3 : Extend

「リョウ、相変わらずだね」

「退屈なんだよ。しばらく仕事は休ませて貰ってるが、やっぱ俺は戦場が一番らしい」


 ヘッドフォンの上から声を掛けられたリョウは、座って直面する机上のデスクトップを見ながら無愛想に返事した。


 マウスを忙しく動かし、キーボードも素早く叩き込んでいる。連動してパソコン画面では、銃口の狙う先を示すドットサイトの光点と、それとピッタリ合った兵士らしき人物の頭。距離およそ二十メートル。


 左クリック――画面上の銃口がパパパパッ、と橙に四回光った。空薬莢が正面に構えた銃の右側から飛び出る。直後、狙った人物は頭から血を流し倒れた。


【ENEMY KILLED 100】

【HEADSHOT BONUS 25】


「おい、さっさとD取り行くぞ。弾くれ弾……んな訳ねえだろ、腕だよ腕。武器なんて好みで良いんだよ……あーお前そこはカバーしろや。仕方ねえ、RPG撃つから今」


 気の向くままヘッドフォンに付いたマイクに暴言混じりの台詞を吐き捨てる。デスクトップ上では、狭い廊下のあちこちで爆発が常に起こっている状況だった。


「まあリョウはいつもの事だし、気にしないでくれ。とにかく、良く来てくれたね。最低でも来られるのは一年以内と言っていたけど」


 パソコンを操作する日系の青年を傍目に、ハンは先程リョウに向けて話し掛けた人物と向かい合っていた。


「ええ、“未知の物質”と聞いて、いてもたってもいられなくなったもので」


 と、ソファーに対面する人物は答えた。落ち着いてはいるが、何処か興奮したような調子もある。


 長めの金髪に緑色の瞳、肌は白く、身長は百七十センチメートルと少し程度。小柄さも相まって顔付きは幼く見える。


「しかしカイル、君も研究で忙しいんじゃなかったのかい?」

「いやいや、実は“それ”こそ僕が探していたものなんです」


 カイル・アルベルト・ウィリアムズ、十八歳。外見は典型的なゲルマン系白人だが、髪や目の明るい色味や、落ち着いて大人びた雰囲気が印象に残る。


 彼らが居るのはロサンゼルス都心部の反乱軍拠点のビル、地上約三十メートルの一室。


 この建物は用途が多く、特にビルの数フロアを丸々利用したスーパーコンピューターによる研究は重要な役割を持っている。


 尚、情報機器が揃っているのを良いことに、一部ではゲームにまで使われているが。


「っしゃあっ! 死ね雑魚! G36に殺されて悔しいかAK共!」

「無言でしてくれよ……」


 カイルと呼ばれた青年は白けた目線を暴言の源に向けて送った。苦笑するハン。


 怒鳴り散らす事は無くなったが、今度は代わりに小言と時折ヘッドフォンから漏れるノイズが邪魔する始末。仕方なく二人は会話を始めた。


「で、さっき“これ”こそが君の探している物だって聞いたけど……」


 東洋人と白人が挟むテーブルの上にある、シャーレに入った砂粒のような物体を指してハンが言った。


 砂粒は黒く、凹凸すら判別出来ない程に暗い。ロサンゼルス防衛時、アダムは敵が落としたこれを拾った。またイエローストーン強襲時、管理軍はこれを採掘し精製していた。


「そうなんですよ。実はニュージーランドの地層からこれと同じ物質を見つけて、その正体を探っていたんです。何せエネリオンそのものの解明に繋がるかと思いまして」

「僕もある程度調べたよ。でも物質は未知の元素で構成されていて、構造にエネリオンが関わっているという事までしか分からなかった。性質も不明な部分が多い。それで君なら分かるかな、と思って来てもらったんだけど……」


 何故かハンは申し訳なさそうに説明するが、対するカイルは首を横に振って金髪を揺らした。


「いやいや、こっちにとっても嬉しい話です。何せこの物質はごく微量で調査には不十分でしたし、こうも精製したものがあると尚更助かりますよ」

「それは良かった。他に何か訊きたい事はあるかい?」


 白人青年は顎を手に置いて考える。数秒後、彼は口に微笑を浮かべながら言った。


「そうだな……話は変わりますけど、新しく入ったトランセンド・マンが居たって訊きましたけど、彼にも興味があります」

「アダムの事かい? 彼には彼自身でも分からない事がある。記憶を失っているし、能力も分からない」

「だからこそ好奇心をくすぐられるんです。知りたくて」

「ごもっとも、君らしいや。今度是非紹介しよう」


 カイルの笑顔は次第に引き上げられていく。釣られて向かい合うアジア人まで笑っていた。


「ところで少し早めだけど、昼飯はどう? まだロサンゼルスは来たばっかりだろう? 折角だから観光にも行ってみたら良いさ」

「行きたいですね。折角ならチャイナタウンとか。良い店教えて下さいよ」

「もちろん、ロスから離れたくなくなるくらい美味い。だよね、リョウ。ご飯食べに行こうよ」


 明るい話題に変わり、同じ部屋に居る残り一人に訊いた。しかし、当の日系男性は発光性有機半導体が映す画面に夢中だ。


「待ってろ、もうすぐ……ほら見ろ! 俺にばっかついて来るんじゃねえよ! 少しくらいCで粘ってりゃチケットもっと取れただろうが! 拠点防衛も出来ねえのか!」


 画面に大きく現れた【YOU LOSE】という文字に対し捨て台詞を吐くと、マウスとヘッドフォンをを投げるように机の上に捨てる。


「ハア……お待たせ、行こう」


 そして一度だけ大きく深呼吸すると、リョウは素早く椅子から立ち上がって、顔も見せずに速攻で部屋を出て行った。ガチャンと横開き戸がうるさく閉まる。


「……元気が余ってるみたいですね」

「クラウディアにでも叱ってもらおうかな……というかまだ決めてないのに……」


 残された穏健派二人は呆気に取られながら重い腰を上げ、「どこが良い?」とハンが携帯端末に映る地図を見せる。「ええっと……」とマイペースに指を指すカイルだった。


 そして二分後、まだ何処へ行くのかも決めていない事に気付いたリョウは居心地悪そうな顔で部屋に戻ってきた。


「ゲームは程々にしとくぜ」





















「いつも忘れるな、太極拳は柔軟さが重要だ」


 凜と張った女性の声が、三メートル先でゆったりと、かつ素早く動く少年の耳へ届く。


 芝生の上で足を大きく開き、腕を鞭の如く振るう少年、アダム。その右側には白い石材の壁と茶色のドーム型の屋根のある、二十世紀前半風の建物――グリフィス天文台と呼ばれている此処では、三百六十度ロサンゼルスの風景を一望する事が可能だ。


 少年から見て右手には、なだらかな市街地。都心部の突き出たビル達が目立つ。左手の方は険しい荒れ地と低木林が続いている。ほんの二ヶ月前には無人兵器の行軍が迫り来ていたとは思えぬ静けさだった。


 この場に連れてきたクラウディア曰く「自然が一番落ち着くんだ。日常から離れて疲れを癒やしてくれる。キャンプも良いんだぞ」との事らしい。


「アダム、少し肩が力んでいるぞ。もっと大きく動くんだ」


 絶景を意識の端に、叱咤を受けて肉体の動きに集中。


 足を開いて中腰の姿勢――左を向き、両腕を右側から左側へ、下方向に緩やかにカーブ。左腕を腰に引き寄せながら、右半身を前に出す。立ち上がり、左足を左方向に伸ばして地に着ける。


 腕を頭の高さで広げた所で、腕を下方向に回して右側へ――腰を落とし、右足を伸ばしつつ緩やかに腕を反対へ上げ、身体を立たせる。


 左足を一歩下げる。腕を頭に引き寄せ、S字を描くように手を動かした後、半分しゃがむような姿勢――直後、足を伸ばして左足を蹴り上げる。右掌を突き出し左手は引き……


 ゆったりと動くアダムの顔は、気難しそうにも見えた。見ようによっては顔をしかめている。


(ハンから習った詠春拳や洪家拳とは大きく異なる。打撃主体ではなく、崩し主体か。足の動きが複雑だな……)


 思惑を裏に、アダムは右足を後ろに伸ばして左足を前に大きく踏み出した体勢で、前へ伸ばす両手を体に引き寄せる。右足を曲げつつ左足を伸ばし。腰を落とす。


 再び後ろ足で身体を押しながら両手を前に――今度は身体の向きを百八十度変更し、腕を大きく広げる。


 次は両腕を交差させて足を肩幅に戻す。そして手を重力に従って落とし、足を閉じて気を付けの姿勢。


「良いんじゃないか? もう四十二式を覚えるなんて、大したものだな」

「覚える事は簡単だ。それにしても独特な動きだ。遅く見えるのに強い力が出せる」

「素直だな。違うスタイルを取り入れるとあらゆる状況に対応出来る。だが、使いこなさなければならないぞ。技が多いという事はそれだけ難度もあるという事だ。しかしだからこそ使えると強い」


 止まったアダムに長身の女性が寄る。淡々とした返答に対してクラウディアは嬉しそうに、人差し指を天に向けながら言う。


「さて、“推手”をするぞ。覚えたものはすぐに復習するのが一番だ。実践出来る事も大事だからな」


 と、クラウディアは足を肩幅より広めに開き、右半身を前に、掌を上にして右手を差し出す。


 アダムも同様の体勢を取り、それぞれの右腕の外側が二人の中心で触れ、双方は止まった。


「行くぞ!」


 高く響く、女性のものであるが雄々しい声が開始を告げた。


 クラウディアの体重を込めた腕が接触したまま少年を押し込む。感じ取ったアダムは一歩下がって受け流した。


 右に一歩──アダムが相手の腕を左に逸らし、押し下げようとする。対する女性は肘を上に向けて曲げる事で対抗。


 続けてクラウディアは前進し、少年の腕を外側へ押し出す。そのまま踏み込み、手を相手の腕に沿わせながら肩に向かって打とうとした。


 一転、アダムが腕を回す。押される力を受け流し、平手の打撃――女性が左へ一歩。少年の腕を逆方向に外させ、叩き込まれる手刀。


 間一髪、肘がクラウディアの攻撃を止めた。腕を回しつつ伸ばし、攻撃を巻き返す。


 一歩退くクラウディア、腕も引っ込める。反応したアダムは追う。


 その時、女性が少年の腕を引き、反動で肘打ち――前面にふらついた少年は手で上からはたき逸らそうとした。


 途端、クラウディアの肘が圧力に反抗する。直後、アダムは彼女を制圧しようと更に押し返した。


 しかし、触れる手に気を取られたアダムは、女性が腕を動かさずに、少年から見て左側に移動していた事に遅れて気付いた。


 そして、クラウディアの肘は踏ん張る力を加算し、拘束から外れながら直進。咄嗟の現象に為す術も無く、少年は自分の胸の前で肘打ちが止まったのが見えた。


「上出来だ。だが、素直になり過ぎるのも駄目だぞ」


 姿勢を仁王立ちに戻し、腕を組んだ長身の白人女性は高らかな笑顔で言った。


「今のは、接触点を変えずに移動する事で接近への反応を遅らせたのか?」

「そうだ。鋭いな。人間は視覚情報よりも触覚情報を優先する。そうやって知覚を逆利用するのも手だぞ。戦いはズルい者が勝つ。私みたいに生真面目になり過ぎるな」


 アダムの疑問に詳しく答えるクラウディアの口調は、落ち着きを保って注意しながら得意げでもあった。まるで教える事が楽しいとばかりだ。


「アダム、ここ数日太極拳をやってみて感想はどうだ?」

「自分に今まで無かった要素が多いな。“チーサオ”という似た練習法をやった事はあるが、推手は様々なパターンがある。手足を大きく動かして相手を大きく崩す技術は見事なものだ。歩法も複雑で興味深い」

「その意気だ。既存のものを鍛えるのは大事だが、常に新しい技術を取り入れる事も大事だ。そうすれば常に変わりゆく世の中でも生きられる」


 場合では説教にも聞き取れる話を、アダムは平然と聞き取っている。知りたいという事は彼の数少ない行動原理でもある。


「だがアダム、時代が変わろうと変わらないものもある。太極拳の技術だって昔から受け継がれてきたものだ。肝心なのは、世界が変わる中で変わらないものを見極める事だ。それが私達反乱軍でもあるんだから」


 真実の重要性、それはかつてアダムがトレバーから説かれた事だ――疑い、真実に辿り着く。ハンも似たような事を言っていた。


 またも同じ事を言われた。それがかえって少年の心には突き刺さる――アダムの青い目は、女性の同色の鋭くかつ明るい瞳に見とれていた。


 真剣に見詰められ、微笑を浮かべるクラウディア。目の前の少年には自分の伝えたい事が伝わっていると確信したのだ。


 一息つく。まずは百七十年以上も変わらない大きなグリフィス天文台が目に映る。


 周囲にはちらほらとランニングする者や自転車を漕ぐ者、あるいはボールを蹴ったりバウンドさせて遊んでいる者達まで見受けられる。この光景も昔から馴染みのものだ。


「ようし、練習を続けるぞ。もっとしごいてやる」


 クラウディアは声を張り上げ、山に吹き付ける乾燥した風に銀髪を揺らしながら、背中に付けた鞘からレイピアを抜いた。気高い声は、広大なロサンゼルス市内と漠然とした低木林の自然へと拡散し、吸収されていった。

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