第22話 陸断姫
地震だ。カーライルは地面に倒れ込んだ。
大地が割れ、ケサランドール片岡を始め兵士たちが次々とのみ込まれていく。社殿は陸塊の孤島となった。
カーライルは、ラッフルレイズに抱えられ、かろうじて割れ目にできた崖にぶら下がっていた。鉄道沿いにできていた段差の一部が、崩れ落ちて深い谷となった。
不思議なことに、鉄道側から籠神社まで崖を登っていた石段はそのまま残っている。カーライルがその石段を指差すと、ラッフルレイズは「任せろ」と言って、カーライルを抱えたまま崖を跳んだ。石段の周りに残っていた樹木をつかもうとすると、崩壊の影響で根が浮いていて、抜けてしまう。それでも、素早い動きでラッフルレイズは石段に到達した。
「曲芸のようじゃった。」とカーライルは感心した。
ラッフルレイズの息は荒く、カーライルの言葉に答える余裕はなさそうだった。
二人は石段を登っていく。
痩せ細った尖塔のようになってしまった崖を登るのには勇気が必要だった。石段も、いつ壊れるか分からない。ラッフルレイズは、平気な様子で登っていく。カーライルは体力的についていけない感じだった。
最上部には籠神社の社殿が鎮座している。社殿の周りの地面は崩れ落ちてしまったようだった。風が強く、心なしか揺れているような気もして、カーライルはラッフルレイズのような早足で登って行けなかった。
天空の城と化した籠神社は、静かだ。
暴れ者はみんな落ちてしまったようである。
カーライルは、最後、ラッフルレイズに引っ張り上げられて、籠神社の境内に立った。境内は、驚くほど狭くなっている。それでもまだ、平地はあり、社殿はしっかりと建っていた。
萌恵の姿はない。
社殿の扉は、砕け散ったままだ。中が見えいいはずなのに、社殿の中は暗く、光を通さなかった。鈴の音も聞こえない。
「ラッグダムに呑み込まれてしまったのか」
カーライルは立ち尽くした。ラッフルレイズも、社殿に近づこうとはしない。
「何か、あるのか」とカーライルが聞いても、緊張した顔で答えない。
ここは、異常に静かすぎると、カーライルは感じていた。ひょっとしたら、萌恵は幼馴染の菜月とやらと再開して、違う時空に行ってしまったのかもしれない。それならそれで、いいかも。自分も、本来の仕事に戻れる。
その時、カーライルは大きな手に肩を掴まれた。ラッフルレイズだ。
「感傷にふけっている暇はなさそうだぜ」
静けさを破る軍用ヘリのプロペラ音に、カーライルが気づいたのは、その時だった。下の方から上がってくる。いままで気づかなかったのは、何処かに隠していたからかもしれない。崖が崩れるまで、ヘリなど飛んでいなかった。
誰が乗っているのか。カーライルには分かっていた。
社殿の向こうから、ゆっくりと大型の軍用ヘリが現れた。その搭乗用ステップに片足を乗せて、身を乗り出している男の姿が鮮明に見えた。
「ロッキンゼルガー」
カーライルは憎々しげに呟いた。
ロッキンゼルガーの顔は笑ってはいなかった。何かを警戒するかのように頻りに周りを見回している。何かを探しているようにも見えた。
ヘリが上昇すると、始末が悪いことに、ヘリから垂れ下がったロープの途中に、ケサランドール片岡がぶら下がっている。軍用ヘリは、社殿を吹き飛ばしかねないほどに近づいてきた。
片岡が飛び降りようと身構えている。なかなか飛び降りれないのは、ヘリが安定しないからだ。奇妙な気流が発生して、影響を受けていた。
カーライルの立っているところでは感じない。社殿の上空に何か起きているようだった。
ラッフルレイズは何事か感じている様子だ。髪の毛が逆立ち、色が変わっている。微妙に紅色を帯び、時に薄緑色に変化する。
しびれを切らしたケサランドール片岡がロープから手を離し、飛び降りた。その下には、籠神社の社殿があった。カーライルが想像した通り、ケサランドール片岡の大きな体は、社殿の屋根を突き破った。
社殿が吹っ飛ぶ。しかし、その様子はスローモーション映像を見ているかのようにゆっくりとしていた。カーライルにとっては、初めての経験だった。気が高ぶっているせいだろうか、隣のラッフルレイズの動きもとてもスローだ。
飛び散った社殿の残骸が、空中で停止し、再び元に戻るかのように集まって行く。その中心には、ケサランドール片岡があった。
萌恵は…と、カーライルは探した。社殿は心御柱と台座だけになっている。そこに、人の姿はない。残骸が、ケサランドール片岡を覆い、塊となって地面に落ちた。
カーライルは、社殿に駆け寄った。階段を上がると、四方柱の中心に心御柱。床は壊れていない。神棚は影も形もない。
「萌恵さん」とカーライルは声に出して呼んだ。
鈴も無くなっている。
ラッフルレイズも駆けつけた。動きが普通に戻っている。
「おかしかないか」とカーライル。
「何が」とラッフルレイズ。
「どこにも、おらん」
「ラッグダムにも行っていない。感じる」
「じゃあ、どこに」
「陸断姫(くがたちひめ)のことか」と背後から声がする。
カーライルが振り返ると、ロッキンゼルガーとケサランドール片岡が立っている。
「無事だったのか」
とカーライルが言った相手は、ケサランドール片岡である。
ケサランドール片岡は、その機械の身体で自慢げに胸を張った。
「バケモノ」とカーライルが小さく呟く。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、ケサランドール片岡は、社殿の四方柱の一つをランチャーでぶち抜いた。
ラッフルレイズが、カーライルをかばうように前に立った。
「お主、何を知っておる」とカーライルがロッキンゼルガーに聞いた。
ロッキンゼルガーは、何を言っているのかわからないという振りをしつつ、ニヤリと笑った。
「この神社の由来を知っていないようだな」
「不勉強でね」
「祭神は、久我達姫尊だ」
「聞いたことのない神だ」
「逹は、断と書くことあるらしい。久我は陸。大地を引き裂く神にはぴったりだ」
「勝手なことを言うな」とカーライル。
「本当だ。境内にあった由来書に書いてあった。もう、失われたがね」
確かに境内の大半は崩れ落ちて、存在しない。
「神のせいではない」
「古にもあったから、神社に祀られているのではないかな」
「なま知識にしては、的を得ているな」
「褒めてくれて、ありがとう」
カーライルにとっては、無駄な会話だったが、時間稼ぎにはなった。社殿の床下に何かがいるのがわかった。カーライルは、それが萌恵であってほしいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます