第23話 菜月
カーライルは少しずつ社殿に寄って行く。その動きに合わせて、ラッフルレイズも動く。必然、社殿とロッキンゼルガーとの間に立つことになる。
「何かいいものでも見つかったかね」
すべてを見越したかのように、ロッキンゼルガーがせせら笑う。感づかれていたのかとカーライルはちょっとガッカリした。でも、表情は変えない。ラッフルレイズが感心したかのように、一息つく。
「その神様は、大地を引き裂く力を持っているのだな」
カーライルがそこでにやりと笑ったことが、ロッキンゼルガーを少し不安にさせた。
「何を企んでいる」
「何も」
カーライルはあくまでクール。
「神を侮るなかれ」
その言葉に、返ってロッキンゼルガーは安心したかのようだった。カーライルの笑みが空手形だったと確信したのだ。
「ここも、やがて崩れ落ちる。太古の昔、持ちこたえた大地も、今回はそうはいくまい。この社ととも滅びろ」
再び軍用ヘリが降りてきた。梯子が降ろされる。ロッキンゼルガーが梯子につかまった。
ロッキンゼルガーがヘリに乗り込むのを待って、今度はケサランドール片岡が梯子を掴んだ。片岡が掴むとほぼ同時に、ヘリが舞い上がる。
カーライルはなす術もなく、見送った。ラッフルレイズも悔しそうに吠える。
離れた位置で、ヘリが向きを変え、カーライルに正対した。嫌な予感という暇もなく、ロケット弾を撃ってきた。ロッキンゼルガーは、必ず最後まで仕留める奴だったことをカーライルは思い出した。
あとの祭りだったが。
逃げ道はない。
こりゃ、ラッグダムに逃げるしかないかなと思ったとき、ラッフルレイズが覆い被さるようにカーライルをかばった。カーライルはしばし呆然としていたようだ。
続いて、爆発が起きた。崖の中腹あたりだとカーライルは思った。
岩が砕けていく嫌な音が聞こえる。というより、地面から全身に響いてくる。そのとき、ラッフルレイズがカーライルを抱えたまま、社殿の下に転がり込む。
そこには、萌恵がいた。
カーライルは嬉しくなって、萌恵の手を取ると、
「よう生きてたなあ」と笑った。
萌恵はそれどころじゃないでしょという顔だ。
崖が崩れ始めている。嫌な音が断続的に全身に伝わってくる。
崖の下を覗きに行ったラッフルレイズが、戻って来て、
「きれいに崩れて、無くなった」と言う。
「何が」と、カーライル。
「石段がない」
「じゃあ、もうすぐここも崩れるな」
「ところが、どっこいだぜ」
「もったいぶらんと、言え」
「この神社の基盤は、そんな柔なもんじゃないようだぜ」
「つまりは?」
「崩れない」
カーライルが恐る恐る崖っぷちに這って行くと、上空をロッキンゼルガーの乗ったヘリが旋回している。何かを確かめている様子だった。
石段や樹木、表面の土を落としてしまった後に残ったものは、鉄のように真っ黒な岩だけだった。ヘリの重火器、ケサランドール片岡のランチャーを受けてもビクともしていない。
カーライルは、ロッキンゼルガーの悔しそうな顔を思い浮かべて、可笑しくなった。ざまあみやがれといった感じだ。
それにしても、この岩山の構造は大したものだと感心した。神社を造った古代人には、頭が下がる。攻撃を受けるたびに揺れる。でも、崩れない。
自然にできたものなのか、古代の人々の手によるものか、分からない。少なくとも、最初に社を作った人間たちではないと、カーライルは考えた。自然の摂理と考える他はない。
現代の狂人たちからカーライルらを守ってくれているのは、確かだ。
ふと気になって、背後の社を見た。土台だけになってしまっているのに、まだ建っている。萌恵の姿は見えない。まだ、床下に隠れているに違いない。ここから逃げる算段をせねばなるまいとカーライルが考えた。
上空にヘリが飛んできて、ホバリングを始めた。ヘリの火器がカーライルの方を向いている。ロッキンゼルガーは、神社を破壊することを諦め、カーライルらを直接葬ることに決めたようだ。
年老いたカーライルの目には、見えないはずの機上のロッキンゼルガーの楽しむような笑みが、はっきりと写っていた。殺すことを楽しんでいる。そして、その笑みが機械仕掛けの大男であるケサランドール片岡さえも、恐れさせているように見えた。
逃げ場はない。
カーライルは、ここで自分の人生が終わることを覚悟した。いい人生だったと、思いたい。そして、瞑目した。
静かである。
いつまでも……いや、静かすぎる。
カーライルは目を開けた。ヘリに何者かが取り付いている。ラッフルレイズだ。
しかも、背中に翼が生えている。空が飛べたのか。カーライルは驚かされた。ヘリは迷走し始めた。機上からケサランドール片岡が必死になって反撃する。しかし、ラッフルレイズは強かった。火器の攻撃をものともしない。
何故?
よく見ると、弾も斬撃も、当たっていない。ラッフルレイズに擦り傷ひとつ与えられていないのだ。カーライルは何者かが守っていると感じた。
それは一体どこにいるのか。
ラッフルレイズはヘリのプロペラを破断させて、ヘリから離れた。ヘリが制御を失い、崖の下へと落ちていく。ラッフルレイズもそのまま気を失ったかのように、カーライルの近くに落ちてきた。目をつぶり、眠っているかのようだ。
崖の下から大きな爆発音が轟き、爆煙が上がった。
ロッキンゼルガーは死んだだろうか。カーライルは、ふとそう思った。しかし、すぐに打ち消した。そんな柔な奴ではないと骨身にしみて感じているからだ。
ここはまだ安全ではない。カーライルは、萌恵の姿を探しに社殿の残骸にもぐりこんだ。
社殿の基壇は、かろうじて形を留めている。だから、隠れる空間はある。あちこちから光が差し込んでいるので、見通せないこともない。それなのに、カーライルは暗く感じた。
萌恵の姿を確認できない。
「萌恵さんや」と、声をかけてみる。
返事はない。
「どこにいる」
床下には、意外に礎石や庭石のようなものがゴロゴロしていて、進みにくい。土も水気を帯びて柔らかい。ところどころ砂地もある。
カーライルは足を取られそうになりながら、這うように進んだ。
真ん中くらいに来たとき、急に足が地面に深々と入った。膝下まで砂地に足を取られて、身動きできなくなった。気のせいか、アリ地獄のように、少しずつ足が埋まっていく。
助けを求めて、廻りを見回しても、誰もいない。ラッフルレイズはまだ横たわったままだ。萌恵の姿は、どこにもない。
「おじいさんは、だれ」
その時、女の子の声がした。
「だれじゃ。どこにおる」
「ここ」
声の方を見ると、一人の女の子が立っている。年の頃は、萌恵と同じくらい。中腰でないと入ってこれないはずの床下に、その女の子は立っていた。床を突き破ることもなく、違和感なく立っている。小人ではない。妖精でもない。普通の女の子が、そこに立っていた。
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