3 : Shock

「おい何だあれ?」


 そう疑問を言葉にしたのはライフルのスコープを覗く兵士だった。その一言で周囲が一斉に注目を浴びせる。


「どれだ? 俺達には見えねえ」

「一キロ先だが、人らしい姿だった」


 軽機関銃の弾をばら撒く兵士が問う。聞かれても見えないのだから実際は分からない。


 スコープを覗く兵士はその正体を突き止めようとスコープのつまみを回し倍率を上げた。その正体が判明した時、無意識に声を上げていた。


「なんだありゃあ?」


 どうしたのか、周囲の仲間が訊く。兵士がスコープから目を離し、他の仲間にその問題となる物体を見せた。


 暗くて可視光線では見えないが、赤外線表示でぼんやりと、バイクや機械獣の群れの奥深く、明らかに人と思える姿があった。はっきり見えないのはステルス素材によるものか。


 人の形をしたそれはまさに人間の如くこちらへ走り迫っている。妙なのは距離が一キロ程も離れているにも関わらず、短距離走のような走り方だった事だ。


「気を取られるんじゃねえぞ!」


 分隊長らしき兵士が忠告した。皆それぞれの役割へ戻る。


 その中で、スコープを覗く兵士は遠方に見えた人型の物体へ再注目した。


 引き金を引く。およそ一秒後、人型の腕と思われる部分が千切れ飛び、姿が地面に倒れる。


「やっぱ見えにくいからこんなもんか」


 対物ライフル弾の威力は凄まじい。五十グラムの金属塊を音速の三倍で飛ばすだけだが、被弾した人体を引き千切り、コンクリート壁や金属板をも貫く。人の腕や足に当たっても衝撃により一瞬で致命傷にまで至るまでの殺傷力を持つ。


 “だから”、スコープを覗く兵士はレンズ越しの出来事が信じられなかった。


 倒れて起き上がらない筈の人型が起き上がったのだ。人の姿は腕を失いはしたが、まるで何事も無かったかのように走行を再開した。


「おい、どうした?」


 対物ライフルを持つ兵士は引き金に指を掛けたまま硬直していたので、仲間が訊く。尋ねられた当人は気を取り乱していた。


「あんなのおかしいぜ! 対物弾に当たって肉体が吹き飛んでピンピンしてられる奴なんて居る訳がない!」

「まあ落ち着け、少し強い標的が増えただけだ。今まで通り弾をぶち込んでやれば良い。それに偵察機が調べてくれる」


 なだめた時、耳にはめたスピーカーから音声が流れた。


『指揮部から前線へ通達。敵に人型戦闘ロボットの存在が確認された。数は獣型戦闘ロボットと七割から同等と見られる』


 通信を聞いた狙撃手の兵士が顔に納得を浮かべる。ロボットなら肉体を失っても機関部をやられない限り無事な訳だ。


「しかし、何で人型なんでしょうかね? 人型なんて無駄だらけでしょうに……」


 冷静な若い兵士が呟いた。人型は二足歩行故に重心が高く不安定だ。獣型ロボットの方が安定性があり、機動力にも長ける。


 二足歩行戦車は人が操縦するため、操作性という利点から人型と決まっている。しかし、ロボットで人型にする利点といえば、精々人間が使う物が使える様にしたり人間の兵士と装備を互換出来るという点だろう。


 反乱軍達は相変わらず敵へ銃弾を送り続ける。マシン達はバタバタと倒れるが、数がそれを補い距離を確実に詰めていた。


 機械獣達が周囲で倒れる中、人型ロボット達だけは立っていた。まるで機械獣達が主人のように、人型ロボット達を銃弾から守護していた。


 ロボット達が背中から筒状の物体を取り、両手に抱える。筒を肩で支え、グリップ部の引き金を引いた。


 直後、筒の後方から爆風――反動で飛び出た大量のロケット弾が反乱軍へ散布。


(危ない!)


 強い使命感に駆られ、アンジュリーナが数を瞬間的に増加させた大量のロケット砲へ意識を向ける。


 空中で度重なる爆発。反乱軍の前線へ着実に近付いていた。


(数が多い! ……でもやらなきゃ!)

「やべっ! 突っ込んで来るぞ!」


 近くの兵士の一人が叫んだ。周囲の兵士達が警告に合わせて伏せる。


 間一髪、アンジュリーナの「障壁」が止め落とし、空中で爆発する。障壁は熱や拡散する衝撃や破片すらも止めた。


「危なかった……」

「サンキューアンジュ」


 無事を確認し安堵したアンジュリーナ。しかし一瞬で彼女の表情は変貌を遂げた。


 別の位置、アンジュリーナの真横数十メートル地点、捉え切れなかったロケットが着弾し、爆発した。


「見るな!」


 ロバートが叱るように叫んだ。素直に従ったが、脳裏には爆発を浴びて傷付き苦しむ兵士の姿が再生される。


「私が居る! 安心して集中せい!」


 落ち着かせるチャックだが、その口調は慌てていた。


(そうよ、前を向くの!)


 呼吸が荒くなる。目を閉じ、集中する。爆発が起こる。他の事は頭に無い。


 双眼鏡を持った兵士がロケット砲の筒を地面に捨て、代わりに背中から小銃を持って行進を開始したのを発見した。


「ブリキのオモチャ共が装備を変えてこっちへ来るぜ」

「そうか、分かった。大量に装備を持つから二足歩行なんだ」


 二足歩行は重心が高く不安定という欠点があるが、その利点は人類の進化が示す。


 空いた両手で道具を器用に扱うだけではない。四足歩行に比べ広い範囲が見渡せ、膝を大きく曲げる四足歩行に比べエネルギー消費が少ない。そして、自重を超えた物体すら持ち上げ運搬出来る、という筋肉を前後でそれぞれ特化した故の利点があるのだ。


 この場合では大量の装備を活用するからだろう。疲れを知らない人形達は疲労で動きが鈍くなる事もなく、数十キログラムの物体を担いでも不平を言わない。そして人間が扱う事を想定し設計された兵器は幾らでもある。


 アンジュリーナがこれでもか、と言わんばかりに手に力を込める。治療にあたるチャックは汗をかき始め、口数も減った。





















 秒間五十発、音速の十倍、左右からの銃により合計秒間百発。距離を取りながらの射撃により、アダムは相手の黒髪の男を牽制する。


 何も持たない相手の掌からエネリオンが放出――作用したのは地球にありふれる空気。エネリオンが空気を高周波振動させる運動エネルギーに変化する。


 非常に細かい振動は音波を引き起こす。引き起こされた音波は更なるエネリオンの効果によって方向性を与えられ、少年へ真っ直ぐ伸びる。


 音波は見えない。しかし、音波を引き起こし、ベクトルを与えるエネリオンは感知出来る。


 この攻撃は丁度音速、つまりアダムの放つ銃弾の十分の一だ。距離も離れているし、十分な余裕を持って少年は躱す。


 今度は足を通してエネリオンが地面へ送られた。音速の数倍もの速度を持った振動が相手の足元へ進む。


 見えないがそれでも銃弾よりは遅い。軽く飛び上がって避け、音の通った跡の地面に割れ目が出来上がった。


 少年から容赦なく発射され続ける銃弾は次々と男性を襲う。男性の方は冴えない不満げな顔で避けるが、遂に被弾する。


 相手の顔は興奮に笑い、あたかも楽しんでいるようだった。


「ほう、アンダーソンがここまで強力だったとは。中佐が惜しむのも分かる」


 アダムに存在する僅かな数少ない「人間性」である知的好奇心が、彼を次なる行動に移していた。


「中佐? 何が惜しい?」


 戦闘を忘れ、目の前の敵に問い掛けていた。


「おっと、悪い癖だ。お前が知る必要は無い」


 尋ねられた相手が笑いを増しながらあっさりと断る。アダムは諦め切れず、内心で思索。


(確かに中佐と言った……)


 相手の男が地面を蹴り凹ませたのを見たアダムは意識を外へ戻した。直線の衝撃に対し体を横へ移動、少年をかすめて描かれた直線に沿って砂が吹き上がる。


 男の掌から立て続けにエネリオン塊が放出された。あらゆる方向へばら撒かれたエネリオンはそれぞれの場所から音波を発生させ、多数の方向からアダムへ向けて一直線。


 あらゆる角度から多数となると低速でも避けるのは困難だ。軽く跳んで地面から足を離し、体の向きを地面と平行に体軸を中心に錐もみ回転。


 体すれすれを空気の振動が通り過ぎた。直線を進む音波でなければぎりぎり掠めた程度でもダメージは大きい。エネルギーを高めるために方向性を与えられている事が少年の助けとなったのは幸いだろう。


 何とか全部回避し、着地し改めて二丁の銃を相手へ向けるアダム。


 だが引き金は引かなかった。目の前の男がまだ掌をこちらへ向けており、それが不思議だったのだ。


 背中に形容できない感覚、直感的に振り向く。同時に、アダムの体が強く揺さぶられた。


 通り去った音波は、エネリオンによって反射し、あらゆる方向から来る音波が一点に集中し、少年へ衝撃を与えたのだ。


 バランスが崩れ、片膝を地面に着く。直後、男が地面を踏む。


 地面を這うような音波、対するアダムは跪いたまま横へ転がった。


 エネリオン――音波が少年へ向かって屈折する。対するアダムは地面を転がる途中、手を着いて体を空中へ跳ね上げた。


 もう一度エネリオン。音波が地面から飛び出し、跳んだ少年を撃ち落とした。


「見事だろう? 音を侮るものじゃない」


 地面に倒れたアダムへ余裕の一声。


「我々からすれば遅いものだが、凄いと思わないか?」

「何が言いたい?」


 起き上がり、銃も構えながら尋ねるアダム。相手は撃って来い、とでも言うように満足げに腕を広げている。


「知りたがりだな。別に意味はない、ただの自慢だ」

「意味が無ければ何故する?」

「お前には分からんさ」


 嘲笑。アダムにはどうして笑っているのか分からない。


「初の「成功作」といえど所詮はそんな事だろう。幾ら“我々”から逃れようと本質はただ制御される人民と同じだ」


「成功作?」


 アダムの好奇心は普段無口な筈の彼を駆り立てる。銃を支える手が垂れ下がった。


「また言ってしまったか。教えん」


 男の足の裏が地面を叩き、地面が揺れる。アダムが前へ踏み込み、跳躍。


 左の銃の引き金を引き、右の銃はホルスターへ収める――地面を走る衝撃がエネリオンによって空気中へ放出。


 数発の弾丸が相手目掛けて発射。そして右手はベルトに提げられたナイフを引き抜いていた。


 空気を伝わる直線的な音波が、男へ飛び込もうとしているアダムの足へ命中した。


 だが、アダムは衝撃を逆手に取った。足を跳ね上げ、地面に対して水平になる体の上半身を軸に、身体を縦方向に前へ回転させたのだ。


 頭が地面を向き足が天を指した時、距離は既に二メートルも満たなかった。少年の回転振り下ろしキックが男を襲う。


 二連続、相手は腕でブロック。跳ね返り、逆回転したアダムは後退し足から着地した。


 男がエネリオンを身体から足を通して地面に伝える。再び振動がアダムへ。


 着地したアダムは即刻、着地の衝撃を和らげずに足を伸ばして再び跳び上がる。


 慌てて男は音波の進路を変更し、二メートル程の空中で留まる少年を狙った。


 音とは縦方向の振動である。高密度状態と低密度状態が短い周期で交互に繰り返す。それが鼓膜を震わせ、音が聞こえるという訳だ。


 音が単純な高密度の空気の移動とすれば、運動エネルギーを持っている、つまり物体を動かす力がある。


 ところで、アダムは迫り来る音波を前に、右足を蹴り下ろした。


 音波が足へ炸裂し跳ね飛ばそうとし、少年自身が振動する。そして音波に流されるように彼の体は更に上昇した。


 男の背後で小柄な身体が着地し、双方が向き合った。少年は顔を引き締め、男が顔を緩めて笑う。


「面白い動きだな。直感的で見事だ」


 殺し合いにも関わらず楽しむ声が、アダムには理解出来なかった。





















 女性、クラウディアのその手に持つ刃、細剣が一直線に突き出された。


 それを横へ逸らしたのは、剣よりも遥かに短いナイフ――根元の腕が身体ごと一歩進む。


 弾かれた剣を引き戻し、相手を迎撃すべくもう一突き。相手が再びナイフで逸らそうと右手を振るう。


 すると、クラウディアがナイフを振るう相手の姿を待っていたかのように剣を引き戻す。剣を払う筈のナイフが空を切り、振りかぶった男目掛けまたも突き出される剣。


 男の左腕が体に刺さる寸前で剣先を横へ逸らした。服が切れ、切り傷を作る。


 しかし皮膚までは通らず、男は痛みに顔を歪める訳でもなく、クラウディアに接近しつつナイフを振る。


 身を引いてすんでの所で横薙ぎを躱した女性。空振り隙を見せた相手へ剣を叩き付ける。


 左から来る斬撃を前に男は左腕でガード――服と内側の皮膚に傷。しかし肉を断ち切るまでは至っていない。


 確認したクラウディアは重心を前の右足で支え、左足で横蹴り。


 腹に蹴りを受け、体が後退。だがまるで痛みを知らないように、サングラス裏の表情を変えぬまま再び襲い掛かる。


 男が走りながらナイフを左右に連続で振る。クラウディアは後退しながら剣で短い刃を全部受け止めてみせた。


 相手の駆け込みと同時に、剣を足元へ振って出鼻を挫く。男がナイフを左手に持ち替え、その刃で剣を防ぎ、空いた右腕でストレート。


 クラウディアの左手が拳を受け止めた。その体勢のまま、少しだけ沈黙。


 不意に前から押し下げる圧力――相手が地面を蹴り、距離を詰めて膝蹴り。彼女自身も後方へ跳び、膝蹴りを回避しようとした。


 直後、背中に衝撃を感じ、減速。そして正面からの膝蹴りがクラウディアを叩き付けた。


 更に後ろから堅い衝撃が走り、抵抗が消え飛ばされる。女性の視界に飛翔する、大量の石片。


 着地したクラウディアは、前方に上半分が抉られた土色の岩を認めた。その奥には歩み寄るサングラスの男性。


(この男、まるで攻撃が通じてないみたいじゃないか……)


 ふと周辺を見る。先程まで近くに居た筈のアダムや機械の大群が荒野の奥にちらと見えた。


(何時の間に……認識阻害で引き離したという訳か。アダムが心配だ、早く終わらせよう)


 考えながら刻々と静かに接近する男へ向き直った。


 彼女の皮膚が空間からエネリオンを受け取る。エネリオンが彼女の神経を通って脳へ――目を瞑り、深呼吸。

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