4 : Conspire

「ようし、状況を纏めるぞ」


 天井に吊された、チョークの如く真っ白いキャンプ用ランタンが照らす薄暗い部屋の中、テーブルを取り囲む者達が居た。


 外はとっくに暗く、あと一時間もせずに日付が変わろうという時刻だ。窓はカーテンどころか、防犯用シャッターまでも閉められ、一筋の光すら漏らさない。


 それどころか、街灯の明るみは一番近い所でも五百メートルは離れている。そもそも、とっくの昔に住む人が居なくなった廃墟を見に来る物好きは滅多に居ない。ましてや真夜中で。


 生活用品が散乱し家具も埃を被っている、前世紀の二階建てアパートだ部屋はった。リビングの人工皮革が破れかけたソファーや、ダイニングから持って来た塗装の剥げている木製の椅子に座り、テーブルの周りを取り囲む。


 金髪、茶髪、赤毛、そして黒髪が二人。尚、黒髪の片方はカーペットの上に突っ伏して寝ている。服装は細かい部分こそ違うものの、全員がジャケットにカーゴパンツと心なしか統一されているようにも見える。


「なあ、テレビって見れねえのか?」

「電気通ってねえだろ。第一何が映るんだよ」

「そういやこの前飯食い行ったラーメン屋じゃあ映画あってたぞ。ハゲってカッコいいわやっぱ」

「おい、さっさと済ませるぞ。俺を眠らせろ」


 茶髪がリビングの壁に立てかけられた有機半導体製の、横幅ニメートルもあるテレビ画面を指して言うと、残る四人の内三人が一斉に畳みかけた。最後の不機嫌そうな台詞に他が黙り、金髪の人物がテーブルに置かれた地図や写真やメモを触る。


「まずターゲットについてだな。アダム・アンダーソンとかというこの少年だが……」


 カーペットの上に寝そべる一人を除いて、全員が顔を見合わせた。一人の金髪の人物は、青い目と青い髪の少年と思しき人物の写真を持って説明し始める。


「しかし行動は不規則だ。この前は女と天文台で修行してるかと思いきや、その前はサーキットなんて行ってたし、趣味に没頭してるってところか。大方は反乱軍施設内に居る事が多いらしいが、これは手が付けられねえ。まるで隙が無えな……規則があるとしたら、精々昼飯のタイミングくらいか? 可愛い女の子を連れて中華に行くらしい。ただ店も二日続けては同じ所には行かねえらしいな。グルメだねえ……」

「実行するならその後だろうな。飯もすぐには終わる訳じゃなかろう。その隙に配置につくってのが安定か?」

「だろうな。もうちょい規則的に動いてくれたって良いのによお……」


 茶髪の人物の提案に賛同しながらも愚痴った金髪は、別の写真を持って説明を再開した。


「そんで、次は周囲の人物もだな。トランセンド・マンが多いからどうにか引き離す必要がある。まずここら辺を仕切ってる反乱軍のリーダーみたいなのがハン・ヤンテイというこの中国人だな。時々昼飯を一緒に食いに行く事もあるらしいが、基本的には街の真ん中のビルだな。“上”の情報によると電子操作を能力に持っているらしい。ここ数年情報流出が起こっているのも奴の仕業らしいな。情報ネットワークを通じて俺達に気付くかもしれん。要注意だな。監視カメラとかも改めてチェックするぞ」

「オイオイ、一番厄介じゃねえかふざけんな」


 指さした写真は東洋系の男性の顔。話を聞いている残り三人は揃って顔をしかめた。


「それからこのイタリアンな二枚目はレックス・フィッシュバーン。ターゲットにバイクを教えているらしい。特にコイツには空気操作能力があるから、空まで飛ぶから見つかったら一番厄介な相手だ……こっちはリョウ・エドワーズ。こっちは車派だ。レックスって奴同様、レースやクラブに良く居る。ただ、こっちは一人でフラフラしてる事が多いから優先度は低いな」

「仕事で人の趣味を見せられるとは全くとんだ災難だ」


 赤毛の人物がため息。気を紛らわそうとグラスに注がれた茶色の液体を飲み干し、卓上の瓶からまた注ぐ。


「この良い女はクラウディア・リンドホルム。しかしナイスボディだ……時々市街地から離れた人気の無い所でターゲットに武術を教えてるらしい。あれは多分蟷螂拳か少林拳か? 二人になってる所を狙うには好都合かもな。何なら女の方も捕らえて陵辱でもさせるか? なんつって。ハハハ」

「ガハハハハ!」


 突如、乾いた笑いに連鎖して桁違いに大きな笑い声が部屋を包んだ──今まで喋らなかったボサボサな髭が特徴的なリーダー格の男、アルフレッド。


 部屋に居た他の四人は何も言わなかった。それどころか、見開いた目でアルフレッドを凝視している。一名に至っては緊張なのか震えていた。


「……で、話を戻すとだな、後二人くらいトランセンド・マンが居る。まずこっちの大麻吸ってそうな奴はリカルド・アルメイダ。ターゲットとはたまに絡む程度だ。優先度は低くて良いだろう。しかし残る一人が結構厄介だ。この嬢ちゃん」


 示したのは色白で長い灰髪の少女だった。それを見る三人の目も変わり、活き活きとしていた。一人に至っては口笛を吹く。


「名前はアンジュリーナ・フジタ。まるで天使みてえな名前と顔だ。結婚するならこんな女が良いな。こんな見た目に比例して正確も優しくて完璧だ。しかしかえってそれが厄介なんだ。何故ならターゲットとつきっきりな事が多い。昼飯を一緒に食ったり観光地行く時も、多分ターゲットにとって一番接触頻度があるだろう。全く、面倒見の良さは俺にでも向けて欲しいもんだ」

「お前みたいな奴と結婚するもんかよ」

「お前が言うな」

「んだと?!」


 茶髪の男の煽り文句を金髪が打ち返し、結果茶髪が逆上する。残る二人が馬鹿にしたように笑い、それらを手で制した金髪の男は話を再開した。


「ともかく、このキュートなアイドルが一番邪魔だってのは確かだ。どうやって気付かれずに引き離すか、それが一番問題だろう」

「だな。ファンレターかプレゼントでも送るか?」

「今の女はそんなくらいじゃ喜ばねえだろ。それより監視システムの及ばない場所を把握しておいてだな……」

「それぞれの逃走ルートもだ。こういうのは逃げるのが一番辛い。しかも悟られないとなるとな」


 すると、最後に喋った黒髪の男は、寝転がる髭の人物に構うように見詰めて言った。


「ところでボス、捕獲はあんたが頼りだぜ」

「分かってるっての。まあいざとなりゃあお前らでも出来るがな」

「ホントかよ。俺はイマイチ信用出来ませんがねえ……」

「ともかく、最低でもターゲットを捕らえて逃げ切れさえすれば俺達の勝ちだ。最悪ごり押しでも良い」

「敵地のど真ん中で呑気だなあ……痕跡残したら雇い主にも迷惑でしょうに」


 呆れ顔も気にせず、髭面のアルフレッドはご機嫌にほくそ笑む。一方でそれを見る部下達が眠気と共に不機嫌になる事など知らず。


「分かってるっつうの。ひとまず要注意人物の行動をもう少し調べるぞ。思ったより苦労しそうだ。残業代適用してくれねえかなあ……これじゃあまるで日本だぞ」

「ったく一度愚痴ると歯止めが効かねえんだから……話の続きは明日にしましょうや。もう眠い」


 目を擦る部下に言われ、アルフレッドは腕を枕代わりに寝そべったまま、大きなあくびをして目を閉じた。


「おい酒無えか? 酔わねえと眠れん」

「知らん。てかメキシコのウイスキーって美味いのか? そんな事より風呂に入りてえよ。抗菌シートなんてもう嫌だあ。水浴びてえよ水」

「うるせえ、眠らせろ! ソファーは頂いた!」

「あっ、ちくしょう!」


 赤毛と黒髪が張り合う隙に、金髪がソファーの上にダイブ。一方、茶髪は硬い木の椅子の上にもかかわらず、既にいびきをかいている。


 赤毛は立ち上がると伸びをし、二十ドル札を握り締めて部屋を出て行き、取り残された黒髪はキャンプライトを消し、明日に備えるのだった。





















 同時刻、暗闇に包まれたロサンゼルスから北に千九百キロメートル、カナダはカルガリー市。


 ハイウェイが張り巡らされた高層ビルの建ち並ぶ碁盤状の都市。様々な産業が集約された縦構造の建物が産業ごとに整列している事から、いかに計画的な都市であるかが窺えよう。


 ビル街から少し離れると、晴天時はメガソーラー型集光設備で、雨天時等は電力で稼働する大型倉庫らしき形状の植物工場群が集まっている。


 更に南側、反乱軍との対立を想定した地球管理組織の軍事施設がある。常に警備が行き届き、滑走路や倉庫に待機中の機体や車両は二分以内でのスクランブル発進を可能とする。


 そして施設内部、それぞれの目的を果たすべく迷い無く動く兵士達とは対照的に、一人苦悩する人物が居た。


 彼の名はポール・アレクソン。戦闘態勢でもないのに頭以外の全身を覆うカーボン製プレートアーマーを着込んでいる。休憩室の片隅のテーブルの上でタブレット端末を広げ、コーヒーをドバドバ飲む様子は、周囲から奇怪に思われても仕方がないだろう。


「アレクソン君、荒れてるな。どうしたんだ?」


 自分の名前が呼ばれ、見上げる。比較的小柄な赤毛の中年男性。心配そうにこちらを見返していた。


「これはディック中佐、久し振りな気もしますな。実はハワイ制圧作戦を任されまして、布陣が決まらないものなんですよ。全く、ただでさえロサンゼルスと睨み合っているというのにそれより遠く手間も掛かるハワイだとは。おまけに近場にあるオーストラリアは向こうの本陣だというのに」

「上の命令とは無茶なものだな。私も若い頃は苦労した。折角最適解を見つけたというのに取り消されてしまう事もあった」

「時代も変わりませんな」


 苦笑する二人。直後、ポールは笑う顔を引き締めて話題を変えた。


「ところで少し訊きたいのですが中佐、二週間程前に不在になっていましたが、どうしておられたのです? 他の皆に訊きましたが誰も全然知らないらしくて」

「んああ、実はな、トランセンド・マン研究で使う薬剤の取引を行っていた。こういうのは直接行った方が漏洩を防ぐにも良いだろうしな。研究もおかげさまで進んでる」


 中佐が少し戸惑ったように喋りだしたのは訊かれると想定していなかったからだろうか――ポールの青い瞳は相手の唇の細かな挙動を確認していた。


(話す時、声に乱れは無い。嘘を付いていない)

「そちらも頑張れよ。私みたいにしつこくなり過ぎるな」


 ポールの思惑を余所に、ディック中佐は百八十度振り向き、歩み始める。


(しかし、話し始める時、口元が震えていた。緊張していたのか? 何故だ?)


 彼の目は微かな違和を確かに感じていた。彼は睨み、執着していた。


(何であれ、怪しい輩はとっとと排除しなくては)


 上司が部屋から立ち去るのを上目に見届けながら、ポールは指をポキポキ鳴らした。

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