2 : Approach

 砲弾の着弾音が近づいてきている。しかし双眼鏡でも狙撃スコープでも、来るであろうマシンの大群はまだ見当たらない。


 後方では援軍が戦闘車両と共に到着した頃だった。敵の姿はまだ見えていなくとも準備を急いで取り掛かる。


「遅くなって済まない」

「いやいや、良く来てくれた」


 ロバートが援軍の指揮官と思われる人物とがっちり握手を交わす。


「奴らが見えましたぜ。距離約三・五キロメートル」

「戦車隊は準備が出来次第射撃に入れ!」


 砂地に寝そべりながら対物ライフルのスコープを覗く兵士が告げ、ロバートが言った。戦車達が砲塔を少し斜め上に向ける。


 一斉に重い砲弾の発射音が何十と鳴り響いた。三秒も立たない内に基地砲撃に加わって前方で爆炎が広がった。


 スコープに目を付ける兵士からは、爆発の隙間を縫うように前進を続ける機械の大群が見えていた。


「全然数が減ってねえ……」

「落ち着け。爆発の破片でも機械だし中心から離れていればそう壊れないだろう」

「近づいて来た所を俺達が嵐を起こし、ここ一帯をスクラップ場にしてやるんだ」

「おい、奴ら二・五キロ内に入ったぞ」


 スナイパーの発言が場の緊張感を高めた。対物ライフルを持った狙撃兵達が次々と引き金に指を掛ける、が、まだ引かない。


 砲撃による爆発は大群を押し戻す事も出来ず、依然として近づくばかりである。


 少し経って誰かが叫んだ。


「一キロだ!」


 対物ライフルの最大射程は三キロメートル以上はあるが、空気抵抗により有効射程はそれよりも短い。


 また、弾速は音速のおよそ三倍、つまり秒速約千メートル。引き金を引いて命中まで一秒掛かるので、小さく速い目標には有効射程は一キロメートル以下が妥当だ。


 トリガーに掛かった指が曲がる――五十グラムもの銃弾が音速の三倍で射出。あらゆる場所から機械達目掛けて飛翔する。


 一人の歩兵が補助無しで扱える最強の銃から吐き出される金属の粒、命中したマシン達を屑鉄に変貌させる。


 車両に搭載された重機関銃や歩兵の持つ軽機関銃、他の兵士が持つアサルトライフル、そして二足歩行戦車のサブマシンガンやロケット連装砲が、まだ火を噴かぬまま前方へ向けられた。


 更に爆発は激しさを増すが、敵が引っ込む気配は無い。


 【距離:六百メートル】

「もうすぐで俺達の出番だ! 屑鉄の山を作れ!」


 ロバートが双眼鏡を覗きながら、猛々しく発射音に負けない位大きな声で叫ぶ。応じて味方達はロバートの声が消える程の雄叫びを一斉に張り上げた。


 二足歩行戦車の両肩にあるロケット連装砲から一機につき二発、ロケット発射がなされた。ジープや装甲車や戦車に懸架された重機関銃が重い連射音と共に金属塊と空薬莢を吐き出す。軽機関銃や無反動砲を持つ兵士達も引き金を引いた。


 ただでさえ近寄り難い爆発の嵐へ更に爆発量が増す。獣型戦闘ロボットが次々と打ち抜かれ倒れるようになった。


「これ動物愛護団体から苦情出たりしないだろうな」

「軍事目的のためなら致し方ねえだろう。いわゆるコラテラルダメージだ」

「お前それ言いたいだけだろ」

「要するにあの犬コロどもを虐殺すれば良いんだろ?」

「犬? どちらかと言えばネコ科だと思うが俺は」

「どうでもいい、リサイクル資源を作れ!」


 兵士達が銃の反動で体を振動させながらジョークを投げ合い、最後はロバートも冗談を利かせつつ喝を入れた。


 だが撃つのは兵士達だけではない。機械の大群も負けじと搭載された機関銃やロケットを発射してきたのだ。


 マシン達は素早い動きと数で、照準と攻撃から強引に突破する。


 反乱軍達は傾斜や遮蔽物の多い丘陵に位置取っているので身を隠すだけで大抵の攻撃は防げた。だが防げぬものもある。


 相手の無人バイクからロケット弾が発射され、一直線。破片を撒き散らし、威力によっては地形を変えてしまう爆発は特に歩兵にとっては脅威だ。


 相変わらず撃ち落とされもせずに直進するロケット。次の瞬間、何の前触れもなく急減速した。だが、どういう訳かロケット噴射はまだ続いている。


 急停止によって信管を刺激され、ロケットが空中で兵士達までの半分の距離も通過出来ずに虚しく爆発した。


 この時、トランセンド・マンであれば飛来してきたエネリオン塊がロケットに命中し、ロケットの持つ運動エネルギーに対して「中和」という現象が引き起こされたのが分かっただろう。というか、トランセンド・マンである少女、アンジュリーナ・フジタが起こした現象なのだから。


 他の場所で発射されたロケット砲や榴弾もアンジュリーナの放つエネリオン塊に被弾し、空中で四散する。


 アンジュリーナが並外れた動体視力や並列処理能力を持つ事によって可能とする技だ。ただし、カバーするべき範囲が広く、数が多過ぎるので、初速の遅いロケットや榴弾程度しか防げない。小さく速い銃弾は逃してしまう。


 その点は兵士達も注意をしているし、兵士達はアンジュリーナが人が苦しむのが嫌いな事を知っている。戦闘が始まる前、兵士達の間で「アンジュを泣かせないようにな」と言う者達だって居た。


 だが、常に不測の事態が起こるのが現実だ。


 アンジュリーナより右へ三メートル、兵士がうめき声を上げ、銃を捨てて地面に転がった。


(――!)


 人が傷付く姿を最も嫌うアンジュリーナは心配して無事を確かめたい。だが今彼女自身の役割を捨てれば他の味方まで死ぬ。だから気にせず前を見続けなければならない。しかし、彼女に迷いを起こすには一人の命すら十分だ。


 彼女は信じる。


 倒れた兵士に駆け寄る姿。この場にいるもう一人のトランセンド・マン、チャック・ストーン医師だ。


「か、肩です……」

「天国へ行くのは少なくともあと五十年先にしろよ」


 ピンセットが傷口へ入れられ、金属の粒が取り出される。


「ぐあっ!」

「我慢せい、すぐ終わるぞ。キャンディは居るか?」

「い、いえ……」


 喋っている少しの間に、銃口大の傷口は既に傷跡が見えない程に治っていた。チャックの「物質合成」は痛覚を伝える神経物質を緩和させ、痛みも消えた。


「凄い……ありがとうございます!」

「お礼は終わってからにせんか。必ずだぞ」


 驚きを隠し切れないまま兵士が礼を述べ、転がっていた銃を拾い上げた。チャックが言い、無事に戦線へ復帰した兵士を見送りながら次の負傷者の元へ急ぐ。


(良かった……このまま食い止めて!)


 医師と兵士の会話が聞こえていたアンジュリーナが心の中で安堵し、強く願う。空中でロケットや榴弾が止まっては爆発を起こす。


 機械達はじりじりと進んでいた。





















 ハンはロサンゼルス市中心部のビルのある一室で椅子に腰掛け、幾つもの画面の並ぶテーブルへ肘を着き、右手で頭を押さえていた。


「やはり僕が行くべきだったかな……」


 ハンの能力は「電気操作」であり、これを活かし無人戦闘ロボットへ過剰電流を流す事によってロボット達を停止へ追いやる事は簡単だ。


 しかし、彼自身の戦闘指揮者という立場がそうさせない。


 二週間前の管理組織基地強襲において行動が自由だったのは、重大な指揮能力が必要な戦闘でもなく、また彼のトランセンド・マンとしての能力が重要であったからだ。


 今回は最低限の戦力で消耗を抑えるための戦闘が要求される。元々管理軍の目的が戦力殲滅と陽動である事は分かっており、別の方向からまた攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


 指揮者たるハン自身が出れば反乱軍の戦闘指揮に支障が出る。何時の時代でも、どんな兵器やトランセンド・マン以上に指揮能力を持った人材は貴重なのだ。


「何か出来る事は……」


 テーブルの上の多数のモニターは現場からの偵察機が捉える映像が幾つも映されていた。


 発砲する両軍、前線で精一杯に食い止める味方達、次々と倒れるも数を減らす気配を見せぬまま襲い掛かる機械達、後方に果てしなく続く機械達の大群、そして、


「クラウディア、アダム、君達に懸かっている」


 四人の人物が金属の人形達の行進に囲まれている状況で戦いを繰り広げていた。


「やはりもう一人は居て欲しいが……」


 人材を余分に使えばかえって状況が悪化する。ハンの脳がひたすら酷使される。


 彼の悩みを止めるように、オペレーターの一人が呟いた。


「しかし、あのトラックのトレーラーみたいな車両は何だろうな。見た事も聞いた事もないぞ」


 聴覚が先天的に並外れたトランセンド・マンであるハンはその何気ない発言をしっかり鼓膜に捉えていた。悩みを一旦置く事にし、水を掛けられた如く急いで椅子に座り直した。


「偵察機を輸送車両らしき物を観察するように言ってくれ」


 声は上がっていないが、早口によって上司の慌てが伝わった部下は、緊張感に満ちながら耳にはめたマイクに喋った。





















 トラックのトレーラーだけが自走機能を持った長方形の車両。長方形と言っても、空気抵抗を出来るだけ減らすような流線形ではある。


 全長十二メートル、幅三メートル、高さ三・五メートル、機関部とタイヤは車両の下部に隠れていて見えない。完全自動運転により運転席は無い。


 大きさや重量のせいで低い機動力もあり、遠方砲撃の格好の餌食だ。しかし一番数が少ないとはいえ、生き残っているものが多数だった。


 トレーラーは突然減速を始め、並走するバイクや獣を避けて横へ移動する。


 やがてトレーラーは機械の群れから離れ、目立たぬように停止した。他のトレーラー達も同様に並ぶ。


 トレーラー両側面のウイングハッチが文字通り上へ開く。


 中でずらりと並んでいたのは、身長百八十センチメートル、体重八十キログラム、全身が夜空と同じ黒に塗られた炭素繊維プレートアーマー、同じく黒塗りの顔からは表情が一切見えない、人型戦闘ロボットだ。


 動かずぐったりとしているロボットは、背中の辺りを何かで固定されていて荷台から少し浮いていた。これが一台につき横並びに十六体、反対側合わせて計三十二体。


 何の前触れもなく、ロボット達がだらりとした肢体を急に伸ばし、動き始めた。


 背中の固定が外れ、荷台に足を着ける。側面にあったアサルトライフルや他兵装を装備を取る。


 荷台から降り、並ぶと既に行進中の機械達へ合流。全員同じ方向へ走り出した。

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