第14話 森の中

 森の中にいる。見たことのあるような、ないような景色。萌恵は何か知っているものや見覚えのあるものがないか、キョロキョロと見回していた。木の種類や雑草の名前なんて、もともと知らないし、今まで注意して草花を見たこともなかった。考えてみれば、幼い頃から自分は何を好きだったのだろう。何をやりたかったのだろう。そんな疑問すら湧いてくるほどに静かだ。

 カーライルはずんずん進んで行く。どこまで続くのかと心配になる。この森には終わりがない。だとすれば、三輪坂町の森ではない。一応、都内なのでそんなに大きな森はないから。

「心配するな。わしには経験がある」

「何の」

「この世界ではないが、入り込んで、戻った」

「マジ」

 息が切れてきた。悔しいけど、苦しい。それにしても、爺さんのくせに体力あり過ぎ。萌恵はどこまでも続く樹木の列にウンザリした。やはり、ここは違う世界の森だ。そうとしか思えない。どこか遠くから獣の叫び声のようなものが聞こえてくる。錯覚だと思いたい。

「嫌な声が聞こえる」

「そうか」

 カーライルは全く気にしていない。そして、まだ重そうな機器を抱えている。

「それ、重くないの」

「何十年ぶりに目にしたものだ。必ず持って帰るつもりじゃ」

「それ、何なの」

「いわば、骨董品のようなものだ」

「趣味?」

「さよう。もう動かない。ただ、君のおじいさんとのいい思い出じゃよ」

「信じられない」

 カーライルは笑った。「そうじゃろう。きっとそうじゃ」

「わたしは面白くないです」

 また、カーライルは笑った。

「老人の楽しみじゃ。見逃してくれ」

 見晴らしのいい高台にきた。やっぱり、三輪坂町じゃない。萌恵は失望した。

 カーライルは至って呑気。座り込んで、景色を眺めている。

「ねえ、ここはやっぱり…違うんじゃない」

「そうねえ。どうするかなあ」

 膝をポンと叩くと、「あれを使おう」

 それは何かと見ていると、上着のポケットからあの紫水晶のかけらを取り出した。

「これは万能薬じゃ」

 二重のリングも取り出すと、またその交差した中心に紫水晶をおいた。今度はリングの端をそれぞれ左右の手で掴み、双眼鏡を覗くように遠くを見ている。

「何が見えるの」

「帰る道じゃよ」

「教えて。どっちに行けばいいの」

「慌てない。慌てない」

 カーライルは至って呑気だ。萌恵は焦った。だって、早く帰りたいじゃない。

「ここも、住めば都じゃぞ」

「嘘」

 萌恵は思わず大声で否定した。

 カーライルはまた笑った。「心配するな。ちゃんと帰してやる」

「もう信じられない」萌恵はちょっと拗ねていた。

「こっちじゃ」

 カーライルは萌恵の先に立って、細い坂道を降りて行く。

 この世界は、昼のように明るいのに、太陽はない。空全体が明るく輝いている感じで、雲や青空はある。一見すると、萌恵のいた世界と同じ空である。空全体が光っているせいだろうか、影がない。光源がひとつだけではないからだろう。

 さっき獣の叫び声が聞こえたような気がしたのは、気のせいだったのだろうか、獣はおろか生き物の姿を見ることはなかった。

「ここには、何もいないんだ」

「いるよ」

「どこに」

「見えないだけじゃ。さっきから何匹もすれ違っておる」

「やだ。気持ち悪い」

 嫌悪感が先に出た。そしてようやく疑問に思った。

「どうして分かるの」

「感じるのじゃ」と、また笑った。

 萌恵は、嫌味な奴と思う。

「信じとらんな」

「さっきから何度も言ってます」

「そうじゃったな」と、また笑う。何故か、ここに来てから機嫌がいい。

「どうして」

「そりゃ、久しぶりだし、ここでは年を取らんからな」

 答えになっているやら、いないやら。萌恵にとっては、自分の心の中を読まれでもしたかのようで、気持ち悪かった。

「ここにいるものの中にも、わしらの世界に半分残している奴らがおる。身体を残したものは、獣のようになり、心を残したものは幽霊のようななりか、わしらの世界のものに乗り移っているかのいずれかじゃ」

「あのときにも、起きたの」

「左様。よく思い出せたの」

「カーライルさんだって」

「お互い様じゃな。この世界に来たのがよかったのかな」と言って、また笑った。

「何かいろいろ思い出してきた」

「ほう」

「カーライルさんと初めて会ったのは、学校の校庭だったわね」

「近い」

「じゃ、どこよ」

「正確に言うと、校舎正面のロータリーだった」

「へえ、そう。その時も、何か不思議な技を使った、と思う」

「そうかもな。でも、言わない」

「なぜ」

「君が気づくまで、普通のおじいちゃんでいたいから」

「何、言ってんの」

 萌恵自身も本当はもっといろいろなことを思い出していた。失われた三日間に起きたことの全てではないにしても、今、萌恵の頭の中に蘇ってきた記憶は、とても信じられなかったし、もし事実だとしたら、もう普通の女の子には戻れないと思ったからだ。

 萌恵が、占いの館で経験した不思議な出来事は、彼女の中に芽生えた新しい力だ彼女に働きかけて引き起こしたもので、その源泉は失われた三日間にあると理解できた。

「おお!」とカーライルが声を上げる。

何かを見つけたようだ。駆け出していく。

「待ってよ」

 萌恵も慌てて後を追った。狭く急な坂道を器用に駆け下りていく。萌恵の方が突っかかり、突っかかりしている。

 坂道を下った先には、奇妙な建物が建っていた。

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