第41話 鍵

 一方、宏は不思議な行動をとっていた。それを見ていた茜には全く理解できないものだったが、共鳴して発せられる波動と色はとても心地よいものだった。

「わかってるよ。心配するな」と宏は萌恵に言うと、今度はカーライルの上着の内ポケットを探し始める。

 手に名刺より大きめの平たい板を持っている。

「あれ、何」

 萌恵はのんびりしている父親に呆れつつ、茜に聞いた。

「さあ、薄い石板のように見えるんですけど、とっても気持ちのいい波長を出してます」

 宏は自分の持つ石板をカーライルの体に当てつつ、何かを探し続けている。何かかすかな音がしている。いや、音というよりはかすかな風のような、耳で聞いているのではなく、身体全体に伝わってくる感じがした。

「もう抑えきれねえよ」

 ラックハマターが怒鳴る。見えない空気の壁が迫ってきているのだ。ラックハマターは汗だくになっている。

 宏はというと、意に介していない。石板と共鳴するカーライルの身体の一部を慎重に触っている。ちょうど胸のあたりだ。上着を外し、シャツのボタンも外して、胸のあたりを探っている。カーライルの身体は爺さんの割には若々しく、筋肉もついている様子だ。

 うっすらと何かが浮き出てくる。石板だ。宏の持っているものと同じくらいの大きさである。

「何、それ」と萌恵が聞くと、宏は「びっくりだね」と答える。

「知らなかったの」

「こんなやり方は初めてだ」

「危なっかしい」

「大丈夫さ。知らないでも、仲間だと分かっているからね」

 萌恵は判然としない。仲間だというのに、どこの誰かも知らないということってあるんだろうか。

 宏は自分の石板とカーライルの石板を重ねて、近くにある石の上に載せる。何も起きない。今度は別の石にという風に、いくつか試してみる。

「きれい」と茜が呟いた。

「何」と萌恵が聞いたら、茜は宏の持つ石板を指差した。

「石に触れると、きれいな色を出してます」

 萌恵にとっても、嫌な感じはしていなかったが、色は見えない。

 宏は何かを探している。少し離れた石で土に埋まった苔だらけの石に当てたときに、鋭いキーンという響きを発した。

 茜は思わず両手で耳を押さえた。萌恵もそうだ。それまでとは違う、鋭い響きだった。

 宏は、カーライルの石板だけをそのまま石の上に置いて、自分のはポケットにしまった。

「ウワッ」とラックハマターが声をあげた。

 ラックハマターは自分のウォールを使って、迫り来る壁と格闘していたのだ。

「何」と萌恵が聞くと、

 ラックハマターは自分の両手を不思議そうに見ながら、「消えた」と答えた。

 とても気落ちしているような、拍子抜けたような感じだ。

 カーライルの石板を乗せていた石が動いた。落ちそうになったので、宏が慌てて受け止める。その石は石柱だったようで、上に向かって高く立ち上がった。他にもいくつもの石柱が立ち上がり、萌恵たちを取り囲んだ。

 驚いたのは、石柱に囲まれた一角を除いて、地面が大きく波打っていた。離れたところでいくつもの火花が上がり、黒い煙が発生した。炎も見える。萌恵は、大きなコイル塔がいくつも立っていた光景を思い出した。それらが倒壊し、電気がショートしているのかもしれない。

 このまま火が燃え広がれば、森の中にいる萌恵たちも危険にさらされる。

「お父さん。どうしよう」

 萌恵が宏に聞いた。宏は平然としている。

「大丈夫だ。道は開ける」

 でも、どうやってと萌恵は思ってしまう。周りの茜や楓、高井戸も不安そうだ。

「来た。身をかがめろ」と宏が怒鳴る。

 地中に隠れていた大きな岩が地表に現れ、大きく動き出した。山全体が踊っていると萌恵は感じた。茜を見ると、「これ、怖くないです」と言う。

「どうして」

「優しい色と波動を感じます」

 まあ怖がっていないだけいいかなと、萌恵は思ったが、萌恵自身にとっては安閑としていられない状況だった。逃げ場もない。

「みんな、走れ」と宏が怒鳴る。

 真っ先に走る宏の先には、洞窟の入り口のような大きな石の扉が現れた。地中の石が盛り上がって、入口のような形状を作り出していた。宏は胸ポケットから石板を取り出すと、扉に当てた。何も起きない。

 宏は、今度はカーライルの石板を取り出して、扉に当てる。

 扉がゆっくりと開いて、地中へと続く石段が現れた。

 宏を先頭に全員がその中へ駆け込んでいった。もちろん、ラッフルレイズはカーライルを抱えていたし、萌恵は菜月を背負って走った。


 一方で、萌恵たちを追い詰めていたはずのマウフェンバッハは、突然の事態に戸惑っていた。

「何だ、これは」

 言葉を失う。森全体が揺れている。離れたところにあった電磁コイル塔が次々と倒壊していく。倒壊しながらも、さらに強力な放電を続ける電磁コイル塔の暴走を止める術がなかった。

 操作していたマウフェンバッハの部下たちにも、動揺が走る。

「地震か」

「いや違う。地面が動いている」

 マウフェンバッハに対し、ロッキンゼルガーがあくまで冷静に答えた。そして、ケサ・ランドール片岡に合図した。片岡は、すでに部下に命じて、撤退の準備をしてた。装甲ジープに乗って、ロッキンゼルガーのそばに行った。

「お主は、どうする」

 ロッキンゼルガーはマウフェンバッハに問うた。

 マウフェンバッハはまだ、諦めがつかない様子だ。

 そのとき、二人の近くにあった電磁コイル塔が揺れ始める。他の電磁コイル塔と同様に、激しく放電しながら傾いていく。

「止めろ」とマウフェンバッハが怒鳴る。

「ダメです。止まりません」

 操作員が悲鳴のような声をあげた。

「諦めろ。お主、死ぬぞ」

 ロッキンゼルガーは、マウフェンバッハの腕を掴むと、無理やりジープに引きずりこんだ。

「撤収だ。全員、回収しろ」

 ロッキンゼルガーは、ケサ・ランドール片岡に命じて、その場にいたマウフェンバッハの部下たちをトラックに乗せた。満員になったトラックから次々に走り出していく。

 ロッキンゼルガーは、全員撤収を確認して、最後にその場を去った。

 天空に激しい衝撃音が響き渡り、稲妻が何度も空を切り刻む。黒い雲が沸き起こり、天を覆っていく。暴走する機器をそのままに、彼らは撤退を余儀なくされた。

 籠神社の跡地を中心に、また何かが起きようとしている。

 しかし、誰もそれにかまっている余裕はなかった。

 激しい雨が降り始めた。

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