第5話 堕天の少女


(……と言う訳なんです!)


 僕は堕天使の少女に、この世界に来てからの経緯を事細かく伝えた。

 って言うか、意思の疎通ができるとわかった以上、誰かにこの悲惨な状況を聞いてもらいたかった。 


 だってさ。

 営業車で寝ていて起きたら、いきなりこんな状況になってるんだぞ!?

 愚痴くらい聞いてもらってもいいじゃないかっ!


(……良くわかりませんが、気が付いたらインフルエンザ? ーーーですか。

 波乱万丈な人生ですね)


 堕天使の少女に同情された。

 とは言え、この子はウィルスこそ知っていたものの、インフルエンザ自体は知らなかった。

 ウィルスを知っているなら、インフルエンザを知っていても可笑しくないとは思うのだが、もしかしてこの世界は地球とは異なる概念を持った世界なのかもしれない。


(……う!)


(う? もしかして胸、痛いのですか?)


 堕天使の少女は、胸を押さえて何かに耐えているように見える。

 って言うかこの子、めちゃくちゃ可愛くないか?

 アイドルでもここまでのレベルの容姿はいないぞ?


 はっきり言って、その少女の姿は、僕にとって斬新な姿だった。

 背中には黒白混じった3対6枚の翼を有し、眼は青色と緑色のオッドアイだ。

 髪色は金色に輝き、肌は白く、その容姿を一言で称すると絶世の美少女である。

 教会とかに描かれている天使が実在したら、こんな容姿なんだろうなと思えるくらい、この女の子は幻想的な美しさを有しているのだ。


(心臓が弱っていますからね。

 そりゃ痛いですよ)


(何かの病気なのですか?)


(まあ……病気と言えば病気なのでしょうね。

 貴方が言う事が本当なら、貴方はこの世界の者では無いのでしたっけ?

 堕天使と云うのは元々天界に属していながら、魔界に堕ちた存在です。

 その堕天した際に心臓を弱めてしまいまして、それ以降あまり無理できない体質なのです)


 天使が堕天とか、どう考えてもファンタジーな世界だな。

 ファンタジーな世界観って事は、勇者や魔王とかも存在するのだろうか?


 ここは夢はでっかく、増殖を繰り返してヒト型になって、ウィルスを操る魔王とかを目指せればカッコイイなとか思うのだが、いかんせん、夢は果てしなく遠い。

 とりあえずは誰かに寄生して、細胞を取りこんだり、増殖したりする事が優先かな。


(という訳で、寄生させて下さい)


(絶対に嫌です)


 オオウ……。

 即答ですか。

 少しくらい考えてくれても良いと思うのですが。


(貴方の目的は人型になるまで、増殖を繰り返す事でしたっけ?

 この神殿の奥に向かえば、モンスターが出ます。

 そのモンスターに寄生すれば良いじゃないですか)


(えー……。

 モンスターって、ゴブリンとかそんなのですよね?

 目の前に堕天使なんていう超レアな宿主がいるのに、ゴブリンなんですか?

 なんか細胞のランクが天と地ほども異なる気がするんですが……)


(絶対に嫌です!)


 さっきよりも強く拒絶された。

 まぁ、仕方がないか。

 ウィルスに侵させて下さいなんて乞われても、普通に考えたら嫌だよな。

 僕がこの子の立場でも、絶対に断ると思うし。


(でも、貴方がどんな変化を遂げるのかは、興味があります。

 なので、選別をあげます。

 宿主とされる事は拒絶しますが、私の羽から細胞を取り込む程度は許してあげます)


 なるほど!

 細胞を取り込むと言うのは、何も宿主の身体に入りこまなくてもできるのか!

 これは盲点だった。

 今まで体に入りこまなくては細胞を手に入れられないと思っていたが、落ちている髪の毛とか爪とか、特定の条件が合致すれば、体内に入らなくても細胞を手に入れる事は可能なんだ!


(では、失敬して……)


 宙をふわふわ浮かびながら、少女の羽に付着する。

 うっひょぉぉぉぉぉっ!?

 これまたすっげぇ綺麗な羽なんですけど。

 白い羽を取り込もうかな?

 それとも黒い羽を取り込もうかな?

 この子、黒い翼と白い翼の両方が生えているから、どっちの羽の細胞を取り込むか、すっげー悩む。


 うーん。

 よし決めた!

 ここは両方の羽から少しずつ細胞を頂く事にしよう!


《堕天使の細胞を取得しました。

 ですが、現在のウィルスではこの細胞を取り込む事はできません。

 隔離の上、保存しますか?》


 はああああああ!?

 何だよ期待させやがって!

 取り込むことはできないって、どういう事だよ!


《回答:堕天使の細胞は最上級に位置する細胞です。

 この細胞を取り込むには、別のウィルスに変異しなければ、取り込むことはできません》


 変異! 変異! 変異!

 そればっかじゃねーか!

 いいよ! わかったよ!

 じゃあその隔離とかをしておいてくれよ!

 僕がもっと強いウィルスになった時の為に、取っておくよ!


《回答:了解しました》


(……どうなったのですか?

 何か変化は有ったのですか?)


(ああ、いや、今すぐには変化しないみたいです。

 少し……いや、かなり時間がかかりそうです……)


 残念だ。

 非常に残念だ。

 やっぱりコツコツと、身の丈に合わしながら成長して行かないと駄目って事か。


(よくわかりませんが、変化が有ったら私に会いに来てください。

 縁が有るならまた出会う事も可能でしょう)


(堕天使様はどうするのですか?)


(私は体調が回復するまで、ここを動けません。

 回復魔法やポーションで治るものでは無いので、ゆっくりさせて下さい)


(かなり苦しそうなのですが、薬無しに自然治癒するのですか?)


(まぁそこは高次存在の生命力って事にしておきます。

 さ、それでは早く行きなさい。

 私を狙う馬鹿な者がいないとも限りませんし、早く身を隠してしまいたいのです)


 ふーむ。

 事情が事情だし、仕方がないよな。

 じゃあこの堕天使様が言う通り、神殿の奥に進んでモンスターに寄生して、変異できるように頑張るか。


(私の名前は、アイアゲート・セス・レイ・ファティマと言います。

 覚えておきなさい)


 アイアゲート……ね。

 よし、覚えたぞ!

 次に会う時は僕も成長した姿を見せるからね!

 僕の事も覚えておいてくれよね!


《ステータス》

名前:なし

種族:インフルエンザウィルス(母体)

スキル:風邪F・増殖F・突然変異・分母転換・浮遊F

所持細胞:堕天使(New)

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