第42話 霊廟
地下への石段は、いつの間にかなだらかな小道になっている。振り返ると、暗い闇が覆い、来た道は見えない。萌恵たちが歩いているところだけがほんのりと明るい。萌恵には、周りの石がかすかに光を放っているような気がした。
下って行った先は行き止まりで、壁があった。いつの間にか小道ではなく、広い石室になっていた。
「誰」と高井戸が声を上げる。
部屋の片隅に、ぼうっと黒い影がいる。
宏がポケットライトを当てると、それは石像だった。古代の隠者か神官のような出で立ちで、深いフードを被っていて表情は見えない。右手の指先が伸び、何かを指している。
その先に目をやると、いつの間にか、石棺が横たわっていた。しっかりとした台の上にあって、重厚な造りだ。細かな彫刻も施されている。
宏は、ポケッからカーライルの石板を取り出すと、石棺の蓋の上に置いた。
萌恵はまた、あのなんとも言えない、全身を覆い尽くす波のようなものを感じた。茜も感じている様子で、楓や高井戸も何かそわそわしている。人それぞれで感じ方が違うのかもしれないと、萌恵は思った。
ラックハマターはキョトンとしている。
石棺の蓋が左右にずれていき、大きく開いた。開いた片方は裏返り、階段のようになった。
宏が、ラックハマターに「カーライルさんをこちらに」と言う。ラックハマターは慌ててカーライルの身体を担ぎ、石段の上に上がった。そこで、宏も手を貸し、死者に対する厳かさを持って、カーライルを石棺の中に横たえた。最後に、カーライルの石板を胸に上に載せる。
宏とラックハマターが石段を降り、離れると、石棺の蓋はまたゆっくりと動き、石棺を閉じた。その場にいた全員が、死んだ友を見送る厳かさに包まれた。
石棺は現れた時とは違い、全員の見ている前で、ゆっくりと動き出した。壁の石組みが複雑な動きで上下左右に開き、その中に石棺が入っていく。先の方はとても暗く、見通せない。石棺が完全い収まると、石組みが動き、壁の穴は塞がった。
「ここは、何」と萌恵が聞いた。
「霊廟だ」と宏が答える。
「誰のための…」
「仲間だ。古くから伝わっている」
宏も感無量な面持ちで、「初めて来た」と付け加えた。
全員が言葉を失って、時が過ぎた。ややあって、宏が言った。
「ここで起こったことは、口外してはいけない。それを覚えておいてくれ」
「どうして」と萌恵が問う。
「ここに入れたものは、ある意味、招かれたんだ。それは、信頼を前提としている。もし、誰彼となく話せば、その信頼を裏切ることになる」
「どうなるの」
「わからない。ただ、昔、記憶を失くしてしまった人がいたのは知っている」
「魔法のように」と楓が言う。
「魔法ではない。古くから伝わる法だ。現代の文明のはるか昔から続いてきた」
「秘密結社?」今度は、高井戸が言った。
「そう言った方が、わかりやすいなら、それでいい。だが、集会はやらないし、誰が仲間なのかも、会ってみるまでわからないから、陰謀めいたことはできないよ」
気づくと、石像も無くなっている。
周りは四方石組に囲まれ、出口はない。このまま、脱出方法が分からなければ、閉じ込められたままになる。萌恵や楓、茜、高井戸、そして、ラックハマターにとっては、宏しか頼る相手はいなかった。
忘れてはいけない。菜月もいる。まだ、目を覚ますことなく、眠っている。ただ、霊廟の波動は確実に菜月にも影響を与えていた。
宏は石板を取り出し、また、壁の石組みに当てていく。茜も心配そうに見ているが、変化はない様子である。宏は時間をかけて、石組みに石板を当てていく。石組みはどれも同じように見えている。
「あっ」と茜が声をあげる。
「どうしたの」と萌恵が聞くと、
茜はカーライルが消えた方とは別の壁を指差す。
宏が、早速、その壁を調べ始めた。茜も、そばに行って、壁の一部を指差した。
「ここの色が違います」
宏が指で触ってみると、かすかに石と石の間に隙間がある。宏は、その隙間に石板を差し込んでみる。石板は根元まで隙間に入った。
ドーンという鈍い響きが広がった。萌恵にとっては重くはあったが、不快なものではなかった。茜は耳を覆っている。茜の方がデリケートなのかもしれないと萌恵は思った。
壁に石組みが細かく振動する。その振動が壁全体に広がっていく。石が前後左右に動き、少しずつ隙間ができていく。
茜が萌恵の手を引っ張る。
「何?」
「見て」
茜が、横たわる菜月を指差す。
ぐったりとしていた菜月の身体が、ピクピクと痙攣している。茜は「暖かい色になった」と言う。それを聞いて、萌恵は菜月の手にそっと触れてみた。さっきより暖かい。
「菜月。起きて」
と萌恵は声をかけた。
「目を覚ましたのか」とラックハマターも寄って来た。
「開いたぞ」と宏の声。
壁の一部が開き、道ができていた。宏は、その入り口に立っている。宏は、自分の石板を回収しようと探していた。石板が見つからないので、少し焦っている様子だ。
一方、菜月は、まだ目を開いてはいない。萌恵は担いでいくしかないかと諦め気味になった。
「道はできた。出発しよう」とラックハマターが言う。
萌恵は、楓と高井戸に先に行ってと手を振った。
「あなたも行きなさい」と茜にも告げた。
「萌恵さんは」と茜が心配そうに聞いてくる。
「もうちょっと菜月の様子を見る」
菜月は少しずつ自分を取り戻している様子で、身体にかすかな動きが少しずつ増えてきていた。
宏の脇を通って、楓、高井戸、茜、そしてラックハマターが通路の方に移動した。その段階でもまだ、宏の石板は行方不明だ。宏は慎重に壁の形状を触って、どこかの隙間に石版が挟まっていないかと確認している。
「菜月。目を覚まして」
何度目かの呼びかけを、萌恵は菜月にかけ、身体を揺さぶった。
菜月の手が萌恵を振り払おうとするかのように弱々しく動く。まだ、目を開けてはくれない。萌恵はいつまでも待てないと考えて、菜月を抱え上げようとした。すると、菜月の身体がすーっと浮いた。
目は開いていないので、意識が戻ったわけではない。陸断姫に身体を乗っ取られていた時の感覚が、まだ残っているのだろうかと萌恵は心配になった。陸断姫はもう天界に帰ったはずだから、菜月が操られているはずはなかった。
なら、どうして。
異変を感じたのか、茜が「萌恵さん。早く」と大声で言った。
いつの間にか、宏が石板を見つけたようで、それまで開いていた出口が、ゆっくりと閉じ始めている。宏も驚いた表情で、慌てて萌恵に手招きしながら、大声で「早く来い」と言っていた。
萌恵は菜月の身体を抱きとめると、目にも止まらない速さで動いた。籠神社で感じていた感覚が蘇ってきた。
次の瞬間には、萌恵は、菜月を抱えたまま、狭い通路にいた。宏や茜、楓、高井戸、ラックハマターと一緒だ。茜がびっくりした顔で、ひっくり返っている。
「どうしたの」と萌恵が聞くと、
「びっくりしました。ものすごい圧です」と茜が言った。
強い衝撃波でも発生したのだろうか。萌恵には自覚がなかった。宏の髪が舞い上がっているところをみると、風圧がかかったのかもしれないと思った。
その時、壁が閉じた。閉じる前の穴から見えた光景は、石室全体が崩れていくようだった。
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