第9話 突然変異

 初めての戦闘でオークの免疫を倒し、風邪をひかせた。

 何という熾烈な戦いだったのだろう。

 まあ、熾烈ではあったものの、冷静に考えるとやってる事はかなりショボィ気がする。

 いや……実際にショボいか……。


 と言うか、免疫1個をやっつけただけで、風邪ってひくものなの?

 普通は抗体なんて綺羅星の如く有るものだと思っていたけど。


《回答:先程の免疫は母体でした》


 あー……そう。 

 母体の免疫だったの……。

 だったら1体を倒すだけで他の免疫は死滅するし、仕方が無いね。

 ……それを納得する事自体、この世界のトンデモ疫学に毒されつつある気がする。


 とにかく、オークの免疫を倒した事で、奴の免疫細胞を入手する事ができた。

 この細胞を使って、次なるステップに進化できるかどうかだな。


《回答:免疫細胞の入手により、突然変異が可能になりました。

 変異の成功率は、分体の数によって異なります。

 現行の分体数は400なので、変異に成功する確率は4%です》


 はぁ!? なんだよぉ!

 つまり分体の個数によって、変異する成功率が変わってくるの!?


《回答:そのとおりです》


 ないわー。

 なんか一難去って、また一難って感じだな……。

 じゃあとりあえず分体の上限数である10,000個まで、コツコツ増殖して行くか。

 増殖のスキルも上がったし、そんなに時間はかからない――――。


(…………ッ!!)


(…………だろ?)


(隠し部屋…………)


 ――――って、何だ?

 うっすらだけど、外から人の声や、足跡の様なものが聞こえた気がする。

 聞こえたのは一瞬なので、もしかしたら気のせいかもしれない。


 まあいいや。気を取り直して増殖を再開するか。

 目指すは分体の上限数である10,000個だ。

 増殖のスキルも上がったし、そんなに時間はかからないだろ。









《現行の分体数が10,000個になりました。

 現在のウィルスでは、これ以上の分体を作り出す事ができません》


 ……ようやくだよ。

 ようやくここまでたどり着けたよ。

 もうおいら、疲れたよ……。

 や、体に疲れがたまるとかそんな機能は有していないので、精神的に疲れたって感じなんだけどさ。


 当初は10,000個の増殖にそんな時間はかからないと踏んでいたが、全然そんな事はなかった。

 何故なら第2、第3の免疫が飛んできて、次々と戦闘になってしまったからだ。


 結局、戦闘になった免疫は100を超える。

 母体を死滅させたらもう免疫は現れないんじゃないの?


《回答:免疫は身体機能が損なわれていない限り、再生します》


 あーそう。

 じゃああれは第2、第3の母体ってことなの。

 って言うかさぁ、そうだったらそうって事前に教えといてよ。


 いくら増殖スピードが上昇したと言っても、複数の免疫との戦闘は本当に手こずったんだよ?

 新たなスキルも熟練度が足りていないのか、あの後まったく習得しなかったし、結局10,000個まで分体を増やせたのは、1日が経過した後だったんだからな。


 まあ、とは言っても、増殖に慣れて来ると免疫と戦闘をしながら増殖をする事も、かなり簡単になった。

 と言うのも、分体に抗体と戦わせて、母体はひたすら増殖を繰り返していれば良いだけなんだけどね。


《変異に成功する確率は100%です。

 変異しますか?》


 するよ! するする!

 これでようやく次のステップに進めるんだろ?

 人型になるにはまだ遠い道だけど、ようやくこれで一つの区切りだ。


 ああくそっ! なんか泣けてきた(泣ける機構を有していないけど)。

 何でこんな程度の事で泣いてるんだろ。

 ちょっと情けなさすぎるだろ。


《では、変異します》


 お? おおお? おおおお!?

 緑色の体が発熱して、虹色に輝き始める。

 でも全然綺麗とは思えず、ぶっちゃけキモイわ。


 これが変異するという事なのか?

 後にも先にも、自分の体が別のウイルスに変化する事を体験した人間は、恐らく僕が初めてだろうな。


《無事に変異しました。

 ステータスを確認しますか?》


 おおっ!?

 とうとう変異したかっ!!

 するする!

 ステータス確認するぅー!




《ステータス》


名前:なし

種族:インフルエンザウィルスO型(母体)

スキル:風邪E・増殖E・突然変異・分母転換・浮遊F・感染F・生殺与奪(New)

所持細胞:堕天使

分体数:1/10,000(単位:万) 



 おお?

 普通のインフルエンザウィルスからO型のウィルスへと変化したぞ?

 変化の媒体となったオークの細胞は消費したので、所持細胞から変え失せているな。


 ふむぅ。

 インフルエンザのO型とは何ぞや?

 A型やB型は知っているけど、こんなの聞いたことないぞ?


《回答:インフルエンザO型は、通常のインフルエンザウィルスの亜種です

 最大分体数が通常のものより多く、取得できるスキルの幅も通常のそれと比較し、多彩です》


 おお!?

 最大分体数が増えただと!?

 いやでも、どうせそこまで増えて無いんっしょ?

 今までかなり過酷な状態に置かれていたのだから、いきなり希望ある結果になる訳が……。


《回答:いいえ。

 インフルエンザO型の最大分体数は、突然変異前の1万倍です》


 ぱーどん?

 通常の1万倍?

 って事は、今僕の分体数は、通常のインフルエンザウィルスの最大値である1万体だから、そのさらに1万倍であるO型の最大分体数は……。


《1億体です》

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?

 いきなり上限突破しやがった!!

 え? 何これ何これ!?

 他人の細胞を取り込むって、ここまで変化があるものなの!?


《回答:はい。

 但し、今回の変化はそこまで大きなものではありません。

 取り込む細胞によっては、考えもよらない大きな変化が起こる場合があります》


 まじかー。

 これで小さな変化なんだ。

 ところで、覚えられるスキルが多彩になったって、どういう意味なん?


《回答:読んて名の如く》


 横着すんなやっ!!

 ちゃんと説明しろよっ!!


《回答:通常のインフルエンザウィルスでは覚えられないスキルを、覚える事が出来ます》


 おー、うん。

 マジで読んで名の如くだった。

 通常のインフルエンザウィルスでは覚えられないスキルって言われても、そもそもウィルスのスキルなんて知らないからなぁ。


 あーでも、いつの間にか、生殺与奪ってスキル覚えてるし。

 これって何なの?


《回答:人やモンスター等の生物へ感染すると、重篤化させる事が出来ます》


 重篤化……か。

 それって、抵抗力が低い人が病気になり易く、症状も酷くなりがちってイメージで良いのかな?


《その通りです。

 生殺与奪を常時発動させますか?》


 常時発動……か。

 どうしよう?

 まあ、別に悩む程のものでは無いか。

 うん。

 発動させるさー。




 ――――――――ドクン。




 ……どくん?

 生殺与奪を発動させた瞬間、宿主にしているオークの血圧が、跳ね上がった様な気がする。

 えっと、これ、いきなり宿主に効果を現しているん?

 まさか即効性の毒みたいな感じなん?


「ゴガアアアアアアアアアアアッ!!」


 うおっ!? なんだこれっ!?

 なんか宿主にしているオークが大声を出したと思ったら、いきなり暴れ始めた。

 何なのこれっ!?


《現在、熱が脳を侵し発狂中です》


 は、発狂中!?

 怖ぁぁぁぁ……。

 熱が脳を侵すって、相当ヤバイ状態だよね?

 確か脳ってある一定の温度に達すると、細胞が溶けちゃうんじゃなかったっけ?


(ガ……ガガギ……グググ……ゴゴ……)


 はうあっ!?

 オークがうめき声の様なものを上げたと思ったら、急に身体がドスンと跳ねた。

 これはまさか、オークが地面に倒れたのか?

 今まで聞こえていた「ヒュゴォォォ」っていうオークの息の音も聞こえなくなったし、何が起こったんだ?


《回答:脳内の温度が98度に達し、オークは死亡しました》


 ぶっ!!

 きゅ、98度ぉ!?

 そんなん熱湯やん!

 と言うことは比喩ではなく、マジでこのオークって頭沸いちゃったん?


 え、エグいなこりゃ……。

 これってもしかしなくても、生殺与奪の効果だよな?

 まさかスキルの発動と同時に即死するとは、思わなかった。

 まぁ、ご愁傷さまとしか言えないが、モンスターだしな……。

 人間を殺した訳じゃあるまいし、そこまで悲しむ事でもない……のか?


《宿主が死にました。

 このままオークの死体に留まるか、新たな宿主を探すか、選択して下さい》


 死体に留まるって、留まれるの?

 いやまぁ、風に揺られてフワフワとここまで移動してきたぐらいだから、このままオークの死体に留まる事も可能なのだろうけど。


《どうしますか?》


 どうしようねえ?

 オークの死体に留まるのと、新たな宿主を探すのでは、人化する目的を達するにどちらが近道なのだろうか?

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