4 : Nomal

 反乱軍は追い詰められていた。戦車や味方基地からの砲撃でとても抑えられる数ではなかった。ロバートが双眼鏡を覗いた時、敵の大群との距離は百メートルを切っていた。


「だがピンチはチャンスだ。近付いて来た事を後悔させてやれ!」


 そう言うのもしっかりとした理由がある。標的との距離が近ければ狙いを定めるのが簡単になるし、グレネードやロケットランチャー等、近距離で有効な武器もある。


「さあ、七・六二ミリ弾のプレゼントが待ってるぜ! しっかり受け止めな!」


 楽しさで顔を笑顔に引きつらせるのは、ロバートの隣で軽機関銃を抱える兵士。ロバートより少し年下、短い金髪に青い瞳という典型的な白人だ。


 引き金が引かれる。秒間二十発もの発射速度で十グラムの銃弾が音速の三倍で飛ぶ――銃口の延直線上で、外壁を貫かれたロボット達が倒れる。


「サム、機嫌良いな」

「そりゃあ、良い奴っすから!」


 ロバートの呟きに笑顔で答え、サムと呼ばれた分隊員は喜びの奇声を上げながら引き金を引き続けるのだった。


 その隣では、リボルバー式グレネードランチャーを、両手に抱えて連射する兵士の姿もあった。四十代のアイルランド系、横幅が大きく、茶髪と同色のボサボサな長い髭を生やしている。


 爆風でロボット達が吹き飛ぶ。直撃すれば跡形も無くなった。


「ボブ、その調子だ」

「これが俺の取柄みたいなもんだからな」


 ボブと呼ばれた分隊員は答えながら空になった薬莢室へ新しい榴弾を十二個、慣れた動作で詰め込む。


「ラケシュ、ジェシカ、お前達はピーターの援護につけ。あいつ苦戦してるぜ」

「了解。確かに慣れてない動きだ」


 二十代後半でインド系の見るからに穏健な男性の呟きと、


「分かったよ。全く、あたし無しじゃあお前ら駄目なんだから」


 長い黒髪を後ろで纏めた同年代の口調の荒い女性の自信たっぷりな発言。


 二人は少し前方で忙しく動く二足歩行戦車の元へ駆け足で近付いた。


「調子はどう?」

『何とも。しかしウォーカーって思うように動かないですね』


 女性の陽気な問い掛けに対し、操縦席からの通信の若い声は不安を伝えていた。


「人間の一・六倍のスピードがあるとはいえ、体格のせいで人間の感覚だと六割位のスピードしか出せない」

「細かい事は気にしないで、あたし達に任せな!」

『さすが姐さん、格好良いや』


 ラケシュの理論的な説明と心配を吹き飛ばすに、ジェシカが二足歩行戦車に言い聞かせた。


 二足歩行戦車の操縦者ピーターはロバートの分隊の中で最年少だ。未熟ながら器用さに定評があり、今回は分隊の主力として二足歩行戦車の搭乗員としての役割を担う。


 二足歩行戦車の主武装である二丁の二十ミリサブマシンガンは、片方だけで百グラムの金属弾をマッハ三、秒間十発で吐き出す。


 大口径故に対物目標には最適だ。それを証明するように銃弾はマシン共の外壁を砕き破り、次々と破壊する。


 ちなみに銃を支えるのは二本の腕なので精度は悪く、大砲並みの長距離射撃は無理だ。肩のロケット連装砲もロケット砲自体の命中精度がそもそも悪く、二足歩行戦車の有効射程範囲は一キロメートル以内が妥当だ。


 二足歩行戦車の全高は四・五メートル、白人男性の平均の二・五倍程。この大きさ故に人やそれ以下の目標には狙いが付けにくい弱点もある。


 ピーターが撃ち損じた獣型ロボットが銃弾を発射しながら突撃してくる。しかし、アサルトライフル弾によって近寄る前にことごとく破壊された。


 別の方角でロケット砲に運良く破壊されなかった無人バイクが、仕返しにロケット砲を発射しようとしていた。しかしロケットは発射されなかった。狙いが決まる前に爆散したのだ。


「イエーイ!」


 ジェシカが敵機体を破壊する度に叫ぶ。ラケシュは射撃をそこそこ、左腕に巻き付けた腕輪型端末の画面を見ていた。


「二時の方向五十メートル、十体だ」


 戦場のど真ん中を飛ぶプロペラ小型観測機から来たデータを、通信機に向かって話し掛けるが返事はない。代わりに二足歩行戦車がラケシュの言った方へ向き、丁度迫っていた獣型ロボットの一群をサブマシンガンで蜂の巣にした。


「次、十一時に七十メートル二十体」


 二足歩行戦車の肩に付いている、箱形のロケット連装砲が燃焼ガスを噴く――反作用でロケットが前進。


 ロケットは軌道上の機械獣達を三分の二程吹っ飛ばし、余りはアサルトライフルを持つ歩兵達がフォローしてくれた。


『二人共前に出過ぎたら危ないですよ』


 ピーターの乗る機体が、時折火花と金属音を鳴らしているのは対人弾が当たっているからだろう。しかしその程度では金属の巨人の装甲は破れない。


『指揮部より通達。敵側に多数の小型無人爆撃機を確認した。到達まで残り三分』

「おい、高射部隊大丈夫か?」

『相手が航空機だってなら退くのも速い筈だ。その時は少し辛抱してくれ』


 高射砲は本来対空射撃を行う兵器だが、その高威力や連射速度は地上目標にも有効だ。現に連装式高射機関砲は、地上の機械共をなぎ倒している。


「おい、伏せろ!」


 ロバートの隣の黒人、ルーサーの警告。反射的に身を屈めた次の瞬間、塹壕の少し前で爆発と共に土が巻き上がる。


 幸運にも無傷だった。安全だと判断し、塹壕から顔を少し出す。


 次に見えた光景は、こちらに銃を向けていた人型ロボットが体を貫かれ、機関部を損傷し倒れた姿だった。


「シモン、俺が仕返ししてやる所を余計な真似しやがって」

『他人の隙を突くのは俺の十八番でねえ』


 スペイン訛りの人物との通信。続いて前を走る無人バイクの燃料タンクが撃ち抜かれ、炎上した。


「サム、ボブ、もっと前に出ろ。火力を集中させるんだ」


 二人から「了解」と即座に返事。間も無く機銃音と前方の爆発が勢いを増やす。


「ルーサー、やろうぜ。たった二分チョイだ」

「またか。お前の馬鹿に付き合わされるのは何度目だこれで」


 突っ込むような黒人の返答だったが、笑顔が乗り気を表していた。


 二人は勢い良く身を隠す遮蔽物から飛び出た。意味を持たない叫びを上げながら近寄るマシンを小銃で殲滅する。


 ロバートが手榴弾を投げながらスライディング、偶々近くにあった岩陰に隠れた。


 ルーサーもその後に――顔の横を高速低質量体が通り過ぎた時、思わず硬直しそうになった。


 手榴弾が爆発し、近寄っていた獣をバラバラになる。黒人が滑り込んで無事に岩陰に辿り着く。


「危ねえ、天国が見えたぜ」

「あと五十年は行きたくないな」


 一呼吸合わせ「せーの」と岩陰の両側からそれぞれ体を出した。集中砲火で列になる人型ロボットを金属の動かぬ人形に変えた。


 再び白黒双方の人種からの奇声。走りながらアサルトライフル弾をばら撒き、集まる金属の兵隊を殲滅する。


 それでも二人は体の周囲を通り過ぎる銃弾に時々背筋を凍らせる。関係ないとばかりに大声と射撃で誤魔化すが、やはり危機を感じ再び地形の起伏に身を隠した。


「あー、トイレ行っとくべきだったかな」

「お前はコーヒー飲みすぎなんだよ」


 ロバートの呟きにルーサーが突っ込みながら手榴弾を投げ込む。数秒後、土砂と共に無人バイクが吹き上がり倒れた。


 側面から機械獣が駆けてくる。背中に搭載された銃は、走行と共に揺られながら火薬音を鳴らし発光するが、不安定なためか運良く当たらなかった。


「だあああああ!!!!!」


 黒人も声を張り上げながら機械獣へ突進。


 お互いに銃を乱射するが、どちらも命中しなかった。止まらずに走りぶつかろうとする二者。


 ルーサーは大柄だが、精々体重九十キログラム。一方機械獣は体長二メートル、体重は炭素プレートによって軽量化されているとはいえ、百二十キログラムはある。


 人間のトップアスリートですら時速三十六キロメートル程度の速さだが、この機動性を重視した兵器はゆうに時速百キロメートルを超えるスピードを出す。


 体重が同じだとしても、速度が三倍、エネルギー量で九倍。正面衝突した時の勝敗は確定している。


「なんてな!」


 黒い顔が白い歯を見せてニヤリと笑った――途端に跳躍、自分を撥ねようとしていた獣を飛び越す。


 すれ違う瞬間、銃口が下に向き、反動と共に飛んでいく銃弾が屑鉄を生み出した。


 一方ロバートは、隠れている所へやって来た人型ロボットをどう対処するか悩んでいた。


 考えた挙句、勢い良く立ち上がる。急に目の前に標的が現れたロボットは躊躇いもなく照準を付け、引き金を引く。


 直前、ロバートが両手でロボットの持つ小銃を奪い取ろうと掴んだ。引き金が引かれ二者が拮抗しながら銃弾が周囲へ飛び散る。


 姿勢を低くし腕を引っ張る――ロボットが浮き、地面に背中を着けながら後ろへ蹴り飛ばした。地面に墜落したロボットはそのままルーサーの銃弾によって行動不能となった。


「無事か兄弟?」

「サンキューな……って後ろ!」


 ルーサーの後方から襲い掛かる三体の獣。即座に小銃を構え撃つが、二体は倒せても残りは近くて破壊に間に合わない。


 戦闘の機械獣のバイザーの頭が二人に到達まで残り一メートル――小銃よりも鋭く速い発砲音が二人の耳に届いた。


 側面から胴体を貫かれた機械獣は走りながらぐったりと倒れ、勢いでロバートの足に絡みついた。


 足元のガラクタを除けたロバートは相棒と共に呆然とした視線で、サブマシンガンを二丁持ってスライディングして横切る人物の姿を見届けた。


 砂の上で滑りながら起き上がり銃を左右に向け体をスピン、小口径弾が四方八方から襲い掛かる機械獣を撃ち殺した。


 前方から人型ロボットが三体銃を向けているのに対し、跳び込むように地面を転がる――銃弾が丸まった体を掠める。


 一回転、起き上がり二丁の銃で左右の二体を片付ける。最後の一体にはスライディングキックを決め、転ばせ倒した。


 起き上がると同時に無慈悲に銃弾をプレゼントする。ロバート達が駆け寄った。


「何時も格好付けやがってミハイル」

「良い加減彼女作りたい歳ですし」


 北欧系あるいはスラヴ系の彫りの深い顔つきと黒目黒髪の若い兵士、ミハイルは言葉を返しながら片手で器用に弾倉を交換した。


『伏せろ!』


 通信通りに身を伏せた三人。機銃掃射と大量の爆発が前方で起こった。数十体ものマシン達に穴が開き、機体が吹き飛ぶ。


『ボケっとしないで下さいや隊長』

『もうすぐ敵飛行機が来ますぜ』

「また飯を奢ってやらねばな」


 サムとボブからの通信を耳にし、後退し始めた三人は追ってくる機械獣の群れへ乱射しながら逃げる。


 逃げる先に立っている、二足歩行戦車がこちらへ銃口。


 火薬の発砲が左右の銃口合わせて一秒で二十回。前方からの発砲音に加え、ロバート達の後ろで金属破砕音も響く。


「こんにゃろう、俺も撃とうとしただろう!」

『外さないと思ったんです。何で僕には感謝してくれないんですか?!』


 出来上がった金属の破片を見ながらからかうように言った。片や通信越しの若い声は弄ばされていた。


 直後、二足歩行戦車の斜め前方で爆発。榴弾発射筒を抱えた人型ロボット数体が弾け飛んだ。


『男共、ボサッとすんじゃないよ! 全く、あたしが居なきゃこの分隊駄目ね』

「デキる女は駄目出しなんてするもんかよ」

『ところで、あと一分も無い。早く退却だ』


 唯一の女性メンバーの呆れ口調にリーダーが反抗したが、インド人が一蹴。


 やがて三人は十秒も経たない内に塹壕へ戻り、頭と腕だけを出して射撃を再開した。


「対空しっかりしろよ」

『勿論ですよ。狙って引き金を引くだけですよね』

「おう。あと肩のロケランは地上へ撃てる筈だぞ。シモン、居るか?」

『へい、俺が恋しくなりましたか?』

「ジープに何か残ってないか? 使えそうなのがあったらこちらへ回してくれ」

『了解。スナイパーは補給係じゃないんだが……』


 部下の愚痴を他所に迫り来る機械の群れを撃ち抜いていくが、大群は勢いのまま押し寄せている。これに航空戦力が加われば悲惨な事態になると容易に想像出来よう。


「あと三十秒……」

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