第12話 戦争の残骸

 重装甲歩兵の部隊が遠巻きに、萌恵とカーライルを取り囲んでいる。籠神社の時より数も増えているし、かなり緊迫感を漂わせている。なかなか近づいてこない。ケサランドール片岡もこの中の何処かにいるのだろうが、よく見えない。

「警戒しているようじゃ」

 カーライルはどこか楽しそうだ。

「ねえ、逃げようよ」

「どこに?」

 二人は、もうすっかり囲まれている。武装した兵士たちが銃を構えて遠巻きに取り囲んでいる。カーライルは自信ありげだ。何か企んでいるに違いない。

「来い来い。もっと近づいて来い」

 ワクワクしている。まるで子供のよう。萌恵には信じられない。

 そして、カーライルは萌恵の手を引っ張って、こっちに来いという。公園の芝生の中央は少し小高くなっていて、石でできたモニュメントが立っている。カーライルはその陰に萌恵を押し込む。

「合図したら、そこの四角い石版を思いっきり蹴れ」

 どの石版? 萌恵は迷った。ごつごつした石の下、足元の近くに窪みがあり、窪みは変形した四角形をしている。ちょっと押してみても、ビクともしない。

「動かないわよ」

「思いっきりやれ」

「こう」萌恵が蹴ると、石版はちょっとぐらつく。

 カーライルは慌てて、「まだだ。待て」と言うと、石のモニュメントから顔を出して、周りの様子を窺う。空にはヘリが舞い、重装歩兵の舞台は確実に包囲網を狭めてきている。カーライルの姿が見えなくなっていたからか、歩調はゆっくりだ。

 カーライルはわざと周囲から見えるところに立った。ジープに乗ったケサランドール片岡が、余裕で前面に出てきた。逃げ場はないぞとでも言いたげに、ニヤニヤ笑っている。カーライルは、片岡が無事であるということは、籠神社の社殿を吹っ飛ばしたわけではないのだなと思った。

 ケサランドール片岡の後ろから装甲車が出て来た。一列に並んでスピードを上げて前進してくる。「いいぞ」と叫ぶと、カーライルは萌恵のそばに飛び込んできた。

萌恵は慌てて石版を蹴る。カーライルの勢いも加わって、石版は深い穴の中に落ちていった。萌恵とカーライルも一緒に。

一方、ケサランドール片岡は、思っても見なかった光景を目にしていた。カーライルの姿が消えた瞬間から、石のモニュメントが折り畳まれるように変形していった。慌ててジープを走らせると、そこには平らな石しかなかった。

「どこに行った」と叫び、腕のランチャーでその石を吹っ飛ばした。

近づいてきた老人が片岡の腕を押さえ、「止めろ」と怒鳴る。

片岡はその人物を見て、急におとなしくなった。

「博士」

 カーライルが口にした狂人、ロッキンゼルガーである。

「この時代には、あの戦争の遺物が眠っている。だか、日本の自衛隊基地の近くで、お前のランチャーを派手にぶっ放すことは許さん」

「ここにはまだ、いろいろな仕掛けがあるかもしれん。警戒要員を残して、一旦引け」

「逃すんですか」

 ケサランドール片岡は、ロッキンゼルガーの黒縁丸眼鏡を覗き込んだ。色入り眼鏡なので、目は見えない。

「いや、別のルートがある」

 ロッキンゼルガーは、落ち着いた口ぶりで言うと、芝生の丘を下っていく。片岡はすぐ後を追った。

 地下に飛び込んだカーライルと萌恵は、真っ暗な中でしばらく動けなかった。特に萌恵は、いきなり飛び降りたショックで、気が動転していた。頭の中が混乱していて、何が何だかわからない。馬鹿野郎と叫びたい気分と、逃げおおせたかもしれないという安堵と、ごちゃ混ぜになっていた。ここがどこかもわからない。

「ねえ、どこにいるの」

 真っ暗闇の中で、萌恵はカーライルに声をかけた。目が慣れてきても、まだ暗闇の方が強い。カーライルは返事さえしてくれない。

「ねえ、いるんでしょ」

 冷たいわね、というのが正直な感想。とはいえ、何も見えないので、動くわけにもいかず。萌恵は座りこんだまま、ため息をひとつついた。

 不意に、ポッと小さな炎が点いた。萌恵は、それがライターの明かりであることに気づくのにしばらくの時間がかかった。カーライルの髭面と笑顔が、薄ぼんやりと宙に浮かんでいる。

「待たせたの」

 萌恵は言葉が出ない。その代わり、目から涙がポロポロと落ちた。明かりに照らされてキラリと光る涙の粒に気づいたのか、カーライルはちょっと気まずそうに俯いた。そして、「ついておいで」と言うと、立ち上がった。

 涙を手で拭きながら、萌恵も立ち上がった。カーライルはゆっくりと歩いて行く。コンクリート造りの狭い通路のようだった。ライターの炎の明かりだけでは、視力のいい萌恵でも何あるか見分けることは難しかった。

 扉の枠があったと思しきところを通り抜けると、急に空間が広がって、ライターの明かりが届かなくなった。カーライルが壁の一部を触ると天井の電灯が灯った。さっきより明るくなった。

ほとんどガランドウの室内。机や椅子の残骸は散見される。それ以外は何もない。

「ここは何?」

「旧日本軍の地下基地じゃ。敗戦のとき放置されてから、そのままだと思う」

 カーライルは感慨深げである。萌恵にとっては、どうでもいいこと。

「出口はあるの」

「ある」と機械的に答えてから、カーライルは「ちょっと見たいものがある」と言うと、壁沿いに歩き始めた。壁の凹凸を触ったり、押したりしながら、何かを探している。秘密の扉でもあるのだろうかと萌恵は思った。

 ところが、残念ながら、ぐるりと部屋を一周しても、何の成果もなかった。

「おしまい」と萌恵。

「いや、まだまだ」とカーライル。熱心に探し続ける。

「隠し扉でもあるの」

「わからない。ただ、わしは聞いたんだ。かつて、ここにいた者から。埋めた、と」

「何を?」

「戦争中にここで行われていた実験の装置じゃよ」

「爆弾か何か」

「地下で爆弾の実験はできん。波動じゃ」

「はどう?」

「電波にようなものと言ったらいいかな」

「通信機」

「それのデカイやつ。パワーが大きい」

「この部屋にはないよ」

「だからこそ、別の部屋があるに違いない。こののっぺりとした壁の向こうに、秘密研究の成果が眠っている」

「私は、出口の方がいいなあ」

「君にも関係あるんじゃぞ。君のお祖父さんがこの研究に関わっていたんだからな」

「ええっ、ホント!」

「何も聞いておらんのだな。ご両親はなぜ真実を伝えようとしなかったのか。残念だよ」

「お祖父ちゃんが隠していたってこともあるわ」

「わしの知る限り、隠し事のできる男ではなかった」

「知ってるの?」

「ああ」

「だとしたら、お祖父ちゃんは八十でなくなったから……しかも、私が生まれる前だし、カーライルさんは一体いくつなの」

「見ての通りの爺いじゃよ」

 信じられないって感じ。どう見ても、百歳のお爺さんの動き方じゃないことを萌恵は目撃していた。ますます疑いが増してくる。そんな萌恵の気持ちを意に介すことなく、カーライルはセメントで埋めたような痕を見つけて、ひとり嬉しそうにしている。

「壊すの」

「そうじゃ」

「どうやって」

 カーライルはボケットをまさぐる。何が出てくるのかと思ったけど、結局、出てきたのは汗をふくハンカチだけだった。

「仕方ない。奥の手を使うか。君は危険だから、離れていて」

 萌恵は数歩下がって、「ここ」と聞く。

「もっと、向こう。こっちを見るな」

「はあい」と萌恵は生返事して、また数歩下がって、背を向けた。

 カーライルは、内ポケットから二重になった金属製の輪っかを取り出した。そして、萌恵が見ていないこと確かめると、「こっちを向くな。危ないからしゃがんどけ」と声をかけた。

 萌恵は慌ててしゃがむ。

 二重の輪っかを壁に当てて、その交差した中心に紫水晶のかけらを当てる。紫水晶は怪しい輝きを発し、二重鉄輪の中心で宙に浮いた。カーライルは、輪っかから手を話した。すると、何十年もセメントで埋められていた部分が、薄っすらと輪郭を現し、透明になっていく。カーライルは慎重に手を伸ばして、その透明になったところに手を当てた。手は壁に遮られることなく、スッと通り抜けた。「よし」とカーライルは頷くと、萌恵のところに行き、「さあ行くぞ」と言って、萌恵を抱き起こした。萌恵は抵抗することもできず、目をつぶったままカーライルと一緒に壁を通り抜けた。

 カーライルは、萌恵を下ろすと、「そこにいろ」と言って、壁際に戻った。そして、また透明な壁に手を通して、二重の輪っかをつかんだ。そのままゆっくりと手前に引く。二重の輪っかと紫水晶は手の動きに合わせて、壁を通り抜けた。そこで、カーライルは素早く、紫水晶を手に取り、輪っかを内ポケットにしまいこんだ。急に真っ暗になる。また、萌恵は暗闇の中にひとり取り残された。

「さっきの光は何なの」と萌恵が聞いても、カーライルは返事をしなかった。萌恵は嫌な気分になった。

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