貴族のアルト
魔王軍との戦いは基本連合軍で形成されている。
そしてその戦力を集結させ――人類側の防衛ラインがここ、中立都市にして要塞都市「ヘルディム」だ。
王都よりも活気は少ない。
まるで大きな監獄の中にいるような印象を受ける。
見掛けるのも町人よりも兵士や柄の悪い冒険者だか傭兵が多いぐらいだ。
女四人のパーティーなので何度か絡まれたが周りが女傑揃いなのでどうにか撃退出来た。
そうこうして、とある場末の酒場でリネット王女はある人物と遭遇した。
「やあ、セルティ。久し振りだね」
「久し振りねアルト」
元勇者パーティー同士挨拶を交わす。
黒髪のポニーテールの美少年。
軽装な庶民の服に身を包んでいるがこれでも二代目の勇者、グリーモード公爵家の人間であるアルト。
酒場にはアルトを慕っているのか、多くの人間が集まっている。
その事を尋ねるとアルトは「兄よりも人望があるらしい」と笑いながら言った。
兄とはグリシア。
現・勇者の事だ。
リネットは様々な疑問を抱え込みながら酒場の二階に案内された。
いわゆる特別席と言うらしい。
それなりに整った空間が出来上がっていた。
洒落たテーブルに向き合う様に座る。
「さて――リネット王女様、大体の事情はセルティから聞いてるよ。勿論プリスやガルドからもね」
「え? どうやって会話を――」
「あの魔女特性の魔導具さ。前の勇者君がいた世界ではこう言うのは子供でも普通に持てたらしいから凄い世界だよね」
そう言ってテーブルに置かれた装飾が施された水晶に目をやる。
あの水晶の様な魔導具でやり取りをしていたようだ。
「しかしプリスもセルティも意地悪で、ガルドは――一族郎党斬首もんだよ。まあそれだけ王女様の事を認めていたのかもしれないけど」
「そ、そんな恐ろしい真似なんかしません!!」
散々世間知らずの小娘呼ばわりされてきたが、流石にそんな恐ろしい魔王みたいな所業をするつもりはなかった。
「君がどう思うかじゃなくて、他人がどう受け止めるかだよ。ガルドは一時期騎士の鏡みたいに言われてたけど、あのクソ兄のせいですっかり転落人生だからね。まあ、あの人真面目だからそれを望んでた節があるけどさ――俺も正直今の人生の方が気楽でいいもんさ」
「クソ兄って――グリシア様の事ですよね?」
リネットはここにアルトの愚痴を聞きにきたわけではない。
聞いていて色々と心苦しい物を感じるが本題に移る。
「ああ、様付けするんだ。そう言えばあんなのでもリネット王女様の婚約者なんだよな。あいつのせいで魔王との戦いも終わりそうになったのに――あのクソ兄と家の連中は何を血迷ったんだろうな――いや、そもそもウチのモルレード家だけの話だったんだろうか」
そこまで聞いてここまでの旅の――勇者のメンバーの話を思い出す。
そしてある可能性に辿り着いた。
「・・・・・・まさか、そんな足の引っ張り合いを?」
「はぁ・・・・・・正直セルティのところ辺りで気付いて欲しかったんだけどね。だけどそれだけじゃ答えには到達させるわけにはいかない」
「答え?」
「知ったら恐らく元の生活に戻れなくなるからね。だからガルドもあんな真似をしたり、プリスもセルティもヒントだけを与える真似をしたんだ。これは最後のチャンスだよ。ここで分からなかったらもう城に帰って世界が救われるのを祈ってた方が良い――てかそもそも王女様は戦場で剣を振るうのが仕事じゃ無いだろう? まあそんなだから国王様も子を崖から突き落とす真似をしたんだろうけどさ」
「よ、容赦無いですね」
「どんな理由はあれ、国に裏切られたんだ。それでノウノウと何もしらない小娘が目の前に現れたら愚痴だって言いたくもなるさ」
本当に容赦無い。
旅に出る前に会った時は物静かで周囲を魅了する容姿を持った物静かな美少年剣士だったがここまで性悪な性格だったのか。
それとも国に裏切られてこんな性格になったのか・・・・・・
ともかく答えを導き出さなければならない。
でないと愚痴を聞いて城に帰る事になる。
プリスは言った。
――今となっては昔の話ですが、まだ勇者召喚当時はまだ教会は野心がありました。勇者を利用として自分達に利益をもたらせないかと言うそう言う物が――だがその目論見は失敗し、私は実質この王都で魔王軍と戦い、運命を共にする事になるでしょう。
ガルドは言った。
――そうです。何しろ自分の意志を押し通す為に失踪したのですからな。
セルティは言った。
――そう。まず貴方が聞いているであろう真実を疑いなさい。例えば勇者の失踪とか、何故公爵家のボンボンが勇者に収まったのか、その後どうして転落人生を歩んだのか――
他にも様々な言葉が頭の中で湧き出てくる。
それを目瞑って整理して――彼女なりの答えを出した。
「答えは出たかい?」
アルトは尋ねた。
「勇者の失踪した精確な理由は分かりませんが――よく考えてみればおかしい点は幾つもあります」
へぇとアルトは感心したように口から漏らした。
「例えば何故公爵家の人間が危険な戦いに身を投じなければならなかったのか? その時点で既におかしいですね」
「どうしてそう思ったのかな?」
「当時勇者の活躍は城にいる私の耳にも届く程の凄まじい勢いでした。旅をしている間、それは嘘なのかもしれないと思いましたが晩餐会に出入りしている貴族だけでなく衛兵や侍女達にもそう言う雰囲気ではありませんでした――」
「それを聞くと何か更にむかついてくるね。こっちは命駆けの戦いをしているのに優雅な暮らしをしていたんだから」
「それについては謝罪いたします。」
「だけど逆に感心した。ちゃんとそう言う風に人を見ていたんですね」
「――今はそれよりも・・・・・・常識ですが公爵家の影響力は王族に次いで高い。何しろ貴族最大の地位で、そのご子息が婚約者に選ばれるぐらいですから。勇者一向に関しても当然貴方かプリス様か通してか、あるいては密偵などを通して貴方達の動向をより精確に把握出来たのは想像するに難くありません」
アルトはふぅと漏らした。
「急に王女らしくなって来ましたね」
「ありがとうございます」
リネットを認めたのか口調や態度が改まった。
それを喜んでいる場合ではない。
「続けます――正直自分で考えていて仕方ないのですが、もしかして勇者は既に魔王を倒したか、もしくはその寸前まで言っていたのではないでしょうか? だから公爵家はその成果を横取りして勇者の地位と名誉を得て英雄として凱旋し、王となる事を計画したのではありませんか? だから勇者を亡き者にしようとして貴方達は逃した? 違いますか?」
「とても中々良い線言っています。凄く真実に近付いていますね――ですけどそれでは今の状況の答えにはなっていない」
「そうですね・・・・・・いえ、そもそもどうして勇者のパーティーに参加する必要が? どうして途中から手柄を横取りするような真似を? 魔王を倒したかどうかなんて公爵家の権力を上手く使えば――そもそも勇者に成り代わる真似なんかせずに、魔王を倒すまで大人しく待てば良かったのでは?」
「お見事です・・・・・・プリス、ガルド、セルティの皆様に変わって今迄のご無礼をお許しください」
「いえ――皆様の気持ちを考えればこの態度を取るのは当然だと思います。それに私は王族として公爵家の暴走を止められなかった。例えまだ恐るべき事実があろうともそれだけは変えられません」
そう。ここまでの推理が真実だとすればまだ肝心な部分があやふやなままなのだ。
「・・・・・・まだ恐るべき事実があろうともですか。この僅かな期間で変わられましたな」
「そんな言葉遣いをしなくても結構ですよ?」
悲しそうにリネットは言う。
「いえ、セルティ辺りならともかく対外的な物とかもありますから――」
そうとだけ返して話を続けた。
「では本題に入りましょう。こうして皆さんがノンビリと私を心配してくださる程度には勇者は切迫した様子ではないのですね」
「ええ。ご推察通りです。正直彼とは――ソリが合いませんでした・・・・・・なんでこんな奴が勇者なんかに・・・・・・と思った事もあります。ですが・・・・・・だからこそアイツは――勇者になれたんでしょう」
例えどんな形になったにせよ、皆勇者の事は認めている。
その事がとても羨ましくもあり、「なのに何故こんな事に?」と悲しい気持ちを抱いた。
「正直私も全ての真実を知っているわけでは無いのです。その真実を調べるためにも情報を探っていました」
「・・・・・・魔王は討ち果たすのは成功したがそれに準じる何かが魔王軍の指揮を取っているのですか?」
「いいえかなり正解に近いですが違います。セルティは例外でしたがそもそも我々は魔王軍について何も知らな過ぎたのです」
「どう言う事ですか?」
「魔王は複数人存在しているのです」
その言葉に一瞬リネットは耳を疑った。
しかしアルトはあっけらかんとした調子で。
「冗談ではありません。真実です。魔王軍も我々人間と同じく様々な文明が存在するのです。勇者によれば「まあ今時珍しくもないパターンだよな」と言っていましたが・・・・・・世間知らずのボンボンだと思っていましたが、アレは何と言うかある種の化け物か何かですな。だからセルティも興味を示したんでしょう――」
「な、何から尋ねるべきなのか分かりませんがともかく――それなら全てに説明が付きます」
「ええ。我が家にも兄にも天罰が下ったんでしょうね・・・・・・そして教会にも・・・・・・ちなみに今勇者の周りには魔王の一人が付いてますから間違っても実力で排除する事は不可能ですね」
「ちょっと待ってください? 魔王の一人が勇者と行動を共にしている?」
一つ質問を投げ掛ければ十も二十も疑問が投げ返ってくる。
正直精神がどうにかなりそうだったが聞かねばなるまいと思った。
「勇者によれば「魔界の人達実力至上主義と言うか快楽主義者と言うか戦闘狂みたいなところがあるから、今となっては下手な人間よりも付き合い易い」だそうです・・・・・・あ~雑魚モンスター相手に泣いていた頃が懐かしいぐらいに逞しくなりましたねアイツも」
「もしかして公爵家のグリシアが引き籠もったのは逆襲されるのが恐かったのでは?」
「まあ確かに世間からも評価もあると思いますけどそれもあると思いますね。調べてみたんですけど、軍事力増強し過ぎて一歩間違えれば領民の反乱が起きるぐらいに領地経営もメチャクチャになってますね――他にも他国へ亡命しようと言う動きすらもありますから――情報が錯綜していて自分もどれが真実やら何やら・・・・・・」
公爵家は相当酷い事になっているらしい。
魔王軍の対処もあるが此方も急務だ。
「どちらにしろ自業自得ですが、公爵家の領民とは言え、シルヴァニア王国の民でもあります。ですが軍事力増強に関してはある程度の筋が通ってますから厄介ですね。王の権威をちらつかせて辞めさせても下手をすれば此方が悪者にされてしまいます」
「ええそうです。認めたくはありませんが公爵家の影響力はシルヴァニア王国の半分、いやそれ以上かもしれない程に影響力を持っています。兄の一件で国民からの評価は低くなりましたが腐っても公爵家。まだ王国内の貴族に対しては高い影響力を持っています」
アルトの言う通り腐っても公爵家である。
下手に敵に回すわけにもいかず、放置するわけにもいかない。
厄介な問題である。
「これについては今ここで幾ら議論しても仕方ありません。次の話をしましょう」
「次の話?」
「勇者の行方についてです」
そして旅はいよいよ佳境へと向かって言った――
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