第7話 堕天使アイアゲート②

(ぼ、僕は、インフルエンザウィルスなんです!!)


 自称インフルエンザウィルスたる者は、私の承諾を待たず、いきなり自身の身の上話を語り始めました。

 その内容は別の世界に住んでいた人間が、病原の原因となる存在に転生したと言う、不思議な話です。


 いやいや。

 それ本当の話なのですか?

 どう考えてもそんな事はあり得ないように思えるのですが、彼は至って真剣です。


(……良くわかりませんが、気が付いたらインフルエンザ? ーーーーですか。

 波乱万丈な人生ですね)


 ……実際、この方の仰る事は私の理解の範疇を超えており、意味が理解出来ない単語が並びます。

 ウィルス……は、理解出来ます。

 病魔の根源となるものでしょう?


 ですが、インフルエンザ……ですか?

 それって何なのでしょうか?

 その様な単語を聞いた事が無いので、私の頭では理解出来ません。


 ……ですがこの方は私の敵ではないという程度は、理解させて頂きました。

 但し、やけに魂の波動が高い事だけは、気になります。

 この方、前世は人間……なのですよね?

 彼の魂の波動は、神や魔等の高次元存在と同じ波動を放っています。

 普通、人間から神や魔に至るには、かなりの実績や経験が必要になるのですが……。


(……う!)


(う? もしかして胸、痛いのですか?)


(心臓が弱っていますからね。

 そりゃ痛いですよ)


(何かの病気なのですか?)


(まあ……病気と言えば病気なのでしょうね。

 貴方が言う事が本当なら、貴方はこの世界の者では無いのでしたっけ?

 堕天使と云うのは元々天界に属していながら、魔界に堕ちた存在です。

 その堕天した際に心臓を弱めてしまいまして、それ以降あまり無理できない体質なのです)


 まぁ……以前であるなら激しい戦闘をしなければ大丈夫だったのですが、日に日に病状が悪化している様な気がします。

 まさか日常生活で安静にしているのに、胸の痛みが襲ってくるとは……。

 もう本当に私は長くないのでしょうね。


(という訳で、寄生させて下さい)


(絶対に嫌です)


 という訳でって、何がという訳なのですか。

 馬鹿ですか貴方は。

 脈略も無くいきなり寄生させろと言われて、はいそうですと答える方って入るのですか?


(貴方の目的はヒト型になるまで、増殖を繰り返す事でしたっけ?

 この神殿の奥に向かえば、モンスターが出ます。

 そのモンスターに寄生すれば良いじゃないですか)


(えー……。

 モンスターって、ゴブリンとかそんなのですよね?

 目の前に堕天使なんていう、凄そうな宿主がいるのに、ゴブリンなんですか?

 なんか細胞のランクが天と地ほども異なる気がするんですが……)


(絶対に嫌です!)


 貴方の話を聞くに、貴方に寄生されたら私は高熱を伴う風邪を引くのでしょう?

 不治の病を負う者に、高熱を伴う風邪を移して良いですかと乞われても、嫌ですとしか答えようがないでしょう。


(でも、貴方がどんな変化を遂げるのかは、興味があります。

 なので、選別をあげます。

 宿主とされる事は拒絶しますが、私の羽から細胞を取り込む程度は許してあげます)


 彼は自分の体を増殖させて、人型になると仰いました。

 実は私も「とあるモノ」で人型を形成している存在なので、彼とはそのあり方が近いものだと云えます。

 ゆえに、がどんな姿に生まれ変わるのか、興味があります。


 ……ですが、私自身に寄生されるのだけは絶対に嫌です。

 寄生をせずに私の細胞を取り込む程度なら、100歩譲って許してあげても良いでしょう。


(では、失敬して……)


 彼はそう言うと、無言になりました。

 私の目では彼が何処にいるのか視認出来ませんが、恐らく私の羽から細胞を摂取しているのでしょう。


(……どうなったのですか?

 何か変化は有ったのですか?)


(ああ、いや、今すぐには変化しないみたいです。

 少し……いや、かなり時間がかかりそうです……)


 はぁ。

 そうなのですか?

 私の場合とは訳が違うみたいなので、彼がそう言うならそうなのでしょう。


(よくわかりませんが、変化が有ったら私に会いに来てください。

 縁が有るならまた出会う事も可能でしょう)


(天使様はどうするのですか?)


(私は体調が回復するまで、ここを動けません。

 回復魔法やポーションで治るものでは無いので、ゆっくりさせて下さい)


 まあ、少しでも回復したら奥宮に向かおうと思っているのですけどね。

 御神体には昔の私が貯蔵したエネルギーや、当時の信者達の信仰が残されているかもしれません。

 御神体に体を委ねる事で、回復も加速するかもしれないですからね。


(私の名前は、アイアゲート・セス・レイ・ファティマと言います。

 覚えておきなさい)


 そうして、この不思議な存在との会話が終了します。

 インフルエンザウィルスと称する彼は、そのまま神殿の奥に消えて行きました。

 さて。私も早くここから移動してしまいましょう。


「出なさい。我が眷属よ」


「キシャァァァァァッ!!」


 私は自身の眷属であるガルーダを召喚します。

 この子は私が神だった頃から一緒に居る、ペットの様なものです。


「ガルーダよ。

 私を背中に載せて、奥宮まで運んで下さい」


「キシャァッ!!」


 ガルーダは私を嘴でヒョイと持ち上げ、フサフサした黄金の背中にストンと載せます。

 はあ。自分で飛ぶ事も出来ない程に弱りきっているとは、情けない話です。

 かつては大空狭しと飛び回った事が、嘘の様ですね。

 

「あ。そう言えば彼の名前、聞き忘れてしまいました」


 ふと、そんな事に気付きました。

 まあ、自称インフルエンザウイルスとか仰っていたので、エンザ・インフルさんで良いか。

 彼もこの神殿の何処かに留まるみたいですし、その気になればまた直ぐにでも会えるでしょう。

 その時にでも本名を聞けば足りるでしょう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る