第6話 堕天使アイアゲート①


 私はアイアゲート・セス・レイ・ファティマと云う堕天使です。

 数日前、私は自身が所属する領地から海を超えて、この大陸に来ました。


「この神殿も廃れましたねぇ……。

 やはり司祭がいなくなり、誰も管理しなくなった神殿は、廃するのが早いです」


 今私は、リガガラ神殿という場所に居ます。

 天井は落ち、柱は倒れ、拝殿だった場所は野生のモンスターや悪霊の住処で、境内は藪という、所謂、廃神殿というやつです。


 実はこの神殿は、私にかなりの縁が有る場所です。

 何を隠そう、ここは私が堕天使へと堕ちる以前、この私自身を神として祀っていた神殿なのです。


「はあ。本宮にはオークが住み着きましたか。

 どうせ彼らを絶滅させても、時間が経てば違うモンスターが住み着くだけですしね。

 排除するのはやめておきましょうか」


 当時、私が祀られている時の神殿は本当に綺麗で、信者たちが頻繁に集う聖域でした。

 自分の祀られていた神殿がモンスターの巣になるのは、少し心苦しい気もしますが、これも時代の流れでしょう。


「奥宮にはモンスターが入り込んでいませんね。

 少しホッとしました」


 奥宮とは、云わば私の寝室だった場所です。

 ここは神殿の地下に存在し、普通の方法では行く事が出来ません。


「ああ……相変わらず綺麗な花です。

 心が洗われる様です」


 奥宮は少し大きい広間程の空間で、外壁は全て大理石で出来ています。

 そして其処には太陽の光が届かない場所でありながら、色とりどりの薔薇が咲き乱れています。


 そう、この薔薇は普通の花ではありません。

 これは全て、宝石である瑪瑙を加工して作られた、宝石花なのです。


「御神体も相変わらずですね。

 流石にこれは盗まれていると思いましたが、認識阻害の魔法も健在みたいですし、大丈夫だったようですね。

 嬉しい限りです」


 その宝石花畑の中心部分は台座として底上げされており、そこに私が祀られていた際の依代、つまり御神体があります。

 御神体は天珠と呼ばれる特殊な石で造られた石像です。


 この石像は私の姿を模して造られているらしいのですが、個人的にはあまり似ていない気がします。

 ですが当時の信者はこれを本尊として、私に祈りを捧げていました。

 まあ、堕天してからは、誰も祈りを捧げてはくれなくなりましたけどね……。


「はあ……。

 相変わらず胸が痛いですね……。

 最近は安静にしているのに、日常まで症状が出て来ましたか」


 御神体が置かれた台座の端に腰掛けます。

 私は不治の病に侵されています。

 恐らく1年後には、私は生きてはいません。


 故にこれが最後だと思って、縁のある地に赴いたり、お世話になった人に対して挨拶周りをしていたりします。

 その一貫として、私は自身の故郷とも云える、このリガガラ神殿に来たのです。


「この場所に来た理由は、この宝石花と石像を見に来る為でしたから。

 現存していて、本当に良かったです」


 御神体に手を当てて、宝石の波動を受け取ります。

 この御神体は神殿が建てられた後に置かれたのではありません。

 この場所に瑪瑙の原石が埋まっており、それを花や石像に加工したものです。

 なので、この場所で瑪瑙が採掘されたから、この神殿は建てられた。

 そう言い換えた方が良いでしょうか。


 私もこの御神体や宝石花を回収出来るのであれば、回収したかったです。

 ですがここの宝石は岩盤に同化しているので、壊さない限りこれらを外に持ち出す事が出来ません。


 そういう事情から、天珠の御神体と瑪瑙の宝石花は、ここに置き去りになりました。

 流石に愛着の有った御神体を壊すのは、忍びないですからね。


「……あれ?」


 そんな時でした。

 何でしょう。

 ふと、神殿の上空に高次元の存在が近づいて来る事に気付きました。


 人間……ではありませんね。

 魂の波動が人間やモンスターのそれではなく、もっと高次なエネルギーを発しています。

 敵……でしょうか?


 私は痛む胸を押さえながら立ち上がり、拝殿に歩いて行きます。

 戦闘になるにしても、できれば奥宮は壊されたくない……。

 今でこそ働きを失ってしまった御神体ですが、これにはかなり思い入れがありますからね。


 拝殿にまで来ると、適当な柱に背中を預けて、その場に座り込みます。

 どうやら相手は私をじーっと観察している様ですね。


(……誰ですか?)


 高次の存在は霊体のまま、姿を現すのを嫌う者もいます。

 ゆえに私は、現在目の前に居る存在に向かって、チャネリングを試みる事にしました。

 チャネリングは肉体を介さず、相手の精神に直接語りかける、スキルの一つです。


(……姿は見えませんが、私以外の魂がそこに居る事くらいはわかります。

 私に何か用ですか?)


 相手はその場に留まり、何かを考えているように感じます。

 これは私の問いかけに答えようか、悩んでいるのでしょうか?


(えーっと、僕の声、聞こえますか……?)


(……聞こえますよ)


 その声のイメージは、とても優しい男性の波動のものでした。

 口調やから判断するに、私に敵意を抱いている訳ではなさそうですね。

 彼はどこの誰なのでしょうか?


(貴方は誰ですか?

 何故、姿を隠しているのですか?)


(か、隠してなんて無いです!

 僕はここにいます!

 ぼ、僕は、インフルエンザウィルスなんです!!)


(インフ……はい?)


 ……何でしょうかそれ?

 新手のモンスターか何かですか?

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