第11話 籠神社での遭遇
全身を鋼鉄の鎧に覆われた者たちが、萌恵とカーライルを取り囲んでいた。それぞれの顔は、陰になっていてよく見えない。それでも、カーライルにとっては知り合いがいたらしく、にっこりと笑った。そして、一人を指差し、
「久しぶりじゃのう。相変わらずといった風情じゃ」
囲んでいた兵隊の後ろから、一際大きい影が現れた。全身が機械の固まりのように見える。
「何もの」と、萌恵はカーライルに聞いた。
「古い友人じゃよ」
兵士たちのものものしい姿に、萌恵は到底その言葉を信じることはできなかった。
「相手はそう思っとらんかもしれん」
「きっと、そうよ」
大男は、顔がわかるほどに近づいてきた。そして、にやりと笑った。
「やっぱり、会ったことがある。ええと、名前は…」
カーライルはなかなか思い出せない様子だ。萌恵は、必死で逃げ道を探す。影たちは一定の間隔を空けて、萌恵とカーライルを包囲している。萌恵ひとりなら、駆け抜けていくのはできるかもしれない。カーライルが気を引いてくれている間が勝負だと思った。
「ケネス・ブラックハマー・カーライル」
男の方が先に呟いた。その声を聞いて、カーライルは閃いた。
「ケサランドール片岡。間違いない」
なぜか、とても嬉しそうに見える。頭が変になったんじゃないかと萌恵は疑った。
「もう引退したかと思っていたぞ。まだ、邪魔するつもりか」
と片岡は言う。その声には、苛立ちと憎しみが滲んでいた。カーライルと片岡の思いはすれ違っている。
「お主たちがここにいるということは、ロッキンゼルガー博士も日本に来ているということじゃな」
「だれ?」と萌恵はカーライルに聞いた。
「狂人じゃ」
カーライルは笑みを絶やさないまま、さらりと答えた。
「ナチスの残党に言われたくないものだな」
「ナチス? ヒットラー?」萌恵は頭の中が混乱していた。
「ナチスではないぞ。戦時中、ドイツのラボにいただけじゃ」
「同じだ」と片岡は強く言った。
そして、片岡は今度は萌恵を見ると、「二度目だな」と呟いた。
「えっ、何のこと」萌恵は思わず、聞き返した。
「お前とここで会うのは、二度目だ」
「えっ、まさか、初対面でしょ。だって、私はあなた達とは関係ないし…」
「忘れているようだな。我々にとっては、お前もそこの爺いも同じだ」
萌恵は、片岡の言っていることが全く理解できない。ちょっとパニックなった。
「嘘。うそ。ウソでしょ。わたしは…」
そこで、カーライルが制した。「聞く耳を持った相手じゃないぞ」
「よく分かってるな」とケサランドール片岡。
その姿を改めて見たとき、萌恵はギョッとなった。全身ほとんどが機械だ。昔、アニメであったサイボーグ。今何て言うんだっけ。そんなバカなことが頭の中で駆け回る。
「驚いた。前に会った時より重装備になっておる。その姿でよく日中歩けるものだ」
と、カーライルが口にした。それだけ、長い時間この二人はあっていないと言うことを言いたいのか。それとも、自分の身体を機械化していく度合いが非常識だと言いたいのか。そんなことまで、萌恵の頭の中で渦巻いていく。混乱して、もう止められない。
「小娘。そこまでにしろ。今度は、前のようにはいかんぞ」
片岡が、腕をあげると、その一部が立ち上がってランチャーが出てくる。
「おい。ここがどういう場所か知っておるんじゃろうな」
カーライルが少し慌てたように、片岡に叫ぶ。
「知らん」と片岡はそっけない。
「この社を破壊したら、ここにいる者すべて、タダではすまぬぞ」
「だったら、どうする。おとなしく投降するか」
「わしらは、戦争をやっておるのではない。お主とて、わきまえているはずじゃ」
ケサランドール片岡は、ランチャーの銃口を萌恵に向けたまま、「ご老人は、この小娘のことをご存知ないと見た。甘いな」と押し殺した声で絞り出すように口にした。
「買いかぶりです」と言いつつ、萌恵はカーライルの背後に隠れるようにズレて行った。
ケサランドール片岡は、いきなり萌恵に向かって、ランチャーをぶっ放した。その瞬間、萌恵の脳内神経が切れた。そんな感じ。
社殿の軒先が吹っ飛び、そのかけらがゆっくりと飛び散っていく。全ての動きがスローモーションフィルムを見ているかのようだ。萌恵ひとり、自由に動けるような気がした。隣にいたカーライルを抱き抱え、ジャンプ。境内の土の上に転がり落ちた。
振り返ると、まだ社殿の軒先はゆっくりと飛び散っていく。ケサランドール片岡を始め、兵士達も動かない。カーライルも、同じ。
お爺さんとはいえ、大の大人を萌恵ひとりで担いで走るなんて無理。今のうちに逃げたいのに、どうしたらいいのと萌恵は焦った。
そんな気持ちで見ると、ケサランドール片岡の動きが怪しい。萌恵の方に顔を向けてきているような気がしてくる。萌恵の動きに追いついてきているのかもしれない。ますます焦る。
不意に腕を掴まれた。何! カーライルだ。萌恵の腕を掴んで、走り出す。意外にも足が速い。萌恵は転けそうになりながら、なんとかついて行った。背後で、何かが爆発して、飛び散ってくる何かが頰に当たる。振り返れない。
「構うな」とカーライルが怒鳴る。
どこをどう走ったのか、わからない。萌恵は広い公園の中にいた。目の前でカーライルがひっくり返っている。
「大丈夫ですか」萌恵が駆け寄る。
カーライルは笑って、「ちょっと息切れしたかな」と言う。
萌恵はホッとした。あの兵士たちも追って来ていないし、この世界は普通に動いている。町の雑音も聞こえる。
「何が起きたの」
「それは、わしの台詞じゃ。君は何を仕出かした」
「わからない」
それは正直な感想だ。萌恵は自分でも、何が起きたのか説明できない。
「まあ、お陰であいつらを振り払うことができた。無益な殺生もせずにな」
「殺生したことあるんだ」
「そう言うな。仕方なかったところもある。それに、あいつら相手じゃと、殺らなければこっちが殺られる」
萌恵は大の字に横になったカーライルのそばに座った。
「聞きたいんだけど、あいつらは何」
「それを聞くと、もう普通の日常に戻れなくなるぞ。いいのかね」
「わからないけど、今は聞きたい」
「そうか。ここまで関わったんだから、もう教えないわけにもいかんかなあ」
カーライルは迷っていた。それほどの秘密があると言うのだろうか。萌恵も、心が動いた。
「あいつらは、カーライルさんにとっても敵なの」
「昔は仲間だったこともある。今は、違う。残念なことじゃ。いいやつもいるのじゃがな」
「やっぱり秘密組織?」
「そんなに簡単じゃない。この世界には、色々な立場の人間がいて、互いに相容れないことも多い。そういう相手じゃよ」
カーライルは、また意識せずにあの紫水晶のかけらをいじっている。なんの変哲も無い石のかけらにしか見えないのに、おそらくカーライルに何か影響を与えているのかもしれないと萌恵は思った。
「落とさなくて、良かったですね」
「何を」
「それ」
萌恵に指さされて、今更ながらカーライルは、自分が紫水晶のかけらを持っていることに驚いていた。
「そうじゃな。これのお陰かもしれない」
「お守りみたいなものなの」
「いや、違う。最初、わしは君の身に起きた事を知らなかった。この水晶が教えてくれたのじゃ。君も感じているじゃろう。わしが急に走り出せた事を」
「そうね」
「あれは、いきなり君の姿が目に飛び込んで来たんじゃ。向こうには、ケサランドール片岡が見えた。あいつは明らかに次の攻撃をしかけようとしていた。他の兵士たちは身動きひとつできないのにじゃよ。あいつは、何か特別な改造を施されているに違いない」
「やっぱり、サイボーグなの」
「もっとタチが悪い。人間である事を捨てている。化け物じゃ」
「で、わたしたちは、どうなのかしら。まとも? それとも、化け物?」
萌恵は、カーライルの言葉に急に不安を感じた。他人のことを言えるのだろうかと。
「わしらは違う」
カーライルは断言した、
「君だって、何も悪さをしておらぬ。わしらは違う」
「そうかしら。私は、怖い。自分に何が起きたのか、解らない」
「ある意味、自然現象だ。わしらは巻き込まれただけじゃ」
「地震じゃないんでしょ」
「さよう。わしも少し思い出してきた。あれは過去にも何度か起きている現象だ。この世界と異界とが衝突した」
「そんな事、あるの」
「多くは、都市伝説のような扱いを受けて、忘れ去られているがな。神隠しや鬼伝説の類も、同じじゃ」
「さっき出会った兵隊も、そんな感じ?」
「あれは、この世界の者にすぎん。ただ、知恵と技術の使い方を誤っておる」
「追ってくるかな」
周りは見晴らしのいい緑地なので、萌恵は遠くからも容易に見つけられそうな気がしていた。カーライルは余裕だ。
「心配は要らん。わざと見つけやすいところにきてやったんじゃからな」
その言葉も終わらぬうちに、上空に重々しいヘリの音が聞こえ、遠くに何台もの装甲車が現れた。カーライルは、呆れ返ったように、その様を見ている。
萌恵は、身体の芯からもぞもぞと這い上ってくる恐ろしさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます