、調べろ。見つかった武器はお前のオモチャにしても良いぞ」


 有無を言わずアダムはカメラの如き冷たい目つきで敵を眺めた。手探りで時折硬い感触を掴んでは引き出し、掴んでは引き出し、端末や手榴弾や爆薬の数々を投げ捨てる。


 先程、持ち主が使っていた物と同じ形状の拳銃を見つけ、握る。グリップは少年の小さめな手が余る程に大きな自動拳銃だった。スライドを半分引くが、薬室に弾は無い――握った中指でマガジンリリースボタンを押して、弾倉を抜く。口径の大きな弾が八つ。


 弾倉を入れ直してスライドをガチャリと引き、照星を合わせて馬鹿でかい銃口を向けながらアダムは捜査を再開した。


「何が目的だ? アダムを連れ去らうなんざよお。アンジュちゃんのハートを射止めたいんなら止めときな。あの子は悪い事が大嫌いだから」

「そこのガキを連れ去る事だ」

「だからそれは分かってるっつーの」

「違えよ、雇い主が居るんだ。何故なのかは話してくれなかったが」


 双方苛立ったような言い草をぶつけ合う。その最中でアダムはジャケットのポケットから一枚の紙切れを見つけ出していた。


「どんな奴だ?」

「管理社会の役人って事だけなら分かってる。歳は俺かそれより上か。絵具みてえな赤い髪と目の奴だった。人目を避けて俺に頼みに来るくらいだ、余程の値打ちもんなんだろ」


 印刷されていたのはアダム自身の顔だった。裏面には身長や何らかの識別番号らしき数字が多数記されている。


「小遣い稼ぎに来たってのにこのザマとはな。オマケにお気に入りのジャケットまで台無しにされるとは。なあ服脱がせてくれよ、痛えんだよ」


 リョウが顎で「どうだ?」とアダムに尋ねた。


「全部調べた。他はもう無い」

「なら良いだろう。だが変な真似したら電子レンジにぶち込まれる気分を味わせてやる。中までしっかり火が通るぜ」

「疑り深えっての。もう武器なんて全部取らちまったし、痛さでロクに動けもしねえ。逃げてえよ」


 言ったアルフレッドは見た目にそぐわず、右袖の消滅したジャケットを丁寧に脱ぎ始める。敵対する二人は照準を外さず、警戒と武装も決して解かない。


 続いて、男の手が八つ当たりとばかりに乱暴に薄緑のシャツを破く。相変わらず苦痛の表情ではあるが。ボリュームのある筋肉が姿を現す。


 しかし、反乱軍の二人が注目したものは別にあった。


「変な能力だなそれ。触れた瞬間は別に痛くもねえが、何故かそこだけ自然と力んで膨れ上がってムズムズして、いつの間にか痛くなっちまう。どうなってんだそれ?」


 敵が左手で押さえる脇腹、赤く腫れ上がっていた。付近の血管や筋肉は盛り上がり、大きく拍動している。


(一体何が起きたんだ? あの銃弾にも撃ったが、無機物や無生物には反応しなかった筈だ。有機物か何か特定の物質に反応するのだろうか……)


 怪異に意識を奪われ、二人組はアルフレッドが笑顔を徐々に取り戻している事に気付かなかった。彼の黒い瞳は、自分の額と相対する銃口を覗き込んでいた。


 「フフッ」と息が漏れた。二人は相手の緩んだ口元に思わず集中した。


 その時、アダムの持つ拳銃から煙が上がった。アルフレッドの口角が吊り上がる。


 拳銃はあっという間に消滅した。瞬く間に煙は広がり、触れた少年の服や皮膚に……


「アダム、歯食いしばれ!」


 声を張ったリョウが、掌――放出される熱が少年を食い破る霧、のような何かが燃え、爆発的な炎光がアダムを包んだ。


 ド派手なイルミネーションに紛れ、髭面は力をふり絞って四つん這いになると、捨てられた自分の持ち物の山に手を突っ込む。


 直後出現したのは、スポイト式注射器。腕に刺し、押す――シリンダー内の黒い液体が流れ、そこを起点に浮き上がる血管。


「あばよ。今度会った時はジョークをもっと交わしたいぜ」


 隆起は瞬く間に全身へ――気付けばアルフレッドは普段以上に瞳孔を開いたニヤけ顔を見せ、痛みを失くしたように平気で立ち上がると猛スピードで何処かへと走り去っていった。


「野郎……おい、大丈夫か?!」


 青年が声を掛ける小柄な仲間は、石畳の上でうつ伏せに倒れていた。青い目は閉じていて見えない。返事も無い。


 下手に揺らさぬよう注意深く観察するが、火傷や出血といった外傷は見当たらなかった。


 良く見ると、アダムの白い額は仄かに赤がかっており、あせが滲み出ている。触ると、熱を帯びていた。シャワーの温度くらいだろうか。


「一体どうなってんだ? 風邪じゃあるまいし……」


 仰向けにしてやり、額に優しく触れる手を意識する。間もなく、熱が彼の手の中へ吸い込まれ始めた。

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