第4話 朽ち果てた神殿
ふわふわと空中を漂いながら、宿主を捜す。
眼下に広がるのは、一面の森であり、建造物らしきものはまったく見当たらない。
えっと、確かここはパーティカルウィティカって星だったっけ?
もしかしてこの星は一面、森ばっかりで、文明レベルも紀元前とかそんな感じなん?
と言うか、今俺は何処に居て、何処に向かっているんだ?
《回答:現在地は南方大陸の北部、赤道に近いゲルンの森上空を東に進んでいます。
ゲルンの森は世界最大の密林であり、ここより大きい森は存在しません》
ほぉ?
つまりこのゲルンの森とは、地球で言うアマゾンの様なものか。
他にこの世界にはどんな地域が有るん?
《寒冷地や熱帯地域、氷河や砂漠、平野に山脈、海洋はもちろんの事、地底大陸や空中大陸、魔大陸などが有ります》
おおお!?
地底に空中に魔大陸だとぉ!?
と言う事は地底には地底人が住んでいて、空中大陸には天使が住んでいて、魔大陸には魔神がいたりするの!?
《肯定。います》
すげぇ!
面白そう!
いやぁ、最初に寄生していた宿主が魔法を使っていたから、天使とか魔王とか居るのかなぁ〜って思っていたけど、やっぱり居るんだな!
じゃあ文明レベルはやっぱりファンタジーな世界観で、科学文明とかは存在しないん?
《ファンタジーな世界観の定義が不明なので、回答できません。
文明レベルは君主制を採用している国家が大半を占めており、民主制国家は1つしか存在しません。
科学文明についても定義が不明なので、回答出来ません》
ふむー。
その回答から導くに、科学文明は無いか、有っても中世レベルなのかな?
君主制国家が大半を占めていると言う事からしても、そう的外れでは無いと思う。
このゲルンの森には人って住んでないの?
《回答:現在地から東に30km程進んだ先に、タームコームと呼ばれる街があります。
人口は10,000人程で、この地域では最大の街になります》
ほほう!
街があるとな?
距離的に大阪から京都へ行く位の距離かな?
今の僕の移動速度だとそう近くはない距離だけど、誰かに寄生するという目的上、その街に行かざるを得ないだろ。
ーーーーフワフワと浮かびながら、ゲルンの森上空を移動する。
ちなみに僕は今、意識体である母体を中心に、180個の分体が周囲に付き添うような形で、浮遊している。
分体は母体の出した指示に忠実だし、母体の意識を分体に移したりする事も可能だ。
このスキルは『分母転換』というスキルであり、これが後にどう生きて来るかはわからない。
でも、わからないでは多分この先困るよね?
そうなると、僕にできる事とできない事を、早めに整理する必要があるな。
今のままでは何ができるのか、不明確過ぎるからね。
ふむ……。
自分が出来る事と、出来ない事か……。
まだこの世界の世界観を熟知している訳ではないので、一概には言えないけれど、やはり重要になるのはスキルなのかなぁ?
ステータスにはHPや攻撃力などの項目が無かったし、恐らく間違ってはいないと思う。
そういやスキルで思い出したけど、さっき移動のスキルを手に入れた時、初期スキルがどうのって創造主の記憶は言っていなかったか?
もしかして現時点で他に覚えられるスキルとか、ある訳?
《回答:現在覚えられるスキルは、ありません。
新たなスキルを覚えるには、一定の条件を満たす必要があります》
なんだよ。
もう覚えられないのか……。
って言うか、一定の条件って何だよ。
例を示してくれよ。
《回答:例として、突然変異した際は、変異したウィルスが有するスキルを手に入れること等が挙げられます》
また突然変異か……。
他にスキルを手に入れる方法はないのか?
《分体数が一定数に達した場合や、ウィルスとして多数の存在を感染させる等、特定の状況下で熟練度を積んだ場合も、スキルを覚える事があります》
つまり、スキルを入手するには、①個体数を増やす、②突然変異、③熟練度を上げる。
以上の内容を達成した場合に、習得する事ができるんだな?
《回答:有っています》
ふむー。
と言う事は、やっぱり宿主を捜す以外に選択肢は無いな。
ウィルスとして多数の存在を感染させるにも、個体数を増やすにも、変異するにも、まずは宿主に寄生する事が必要になる。
なんか、つくづく僕ってウィルスなんだな……。
何がどうなって、僕はこんなウィルスに転生してしまったんだろう。
涙を流せるんだったら、絶対に泣いてると思う。
ーーーーと、そんなこんなで空を浮遊していたら、眼下に広がる木々の隙間から、白っぽい建造物のような物が見えた。
あれは何だろう?
降りてみてもいいんだけど、もし危険な場所だったらどうしよう?
《回答:危険性で言えば、現在の状況の方が危険です。
現在この地域に雨雲が近づいています。
あと30分もすれば、豪雨が降るでしょう》
はぁぁぁ!? マジか!?
ウィルスは湿気に弱いんだぞ!?
雨なんか降ったら、水分が体に付着して、流されちゃうじゃん!!
《回答:そうなる可能性は著しく高いです。
もし雨に流された場合、死滅する確率は99.99%を超えます》
それって絶対助からないって事だよな!?
ふざけんな!
こんな体になっても僕は頑張って生きて行こうと決めたんだ!
街は……そのタームコームとか言う街はまだ見えないのかっ!?
《回答:現在の移動速度では貴方が街へ到着する前に、雨の方が先に降り出してしまいます。
生存率を上げるには、地上の建造物に避難する事をお勧めします》
ちくしょぉぉぉ!!
わかったよ!
街に行く前に、雨宿りするよっ!!
って言うか、なんか今遠くの空で稲光がしたんだけど。
やばい! このままじゃ、本当に雨に流されてしまう。
降りるよ! 直ぐに降りるよ!
ちくしょう! 雨が降った位で死滅するとか、なんて僕は貧弱なんだ!
◇
地上に降りる。
空から見えた建造物は、朽ち果てた神殿だった。
神殿の周囲は青々とした森に囲まれており、空から見ている限りでは、周囲に他の建屋は存在しなかった。
森の中にポツンと建てられた神殿と云えよう。
神殿は大理石で出来ており、柱の一つ一つには豪華な彫刻が施されており、芸術品と呼んでも語弊はない狛犬の様な石像も備えられている。
だが柱や屋根など、至る所が崩壊している事から、恐らくこの神殿に管理者はいないのだろう。
いったい誰がこんな森の中にこんな豪華な神殿を立てたんだろうね。
《回答:この神殿はリガガラ神殿と云います。
過去この周囲に集落を構えていたメノウ族が建てたもので、自身らが信仰する神を祀った神殿です》
ふーん。
どんな民族なん?
《不明。現在メノウ族は絶滅しており、今お伝えした以上の事は創造者の記憶にも残されておりません》
そうなんだ。
まぁ創造者の記憶にも残されていないのなら、それ程重要な神殿では無いのだろう。
神殿の奥に入る。
1階部分は天井や柱が崩れており、大部分で露天になってしまっていた。
これでは降雨から逃げることが出来ない。
暫く屋内を探索すると、地下に降りる階段があった。
ほう。この下は何だろう。
ここなら雨も防げそうだ。
地下に降りると、そこは大きな拝殿の様な場所だった。
うわぁ……。すごいな。
今でこそ朽ちているが、元はかなり豪華だったのだろう。
フワフワ浮かびながら、観光がてら拝殿内を見て回る。
すると拝殿内の柱の陰に、翼がある天使みたいな少女が座りこんでいた。
って、翼ぁ!?
うひょぉぉぉぅ!!
すげぇぇぇっ!!
天使なんて初めて見た!
ちょっと感動なんですけどっ!!
その天使は胸を手で押さえて苦しんでおり、非常に息が荒い。
これは、心臓とか肺とか、そのあたりを怪我しているのだろうか?
いやぁ……変な事を言っているのはわかるんだけど、苦しんでいる姿すら美しい……。
なんまんだぶ。なんまんだぶ。
(……誰ですか?)
ーーーーと、なんか急に頭の中に少女の声が響いた。
え? これっていつも聞こえている創造主とかの声じゃないよな?
これは誰の声なんだ?
(……姿は見えませんが、私以外の魂がそこに居る事くらいはわかります。
私に何か用ですか?)
私以外の魂って……。
もしかしてこの声って、目の前で胸を押さえて苦しんでいる天使様なん!?
この子、僕の事を認識できているのか!?
(私は魔王軍に属する迦楼羅族の堕天使です。
貴方も名乗りなさい。
今私は貴方の顕在意識に、直接チャネリングしています。
私の声が聞こえるでしょう?)
……まじか。
チャネリングって確かテレパシーみたいなものだよな?
どうしよう? 返答するか?
でも子、魔王軍とか堕天使とか自称しているし、もし悪人だったら危険なんじゃないか?
あーでも、この体になって初めて他人に話しかけられたからなぁ。
今後、僕を認識できる人がどれだけ居るかもわからないし、話しかけてみるか……?
(えーっと、僕の声、聞こえますか……?)
(……聞こえますよ)
おおおおおおおおおおおお!?
まじか!? 意思疎通ができたぞ!?
あかん。
更になんまんだぶ。
感動で心がじーんとして来る。
もうこの子が魔王軍でも堕天使でも、どうでもいいや。
それよりもこの子ともっと話をしてみたい。
インフルエンザウィルスなんかになってしまって、他人との交流は絶望視していたのだ。
なのに、こうやって僕の事を認識してくれる人に出会えるとは、不幸中の幸いだ!
(貴方は誰ですか?
何故、姿を隠しているのですか?)
(か、隠してなんて無いです!
僕はここにいます!
ぼ、僕は、インフルエンザウィルスなんです!!)
(インフ……はい?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます