5 : Rebellion

 黒髪の男が手を伸ばす。手から空気へ流れるエネリオン――空気が振動し、振動は拡散せず一直線。


 音波に対する少年、体を左へスライドして躱す。突破しても次なる音波が出現し、躱してはまた表れる。何度も身体を傾け反らすが、接近出来ない。


 避けられた音波が後方でベクトルを逆転させ、後方から襲う。


 それを知っているアダムは音波が接近する前に、相手との距離を詰めナイフを連続して突き出した。


 黒髪の男はバックしながら短い刃をどうにか体の動きで躱していくが、服の一部が裂かれたのを視認した。


 目の前の少年が身を屈める。男が自分で放った音波が丁度迫っていたのは分かっていた。


 音波へエネリオンを送り、屈折させて低姿勢の少年へ送ろうかと考えたが、脛への衝撃が考えを妨げさせた。


 音波がローキックを繰り出したアダムの頭上を通過し、黒髪の男へ命中。飼い犬に手を噛まれたようなものだ、負傷よりも驚きが大きかった。


 アダムが起き上がり、バランスが不安定な男目掛けてナイフを次々に振るう。武器を持たざる男は攻撃する暇も与えられず、後退するのみ。


 少年が左足で地面を蹴り、右足で膝蹴り――二人の距離が更に縮まった。


 刃に気を取られていた男は膝を腹に受け、後ろに吹っ飛ぶ。空中で何とか体勢を整え、綺麗に着地。


「面白いなあ。そうだ、自己紹介しよう。俺はジェフ・ベル」


 訳が分からなかった。何故戦いの最中だというのにこうも目を離すのか。しかし、その奇妙な行為に注意を引かれてアダムも銃口を地面に下ろしていた。


 背後数十メートルで闊歩する無人兵器達。二人の目はそれにも気を取られない。


「アンダーソン、お前が“我々”に戻ればあのブリキの群れ共を退却させてやる事だって出来る。どうだ?」


 予想外の問い掛け。少し黙り込んだ。


「何故そこまでして自分を連れ戻そうとする?」

「さあな、中佐に訊かんと分からんな」

「また中佐と言った。何者だ?」

「お前はどうしたい?」


 少年の疑問を無視し、質問。アダムは暫く黙り、考えた。


 彼はハンと話し合い、反乱軍の一員になると決めた。アンジュリーナが地球管理組織の残酷さについて愁いのある顔で話していた事も思い出す。


 一番印象に残ったのは、何もない白い世界。


 走る――誰かが追う。


 逃げたい――逃げられない。


 何故逃げたいのか、分からない。だがそう思っていた事は確かだ。


 だから返答は決まっていた。


「嫌だ」

「理由を聞きたい」


 二者に表情の変化は無い。


「行きたくないからだ」

「……」


 ジェフ・ベルと名乗る男が動揺を見せた。


 その時だった。


『アダム、後ろ!』


 耳の通信ユニットから聞こえた、聞き覚えのある気品の高い女性の声。雑な警告を受け入れたアダムは振り向き、姿勢を低くする。


 視界に自分に向かって跳び蹴りを放とうとする人物の姿があった。大柄な茶髪でサングラスの男だ。


 しゃがんでいたので茶髪の男は飛び越え、後ろへ着地。アダムが振り向き、相手の横蹴りを腕で防いだ。


「アダム、大丈夫か?」


 通信機で聞いた声と同じ者からの問い。サングラスの男と同じ方向から来た銀髪の女性はクラウディアに他ならなかった。頷いて応じる。


『ブラウン、俺はアレクソン司令の命令通り反乱軍兵士共を片付けに行く』

『了解、引き付けを行う』


 耳にはめ込まれた極小の思考通信機によるやり取りは、外部に一切の内容を知られない。


 サングラスの男がナイフの刃先と共にアダムへ向く。クラウディアがアダムへ寄り細剣を構え、アダムも対抗するようにナイフを構えた。


(この男、まさか一人で私達を相手にするのか?)


 クラウディアの予想通りか、黒髪の男が踵を返し、何処かへ走る。


(あの方向は……ロバート達が危ない!)


 しかしサングラスの男が通さぬように阻む。二メートルも無い身長だのに壁の役割をするには十分過ぎた。


 一方、立ち去るベルは足を動かしながら、心に引っ掛かったこんな事を考えていた。


(何故アンダーソンがこんな「欠陥」を持っているのに中佐は取り戻したがるんだ?)





















 戦場と化したロサンゼルス郊外より遥か東方、ユタの荒野。


 打ち鳴らされる五本の刃。二本と三本に分かれて争いを繰り広げる。


 その内一本の湾曲した中国刀、リョウ・エドワーズが所有するそれは、敵トランセンド・マンの一人が持つ斧とぶつかり合う。


 リョウの剣撃が斧に防がれ、その度に重量に押され弾かれた。


 重い斧から反撃。剣はそれを防ぐが、重量差によって押され後退を余儀なくされる。


 後ろへ下がるリョウの足元へ斧が薙がれる――日系人が跳び越え、落下と同時に刃を振り下ろす。


 空ぶった斧を引き戻し、頭上に斧をかざして剣を防ぐ相手。重さを活かして剣を前に押しのけ、青年が遠ざかる。


 押されたリョウは踏み出し、剣で八の字を描く。素早さで圧倒する作戦だが、厚みのある斧は鈍いスピードを賄って刃を次々と防ぐ。


 次は相手の番。比較的遅いが、重量のある一撃一撃がリョウを押し、攻撃は防がれるもののペースを自分のものにしていた。


(俺以上のパワータイプか。じゃあ脅かしてみるか)


 突然リョウは距離を取り、剣を持っていない左手を前に向けた。エネリオンが放出され、相手へ一直線。


 突然だったが、相手はそれを直感的に体を捻って躱した。


 ドパン!――柔らかな物体の破裂音。音源は相手の後ろ。


 突然の出来事に驚き、注意を逸らす敵。振り向くと、後ろにあったサボテンの上半分が綺麗に吹き飛ばされていた。飛び散った残骸が顔に降りかかったが、気にする事ではない。


 エネリオン変換による熱によって、サボテンの殆どを構成する水を蒸発させ、水蒸気爆発でサボテンの肉体をばら撒いたのだ。


「もしや自然愛好家? 悪かったな植物を殺しちまって!」


 元気なジョークと共にリョウは、剣と共に全身を前に。


 剣と斧が交差し競り合う。やはり細く軽い剣の方が若干押されていた。


 エネリオンがリョウの掌から剣へ送られる。普段は剣の耐久力と切断力を上げるためにエネリオンを使うが、今回は違う。


 剣の周囲の空気が陽炎の如く揺らぐ。熱によって空気の屈折率が変化したが故の現象だ。


 送り込まれるエネリオンは熱を帯びる剣の耐熱性すらも引き上げる。しかしそうではない相手の斧はどうか。


 答えはすぐに出た。剣を受け止めている斧は接触面が赤熱化し溶断される。物を切る道具である筈の斧は逆に真っ二つにされた。


 武器を破壊され、驚きに硬直した相手は、足元を刈る鋭い感覚を認めた――脱力し地面に跪く。リョウの左手が、無防備な相手の頭を乱暴に鷲掴み。


 立ち上がろうとしても、足を焼き切られては逆らえない。リョウは手中に収めた相手の頭を固定したまま、楽に首を切り落とした。


 地面転がった首と、伏した首無しの死体――気にせず、リョウは別な場所で戦っている仲間へ声を掛ける。


「手伝ってやろうか?」

「いいや、俺だけで十分だ」


 レックスのお言葉に甘える事にしたリョウは傍にあった岩に腰掛け、懐から半分食べかけのホットドッグを取り出し、食事にありつけながら観戦し始めた。


 ラテン人が持つのは二本の細い短剣。対峙する相手はミドルソードを装備。


 二本の刃が素早い連撃を繰り出し、一本だけの相手は防戦一方だった。


 レックスの右の剣が相手の剣を上から押さえ、がら空きとなった腹へ左の剣を突き出す。相手は抑圧を横へ逸らし、腹への刃を続けて防いだ。


 今度は頭へ右を薙ぎ、防がれ左を脇腹へ振り、また防がれ右を胸へ突き出し、またまた防がれ左を顔面へ伸ばし、またしても防がれた。


 だがペースはレックスが握っているのは事実。更に前進し、二本からなる連撃――一本で防ぐのだから、相手が押されるのも当然だ。


 ここで向こうが劣勢を巻き返そうと、青年からの攻撃を巻き込みながら攻防一体の連撃。


 二本のか細い剣で一撃一撃の強い攻撃を受け止めるのは苦、ではなかった。細い剣で相手の剣を逸らしながら隙を伺う。


 首に向かってくる突きを左で外側へ逸らし、右の剣を横に薙いだ。体を引っ込め躱した相手は自分の剣を引き戻し、青年の腹へ向かう剣先。


 右の剣で攻撃を下に振り払ったレックスは左をそのまま前へ、相手の剣が戻り上に逸らす。今度、右で狙うは相手の剣を持つ腕。


 敵が武器を持つ腕に攻撃が迫っている事を察知し、引っ込める――空振った青年へ向けて剣を突き出すが、彼が左に持つ剣がその軌道を外側へ。


 レックスは左の剣に加えもう片方の右の剣でも相手のミドルソードを押さえ、二者は拮抗する。相手が抜け出そうと蹴りを放ってくるが、蹴り返して防ぐ。


 掌から空間に向けてエネリオンを放出――空気へ作用し、勢いを持った空気塊が相手の足元へ。


 不測の事態に相手は体勢を崩し、片膝を地面に着いてしまった。無防備な姿を晒すまいと剣を頭上から振り下ろす。


 もう一度、体表から吸収し脳へ、脳から手へ、掌から空気中へ放出。


 圧力を持った空気塊が、レックスへ下されかけている剣の平たい側面へヒット――片手で扱える程軽いミドルソードが青年の横へ逸れた。


 隙を見せた相手へ二本の剣を叩き込む――とにかく速く、相手の体に次々と切り傷が出来上がる。


 息が上がり剣を鞘へ納めた時、相手は呼吸せず、地面にうつ伏せ状態だった。


「お疲れ」

「ホットドッグなんて呑気に食いやがって」


 日系人が楽しそうな笑顔で口に頬張るのをラテン人が羨むように言った。


「サツマイモチップはどうした?」

「邪魔になるから持って来てないぜ。第一戦闘の衝撃で粉々だ。お前は何で当たり前みたいに持って来てるんだよ」

「俺は頭が良いから準備も良いんだ」

「だったら何で何時もごり押しみたいな戦い方なんだ……」


 最後のレックスの台詞は無視したリョウは立ち上がり、最後の一口を詰め込むと袖で口を拭った。


「さて、戻るか」

「ああ、アンジュちゃん達が危ねえな」

「トレバーの方は大丈夫かね?」

「きっとテキサス土産でも持って来て帰って来るだろうよ」


 口調は軽かったが、二人の目つきは真剣だった。


 レックスが空気を噴射し、飛ぶ。リョウが地面を蹴り、加速する。

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