第13話 トンネル
暗闇の中で手探りすると、そこは通路のようだった。台車1台通れるくらいの幅があり、何十年もの間の埃が分厚く溜まっている感触がある。
「ねえ、どこにいるの」
相変わらず、カーライルの返事はない。悔しいけど、動くのは怖い。また涙が滲んで来た。最近、変なことばかり起こるので、弱気になってしまっている。
不意に、低い動力音が響いて来て、廊下の明かりがついた。通路の奥から、カーライルが歩いてくる。カーライルはにっこりと笑って、
「すまん。昔の機械なんで、時間がかかった」と弁解した。
そして、「燃料もあまり残ってないから、急ぐぞ」といって、萌恵を招き寄せた。崩れたコンクリートや石の堆積物に足を取られながらも、萌恵はカーライルの後を追った。
ある部屋に入ると、見慣れぬ機械が並んでいた。アンテナのようなものもあるし、反射板のようなものもある。スピーカーかと思わせる機器もあった。
「これは、何」
カーライルは、機器と機器を接続し直しながら答えた。
「当時の実験装置じゃ。わしは、実験は成功したと聞いていたが、それを確かめたい」
「もう、動かないんじゃないの」
「大丈夫。作動状況を確認するだけじゃ。出力は抑える」
「電気なの」
「そう。当時としても、電力事情は良くなかったはずじゃから、おそらくここにあった自家発電を主に使ったと思う」
「そのピストンがたくさんついているのは何」
「振動発生装置じゃと思うが、その振動をどこに伝えるのかは、正直よくわからん」
電源を入れると、機器が順番に作動し始める。ピストンも動き始めた。部屋全体が細かく揺れる。天井や壁が壊れてくるのではないかという気がして、萌恵は怖くなった。奥の方でまだ動いていない平たい鉄製の板があったので、気になって近づいて見た。静かだ。
「これ、動いてないの」
「下手に触らんほうがいい。どれがどう関連しているのか、わからんからな」
カーライルは、ダイヤルやレバーがたくさんついている機器をいじっていた。ちょっと動かしては、別の機器のところに行って様子を見て、また戻ってくる。その繰り返し。
鉄製の板と言っても、萌恵が勝手に鉄だと思っただけだが、よく見ると、表面の埃がかすかに踊っている。その動きは、この板自体の動きなのか、ピストンや他の機器の振動の影響なのかは、判別できない。興味が湧いて、萌恵は平板の表面を指先でちょっと触ってみた。
不思議な感覚。何と表現すればいいのか、少しふらっとくるような、頭の芯を軽く打たれたような感じ。
一瞬、祖父の幻影を見たような気がした。軍服を着た兵士に囲まれ、白衣で作業する姿だ。
その姿がカーライルにダブる。部屋の中の騒音と振動が次第に激しくなる。
突然、廊下の先の方で大きな爆発音がした。カーライルは扉に近づくと鍵を閉めて、さらに扉の近くの椅子や机を立てかけてバリケードを作った。その動きは早く、萌恵が手伝おうとした時にはもう終わっていた。
「これだけうるさいんじゃ、気づくいて当然」
「さっきの奴らが来たの」
「多分そうじゃろう。奴らは別の入り口を見つけたんだ」
「やっぱり別にあったんだ」
「そう。わしらが入った入り口は、破壊せん限りもう入れない。あれを破壊するとなると、大騒動じゃ。そんな暇はなかろう。おそらく、ロッキンゼルガーだな」
「狂人」
「頭はいいし、よくものを知っている」
褒めているのか、貶したいのか。
カーライルは忙しく機器の周りを動いて、出力の調整をしている。萌恵からすれば、逃げ道を探す方が先じゃないって感じなんだけど、今は付き合うしかない。萌恵は逃げ道を知らないのだから。カーライルに何か策があると信じるしか、気持ちのやり場もなかった。
仕方なく、さっきの平板のところに戻った。さっきより少し振動が強くなったように思った。
また、唐突に扉がドンと蹴られた。
萌恵はびっくりして、思わず振動板の上に両手をついた。激しい振動が手から全身に広がって行く。手を離そうとしても、手はピッタリとくっついていて、離れない。髪の毛の先まで、震えている。
扉の外で怒鳴り声と、言い争う声が聞こえた。言い争う声は何かを止めようとしていた。
扉が吹っ飛ぶのと、カーライルが出力全開にしたのは、ほぼ同時だった。
また、籠神社で感じた不思議の感覚。萌恵は吹っ飛ぶ扉やバリケードをスローモーションのように見ていた。自分の手はまだ平板の上にくっついているのに、振動は感じなかった。籠神社の時と違うのは、カーライルの動きの方が早かったことだ。もう萌恵のそばに来ていて、萌恵の手を取ると、扉とは反対方向に走り出した。
ピストン機関の激しい動き、音はぼんやりとしか聞こえないが、ゆっくりとした動きの中でも激しく上下していた。部屋全体にヒビが入り、崩れ始める。扉から這い込んでくる重装甲歩兵たち。
「走れるか」とカーライル。
「はい」と萌恵。
二人は壁に向かって全速力で走っていった。様々な機器が目の前にあったのに、よくもハイスピードで走れたものだと、後で考えたが、この時は必死だった。
二人の前方に大きな空気の塊のようなものが見えていて、部屋の中の光景がゆがんで見えていたと萌恵は記憶している。その空気の塊の中に飛び込んだ。
足が宙に浮いて、上下の感覚がなくなった。一生懸命に走っているのに、足が空回りしている。後ろの方で何かが崩れる音がして、きな臭い匂いが追いかけて来た。しかし、それも何ということもなく、消えていった。
周りは暗いのに、前方の一点だけ明かりが見える。カーライルはそこに向かって走っている。萌恵はカーライルの後について行くのに必死だった。
「ねえ、あの人たち、どうなったの」
「さあね。埋もれてしまったかもな」
カーライルは他人事という風だ。気味が悪い相手だったけど、死んだかもと思うと、萌恵はちょっと可哀想な気分になった。
「これで厄介なやつらの数が減る。わしらにとっては、いいことじゃ」
カーライルは全く意に介していない。人のいい謎のおじいちゃんだと思っていたけど、本当は、残酷で恐ろしい人なのかもしれない。萌恵の脳裏にふとそういう思いがもたげた。今ではないけど、いつかは違う道を歩いて行くことになりそう。
そう思いつつ走り続けていると、辺りはいつの間にか森の中の草はらになっていた。宙に浮いたような変な場所ではなくなった。
その時になって初めて気づいたが、カーライルは何か重そうな機器を小脇に抱えている。その重さに急に耐えられなくなったせいか、カーライルは走るスピードを落として、歩き始めた。ハアハアと息が苦しそう。そんなところは、九十歳過ぎのおじいちゃんなのかもしれないけど、やっぱり普通じゃない。
ついには、しゃがみ込んだ。機器を地面におろして、天を見上げ、呼吸を整えている。萌恵も、ゴロンと横になった。空気は冷たく、火照った体には気持ちがいい。そのまま、眠りそうになった。でも一体、
「ここは、どこ」
「さあ。夢中で走ったからな。果たして、どこじゃろうか」
カーライルは、周りを見回す。もう夜になっている。
「下手に動かん方がいいな。君はここで待っちょれ。様子を見てくる」
カーライルは立ち上がった。
「待って。私も行く。もう一人は嫌なの」
「一人にはしておらんぞ。ここが君のいた世界ならいいが、そうじゃないかもしれん。危険じゃから、ここに隠れていた方がいい」
「どういうこと? 違う世界があるというの」
「ある。だが、誰も見たことはない。わしもじゃ」
「だったら、尚のこと、一人はいや。一緒に行きます」
「仕方ない。わしの後について来いよ」
カーライルは歩き出した。
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