Category 7 : Kidnapped

1 : Vulgar

 ロサンゼルスの中央にあるオルベラストリート。古くからメキシコ系の移民が多く、メキシコ料理や土産も味わえるのが魅力だ。


 人々が行き交う通り、その傍らにはカウンターを店先に構えるオープンカフェ風なレストランがあった。


 通りから見える立て札看板には【Mexican】とだけ書かれ、サンシェードが日中の日差しを遮って店内に陰を作っていた。


「調子はどうよ、ロバート」


 厨房に立ってフライパンを操る、浅黒い肌に黒目黒髪の中年男性が、カウンターに座る別の男性へと声を掛けた。


「それがディエゴ、聞いてくれよ。パワードスーツに包まれている感覚、どっちが死ぬか分からねえ緊張感、映画みてえで最高に興奮したぜ! それで……」


 答えた男は坊主頭を少し伸ばしたくらいの髪型で、三十代に見える。砂色をした迷彩模様の服を身に纏い、席の横には同じ柄のヘルメットを置いている。しかし口調は落ち着いたような外見と相反し、落ち着きが無かった。


「……それこの前も聞いた気がするが……」

「まあ待て、大事なのはここからだ。四メートル超えのウォーカーと相手したんだぜ。向こうミサイルやグレネードぶっ放してきてそりゃあ迫力満点。でも俺達だって負けてられねえ訳でさ、すげえ武器用意したんだ。何だと思う? レールガンだ。一発一発の反動が恐ろしい位に強くて……」


 ジェスチャーで銃を抱える仕草をする。大人げなく、店に居た他の客の注目を浴びる事となった。


「と、とりあえず凄いのは分かったから……お前んとこのかみさん赤ん坊生まれたんだって? 父親になるんならもっとしっかりしろよ」

「大丈夫だっての。ところでブリトーまだか?」

「もうすぐだ。短気は家族のためにも良くないぜ?……はいよ。午後もしっかり働けよ。いつもお勤めご苦労だ……いらっしゃい!」


 ロバートがカウンター越しに紙の包みを受け取る。と、ディエゴと呼ばれていた店主が席の背後にある外に向かって声を掛けた。


「なあ、チチャロンとモーレ・ポブラーノあるかい?」


 誰かがロバートの隣の席に座った。黒っぽい茶目茶髪に、ボサボサに伸びた髭が特徴的な男だった。服装はカーゴパンツに黒いジャケット、とカジュアル。彼は人懐っこい笑顔で注文する。


「勿論だとも。モーレとは物好きだねえ。仕込みが大変な分早く出せるから良いけどさ……しかしあんた見ない顔だな」

「まあな。ロスは良いよな。こんな店が近所にあって欲しいもんだぜ」


 頬杖をついた男はカウンターの向こう側で焼かれ始める肉の塊を見詰め、舌なめずりしながら呟く。更には近くにあったウォーターサーバーから氷水を取り、氷を音を立てて噛み砕く。


「随分と腹減ってるみたいだな……どこから来たんだい?」

「アイダホだ。そろそろヤバそうなもんでこっち来た」


 男の下品な態度に、四割程度引きながらもロバートは問う。答えは間髪入れずに来た。


「ったく、政治家共は一体あと何回戦争を起こせば懲りるのやら……ロバート、何とかしてくれよ」

「さあな。話し合いで終わるくらいならとっくに平和な世の中だろう。管理して一体何がしたいのかは俺にもサッパリだ……」

「怖いねえ。まああんたら反乱軍とやらが良い世の中作ってくれると信じてるよ。”税金”も少なめだから満足してる」


 第三次世界大戦が終結した直後は、都市は貧民で溢れた。


 しかし地域を率先して統治し、復興に努める自治政府のような体制がすぐに生まれた。これは後の反乱軍の前身とも言えるような組織でもあった。


 その後、地球管理組織の圧政要求に対し、ロサンゼルスの政府的組織は都市再建と共に生み出した防衛力によってこれを撃退した。これが反乱軍の始まりとも言われる。


 ちなみに「反乱軍」という名前は、地球管理組織から見た侮蔑的な意味合いもある。


 また、反乱軍の活動する予算や資源に関しては、世界各地の拠点都市でインフラ提供や治安維持等の代償として市民が支払う、という税金のような仕組みである。


「俺は銃を持つだけだ。そういうのはペンを持つ奴らの仕事だぜ」


 鼻で笑った店主は、フライパン上で湯気を立ち上らせる肉へ茶黒いソースを掛ける。カカオや香辛料を混ぜた、モーレと呼ばれる独特のソースだ。


 グリルの隣では黄金色の油が溜まったフライヤーの中にある薄っぺらい物体が、百八十度に熱され気化した水分によって泡を立てている。


「お客さんそんなに待ちきれないかい? もうすぐだ」

「まあな。油大好き」


 カウンター越しに覗き込む髭面の男の姿は、見た目にそぐわぬ子供っぽさがあった。まるで料理を早く食べたいとばかりに待ちきれない様子だ。


「ロバート、俺のブリトーが食えんか? 手が止まってるぞ」

「ん? あっ」


 隣の何処か不審な人物を横目に眺めていた軍人は、料理を嗜む事をすっかり忘れていた。慌てて目を正面に戻し、左手に握る紙包みを口に近づけ、一囓り。


「おたくのサルサは酸味が控えめだから肉をしっかり味わえて最高だよ。焼き方も良い」

「サンキュー。でもどうしたんだそんなボケッとして。珍しいな」

「いや、癖でつい……」


 横で料理を待つ人物をチラ見しながら返答するロバート。向こうは視線に気付いているらしく横を何度か見ていたが、ニヤニヤ笑ったままだ。


「職業病って奴?」

「そんなもんかな……すまん、別に疑ってる訳じゃないが、その、俺にとって気を引くもんで……」


 自分の迷彩服を見下ろし手で示しながら、ロバートは謝罪した。苦笑いを浮かべる隣の男は手を横に振る。


「気にすんな。気持ちは分かるぜ軍人さんよ。俺だって昔は軍隊でな、退役した今でも過剰反応する事はある。昔よお、銃撃音がしたかと思って駆けつけたんだ。そしたら何だったと思う?」


 一旦話を止めて勿体振る。目は相変わらず正面のグリルを見たままだ。


「それがな、ガキが風船割った音だったんだぜ。アッハッハ! ガキの方は戦争かと思うくらい泣いていたがな。ハッハッハッハッハ!」


 馬鹿笑いが店中に広がった。それどころか面する通りにまで広まり、何事かと多数の視線が髭の男に浴びせられる。


 男が笑っている間、誰もがその異様な光景に何も言う事が出来なかった。


「ハッハッハ……っておいおい、客に焦げた肉食わせるつもりじゃないだろうな」


 数十秒後にも及ぶ大笑いと他者の沈黙が流れ、事の発端となった人物はフライパンの上で沸騰する焦げ茶のソースを指摘した。


「あ、ああ、すまんすまん。只今」


 誰も下品な男の言い草に文句を付ける者は居なかった。他の客は食事を再開し、通行人も歩き始めている。何か気になったのかしばらく放心状態だったロバートも、ブリトーに再び噛みつくのだった。


「はいよ。チチャロンも揚がった所だ」


 と、出されたのは黒いソース掛けの牛肉ステーキ、そして豚の皮の揚げ物。有無も言わず、男は即刻飯に食らいついた。


「いいね。油万歳」


 ナイフを使わずモーレ・ポブラーノを噛み千切って食い、ボリボリと音を立ててチチャロンを飲み込む――端から見て気持ち良いとは間違っても言えない。


「なあ、あんた。その……美味そうに食うな」


 軍人が隣から間接的にマナーを訴える。だが対する相手は口に料理を詰め込んだままにんまり笑い、「まあな」とだけ述べると再び口の中へ料理を流し込んだのだった。






「楽しかったぜ軍人さんよ。そんじゃまたいつか」

「お、おう……」


 ジャケットの袖で口周りの汚れを拭った男は、立ち上がって十ドル札をポイとカウンターに置くとそのまま手を振ってメキシコ料理店から出て行った。


「結局何だったんだあいつ……」

「さあ……さて、俺も仕事行くか。世界を平和にしてくる」

「あいよ。悪者共を蹴散らしてくれよ」


 迷彩服姿の軍人も席を立ち、カウンターにお札を出す。店長は慣れた手つきで何処からか硬貨を取り出し、紙幣と交換した。


 ヘルメットを抱え、外に出ると歩道を歩く人々は一層増し、辺り一帯に見える市場は活気見せていた。


 ロバートはおもむろに尻ポケットから携帯端末を取ると、近くにあった土産物屋の骸骨を模したアクセサリーを見ながらマイクロフォンに喋り掛ける。


「ピーター、お前今日の見回り午後からだろ? 今俺オルベラに居るから……」


 部下に業務連絡をする軍人。周囲で行き交う通行人達は気にも留めず、それぞれ市場や雑貨店で買い物をしている。


 しかし一名だけ、人混みに紛れたその姿を確認している人物が居た。


 彼は通りの野菜売り場で買ったズッキーニをその場で丸囓りしながら、迷彩柄の服を着た軍人を観察していた。


「しっかり警備は行き届いている様だな」


 ダークブラウンの髭の口元がニヤけながら呟く。その光景を目の当たりにした八百屋の店主は訳が分からず、訝しげな顔をするのだった。


 二十センチメートル程のズッキーニが半分まで囓り取られると、焦げ茶の髭の男は歩き始め、カラフルな装飾を施された市場を出た。


「お疲れ、ボス。ちと目立ち過ぎやしませんでした?」


 自身に掛けられたと思しき声――右に向かって九十度、若い男性が一人居た。服装は彼と同じく、カーゴパンツにジャケット。


「ほっとけほっとけ、挨拶代わりみてえなもんだ。ここらの把握は終わったか?」

「ええ、まあ。全員順調に進んでるみたいですぜ。時代遅れな割には情報設備がしっかりしているわ、監視も行き届いてるわ、厄介になりそうですがねえ」


 通行人と比べても違和感のなき彼らは、ヤシの木が並ぶ広い通りを歩きながら何やら喋り始める。白い石造りの建物は正午の太陽を反射し、陽気なムードを醸し出していた。


 二人はやがて道路の片隅にポツンと置かれた、車高が高くタイヤも太くて大きな乗用車の元で止まり、ドアを開けてシートに座る。


 自家用車はここロサンゼルスで持つ人物は少数の部類ではあるが、それ程珍しい訳ではない。都市復興時に使われた公共交通機関の利用者が未だに多いという理由もあるが、生活基盤が安定すると市民の生活は豊かになるのは当然であり、マイカーを持つ人間は増えている。


「ようし、そんじゃあコイツと、その周りの奴らの居場所や行動パターンを調べ上げるぞ。ここからがクソ面倒だがな」


 五センチメートル残ったズッキーニを口の中で噛みながら、髭の人物はポケットから写真を一枚出した。扱い方が荒いのか、端が折れていた。


 10代と思しき少年。髪は青がかった黒髪、目は深い青。


 写真の裏には【Aadm Anderson】と名前や、他に様々な情報が書き込まれている。


「へいへい。と言ってもボスの方が実行まで待ちきれるかどうか不安ですがね」

「余計な事言うんじゃねえ。さっさと済ませるぞ」


 運転側の若い方は車のキーを回し、SUVは植物性廃棄物から生成された不純物の無いヘキサン燃料を燃焼させてクリーンな排ガスを吐き、ヤシの並木に挟まれた平坦な路面を気持ち良く走るのだった。

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