王女のリネット


 国に帰還した後、リネットは父親母親に叱られた。

 同時に成長を喜ばれた。

 

 だがリネットの精神状況は複雑だった。


 とにかく魔王軍もそうだが、公爵家をどうにかしなければならない。

 

 息子を勇者やらせて大失敗に終わり、笑いものになった。

 しかしそれで大人しくしているようにはとても思えなかった。

  

 以前と違い、アルトが臣下を通して本格的に協力してくれるようになったので公爵家の動きは筒抜けだ。


 驚くべき事件も伝えられた。


 そしてリネットは軍を率いて公爵家の討伐を行う事になった。

 

 何故ならモルレード公爵家が魔王軍の手に落ちたから。


 正確にはモルレード公爵家の息子、あのボンクラ勇者グリシアが家を乗っ取り、進軍して来ているのだ。


 それを迎え撃つために――王女は安全が確保された後方でと言う条件付きでで軍を率い、モルレード家の討伐に向かった。


 

 昼下がりの王都へと続く平原。

 王国の兵士達がモンスターの軍勢相手に徹底抗戦している。

 

 人の戦力はいない。

 モルレード公爵領が完全に魔王軍の手に落ちたからだ。


 王国軍はモルレード家からの離反者達やプリス率いる教会の軍、そしてガルドやアルトなどの旧勇者メンバーなどが駆け付けて強力なモンスターを率先して駆りまくっている。


 とにかく敵の数は多い。

 こちらは精々一万。

 敵は倍以上の数だ。 


「状況は我々の有利ですね・・・・・・不気味な程にと言う言葉がつきますが」


「ええ――」


 傍にセリスがついて王女を補佐している。

 今は立派な騎士甲冑に身に纏い、軍馬に跨がっている。

 

 その周りには親衛隊の騎士達が周囲を固めていた。


 アリシアは王都で他の任務についている。


「グリシアの姿は何処に?」


「見えません――大将格と思わしきモンスターがいるのは確認できますが・・・・・・」


「ええ――それにしてもここまでやるとは――」


「嘗ての栄光が忘れられず、文字通り悪魔に魂を売ったのでしょう」


「そんな奴の許嫁だったのですね。私は」

 

「・・・・・・」


 セリスはどう言って良いのか分からず沈黙した。

 とにもかくも、ここまで恐ろしい事を企てるとは思いもしなかった。


 それはそうと――てっきり、クーデターなどの順序を踏んで本性を現すとは思ったが、こうも魔王軍との繋がりを隠そうともせずに行動するとは。


 予想外でもあった。


「ですが考えようによっては感謝しています。今回の一件で公爵家の問題や付き従っていた貴族達の問題もある程度カタが付きます――勇者殿がおおった通り、人間の最後の敵は人間なのですね」


「まったくです――」


 帰ってくる間、勇者と言葉を交わした。

 端的に理想主義者や夢想家な部分を感じられたが、同時に現実的な平和主義者と言う部分が感じられた。


 勇者、ミツヒコは更なる魔王の出現やお供に魔王が加わる意外、そして想像以上に仲間の信頼を勝ち得ていた以外は概ね予想通りのシナリオだったらしい。 


 突き詰めれば勇者は魔王を倒す為の決戦存在だ。

 平和になれば政治利用して飼い殺しにするか、邪魔者になるから消すしか無い。

 召喚当初からそれを予感して――死を覚悟していたらしい。

 だから思い切った行動が出来たと言っていた。


 これが、この世界における異世界ではただの平民の思考であるから恐ろしい。

 セルティが絶対戦争したくないと言うのも頷ける。

 特別な教育を受けたわけでもなく、普通に生きて普通に教育を受けた人間でこれなのだ。


 そんな異世界の政治家や軍隊と渡り合ったらどうなるか?

 子供でも分かる。

 

 神々が異世界召喚を反対していたのも頷ける話だ。


 そうして考えているウチにある凶報が飛んできた。


「姫様!! 王都に敵の奇襲!! その中にグリシアや彼が率いていた勇者パーティーの姿が確認できます!」


 その報告にセリスは目を見開いた。


「奇襲だと!? グリシアめ!! ならばここにいる連中は囮か!?」


「落ち着きなさいセリス。それで状況は?」


「それが・・・・・・謎の援軍の手で持ち堪えています――その中にはあのセルティ殿の姿も――」

 

 そこまで聞いてリネットは「そう・・・・・・ならば心配は無用ですね」と呟き周囲に見渡した。


「各将に伝達! 此方の状況を報告! 戦力を二分し! 王都に攻め入った逆賊を迎え撃つ! 大義は我達にあり!!」


 声高らかに宣言した後「指揮官の動揺は他の者にも広がります」とセリスに告げて、告げられた本人は「はぁ・・・・・・」とだけしか返せなかった。


 周りは歓声に包まれた。



 リネットは少数精鋭の機動力に優れる騎馬隊で構成し、すぐさま王都に戻った。


 戻った頃には夕焼けが照らしていた。


 そこで見たのは――イブリアと勇者ミツヒコ、王都の軍と異種族交じりの混成軍とでグリシア率いるモンスターの軍勢を迎え撃つ姿だった。

 

 王様まで直々に指揮を取っている。

 

 リネットは迷うこと無く「セリス、先陣は任せました!!」と指示を飛ばした。

 セリスは勇気づけられたのか「危険ですが姫様も続いてください!!」とだけ返して、王都に突撃した。


「臆するな!! 敵はまやかしの勇者! 此方には真の勇者がついている!!」


 そう言ってセリスも槍を片手に敵の群れへと突っ込む。

 城門から城下町に流れ込み、自分の城へと雪崩れ込んだ。

 この一撃は致命的だったらしく。

 敵は撤退していく。


 そして――勇者ミツヒコ、魔王イブリス、セルティなどに囲まれ、半死半生の状態でボンクラ勇者グリシアが地に倒れ伏していた。


 グリシアに付き従っていたらしい人間らしき姿もあったが既に亡骸となっていた。


「こうして再開する事になるとは思いませんでしたよ」


「り、リネット――」

 

 立派な鎧を身に纏っていたのだろう。

 武器を持っていたのだろう。

 だが全て粉々に粉砕され、体のいたるところから血を流している。

 美形の顔もグシャグシャになっていた。


「貴方は想像を超える愚か者でした――」


「だ、黙れ――世間知らずの小娘が」


「ならば貴方は歴史に残る道化かペテン師ですね。この様子ですと魔王軍にも見捨てられたようですし」


 リネットはワザとらしく周囲を見渡す。

 この場に居合わせた人間は軽く嘲笑していた。 


「ぢくしょう――ぢくじょう――こんな筈じゃ、こんな筈じゃなかったんだ――今頃は――俺が勇者になってる筈だったんだ――なのに――なのに――」


「勇者であろうとした。拘りすぎた。勇者こそが王を超える地位と名誉であると思った。それが貴方の限界です――さて、どうしましょうか? 正直こんな小物を殺すのはイヤです」


「言うようになったわねリネットちゃん。以前よりとても素敵よ♪」


 セルティの言葉にリネットは「ありがとう」と返した。


「俺も正直パス――もう俺の気が済んだ」


 ミツヒコはどうでもよさげに言った。


「私も殴り終えたし、別にいいかな?」


 魔王イブリスも同じ調子だった。

 セルティも「私も同じ」と続く。


「では身柄は責任を持って我々が預かり、法の裁きを受けさせると言う事で」

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」


 そう言ってリネットは立ち去り――公爵家の人間、約束された未来を持っていた少年――そして勇者の座の簒奪者、身内にすら牙を向いた反逆者は兵士によって投獄された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る