第3話 移動手段を確保しました

 さてと。

 じゃあ早速、増殖してみる事にするか。

 思い立ったが吉日だ。

 太陽や湿気の無い場所に移動するのも急がなければならないが、移動手段は風に吹かれるだけしか無い状態だし、今はできる事を頑張ろう。


《増殖しますか?》


 するよ! するする!

 インフルエンザなんて一回のクシャミで200万個のウィルスが有るっていうのに、僕はまだ単体だ。

 流石にそれはひ弱過ぎるし、この過酷な現況を生きるのに厳しすぎる。


《増殖します》


 お? おおお!? おおおおお!?

 なんか体がブルブル震えて来た!

 まるでメタボ防止にお腹に着ける健康器具みたいだ!


 グロテスクな体が振動したと思ったら、むにゅーっと体が引っ張られて行き、二つに分裂する。

 おおお!?

 き、キモいぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 何処かで見た様なウィルスが、僕の目の前に現れる。


 え? これって僕の分体、所謂ドッペルゲンガーみたいなものだよね?

 薄々は気づいていたけど、この増殖した分体って母体である自分自身と瓜二つの姿なんだよね?


《肯定。容姿だけではどちらが母体か判別つきません》


 まじかー。

 ちょっとこれ、かなりヘコムわ。

 生前はそこまでイケメンでもブサイクでも無い普通な容姿だったけど、流石に自分の容姿がここまでグロテスクに変貌してしまうと、精神に来るものがあるわぁ……。


《引き続き増殖しますか?》


 あー、うん。

 そう……だね。

 気を取り直して増殖を繰り返す事しか、今はやる事が無い状況だしね。


 よし! 

 とりあえず容姿の件は一旦無視して、増殖を4,500億回繰り返そう!

 それまでに気がめげてしまわないか不安だが、辛い環境でコツコツやるのは、慣れているしな。


 さあ! 頑張るぞ!









 ゼイゼイ。

 増殖を繰り返し、3時間経った。

 3時間かかって、増殖した数は、たったの180個。

 一つ分裂するのに約1分かかっているから、単純計算で4,500億個になるまで、85万年以上かかる計算になる。


 ふざけんな!

 そんなのやってられるか!

 コツコツ頑張るって言っても、そんなん発狂するわ!


 って言うか、何で増殖するのにこんなに時間がかかるんだよ!

 ウィルスなんて、1日で何百万とかの数に増えるのが普通じゃないのか!?


《回答:現在の増殖ランクはFなので、増殖速度は最も遅いものとなります。

 またウィルスの種別や環境、宿主の有無などによって、増殖速度は変化します。

 今の状況では、現在の速度で限界です》


 つまり、誰か宿主を見つけて、寄生しろって事なのか!?

 そんな事言われても、僕の移動能力は風に吹かれるだけなんだぞ!

 地上に降りる事もできないし、どうしろって言うんだ!


《回答:私は感情を持ち合わせていません。

 ゆえに、貴方に必要なアドバイスを上手く導き出す事が出来ません》


 感情を持ち合わせていない

 って言うか今まで気にしてなかったけど、この声って何なの?

 なんかわからない事ばかりなんだけど。


《回答:私は貴方を創造した創造主の記憶です。

 貴方は成長の段階に応じて、創造主の記憶にアクセスできる権限があります》


 創造主?

 神様って事?

 いやいや、突っ込み処満載なんだけど!

 なんでその創造主の記憶にアクセスできるの!?

 いや、そもそも、何で俺はウィルスなんかになっちゃってるの!?


《その質問は、現在の成長ランクではお答えできません》


 ふんがー!!

 じゃあ成長すれば謎が解けていくんだな!?

 何で僕がこんな体になっちゃってるかも、わかってくるんだな!?


《そのとおりです》


 ああくそっ!

 とりあえず数を増やす以外に、成長も必要みたいだ。

 って言うか、成長って何?

 ウィルスってどうやったら成長するの?


《回答:突然変異を繰り返して、異なる種族のウィルスに変異する事を、成長と呼びます》


 はぁ。そうですか。

 突然変異して異なるウィルスになる事を言うのですか。

 でも極論すると、真実を知りたくなければ、突然変異もしなくて良いって事になるよな?

 個体数を増やす以外にも、突然変異する事を視野に入れた方が良いの?


《回答:人型になるには4,500億個の増殖が必要です。

 但し、突然変異を起こさないのであれば、増殖できる分体の数は1万個で上限となります》


 オオウ……。

 っていう事は、人型を目指すには、突然変異は必須って訳か……。

 そうすると今後の流れは、突然変異 → 増殖――ってサイクルをひたすら繰り返す事になるんだけど、それで有ってるよね?


《有っています》


 わかった。

 じゃあ僕、突然変異する!

 さっきみたいに、リストを掲示してくれ!


《現在の条件下では、変異する事はできません》


 ぐあーーーーっ!!

 ああ言えばこう言う!

 じゃあ変異する条件って、何なんだよ!


《回答:変異の条件とは、他の生物の細胞を取り込む事により生じます》


 他の生物の細胞を取り込むって……。

 つまりウィルスらしく、誰かの体内に入りこめって事なのか?

 そうすれば僕は変異できるのか?


《そのとおりです》


 ふーむ。

 じゃあ、僕がヒト型に戻るためのプロセスは、こういう事なのか?


 ①誰かに寄生する

 ②細胞を取り込む

 ③突然変異する

 ④増殖する

 ⑤4,500億個まで増殖する

 ⑥ヒト型になる


《有っています》


 ぐお……。

 なんか物凄く先が長そうな状況だな……。


 つまる所、まずは誰かに寄生しなくてはならんのか。

 でも今の僕は空に浮かぶしか手が無いし、やっぱり移動手段を手に入れなければ、どうしようもない。


 むむむ。

 まさかこれ、詰んだ?

こんな上空で都合よく生物に寄生出来るとは、到底思えないんだけど。


《回答:自己の意思で移動するには、移動に関するスキルを習得する必要があります。

 このスキルは初期スキルの為、特別な条件の有無にかかわらず、習得可能です。

 移動に関するスキルを習得しますか?》


 おお!?

 マジで!?

 移動手段が無償で手に入るの!?


 取得するよ!

 絶対にする!

 増殖するにしても、頭数に上限があるし、変異するにしても、誰かに寄生しなくちゃいけない。

 この話だと、移動手段を取得しないと、何にもできないからさぁ!


《スキル『浮遊F』を取得しました。

 このスキルは、風の力を借りる事なく、自分の意思で移動が可能になります》


 お!? おおお!?

 なんか、風が吹いているのに、逆風に逆らえるようになったぞ!?

 凄い! これは凄い!

 どんなに強い風が吹いても、スキル使用中は風に流される事なく、右に左に動けるじゃないか!


 よし!

 これで移動手段ができた!

 次は宿主を捜して、寄生しなきゃいけないな!

 でないと経験値を貯める事もできなければ、数を増やす事もできない。


 ふふふふふ。

 なんだか楽しくなってきたぞ!

 最初はどうなるかと思ったけど、何とか希望が見えてきた!

 えい、えい、おーーっ!!





《ステータス》

名前:なし

種族:インフルエンザウィルス(母体)

スキル:風邪F・増殖F・突然変異・分母転換・浮遊F(New)


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