第2話 ウィルスとして生きる


 吾輩はインフルエンザウィルスである。

 名前はまだない。

 うん。

 意味が分からないかもしれないが、どうか理解してほしい。


 と言うか、目が覚めてから2日が経った。

 目が覚めた当時は自分の置かれている状況を認める事ができなかったが、それを認めなければいけない状況が次々に出てきた。


 まず、僕に睡魔は無い。

 性欲も無い。

 食欲も無い。

 便意も催さない。

 最後に、緑色の球体である。


 うむ。

 何でこうなったのかマジで意味不明だが、こうなったら認めざるを得ない。

 だから、大事な事なので、もう一度言う事にする。


 吾輩はインフルエンザウィルスである。


 ……とまぁ、それが今僕の置かれている状況である。

 ちなみに、最初に僕がこの体の変化に気が付いたときは、誰か他の人の身体に寄生していた。

 だがその宿主がクシャミをした瞬間、宿主の体内から外に吐き出されてしまった。

 流石ウィルスだ。


 今僕は風に揺られて、ふわふわと宙を漂っている。

 眼下はアマゾンよろしく、でっかい森だ。

 時刻は夜で、空には赤い満月が浮かんでいる。

 また、遠くからは聞いた事の無い動物の声とかが聞こえるのだが、その姿までは視認できない。

 いったいここはどこなんだろう?


 少し、今の状況を整理してみる。

 まず、寄生していた宿主と一緒にいた女性は、魔法なんてものを使用していた。

 魔法なんて存在が有るとは、まさかここは地球ではないのか?


 いきなりインフルエンザウィルスになった状況から考えるに、僕は営業車の中で心臓発作にでもなって、既に死んでいるのかもしれない。

 いや、あくまで仮定の話なんだけど、それで僕は輪廻転生とかして、異世界のインフルエンザウィルスに転生してしまったのではないだろうか。


 ……なんか、とんでもない仮説だな。

 とんでもない仮説ではあるのでが、状況的に間違っているとも思えない。

 でないと、こんな突拍子も無い様な出来事が起こるとは考えられない。


 ……まぁ、生前はブラック企業の社畜人生だったし、地球での暮らしを清算する事については、別に良いんだけどね。

 身内もいなければ交友関係も無かったし、生きる喜びなんて感じられない人生だったしね。


 ふわふわと宙を彷徨いながらそんな事を考える。

 はあ。本当に僕ってウィルスなんだなぁ。

 今は殆ど無風なのに、なすがままに何処かへ流されて行っているもんなぁ。


 ……いやでもこれ、いつまでこうやって空を漂い続ければ良いのだろう。

 自分で行く先をコントロールできれば良いのだが、今はこうやって風に行き先を任せるしか手がない。

 もしかしてこのまま宙に漂い続けたら、とんでもない事になるんじゃないか?


 インフルエンザウィルスは、湿度や高温に弱い。

 今はお月さまが出ているし天候も問題は無いのだが、もし雨が降ってきたりすると、僕はどうなってしまうんだろう?

 これってまさか、かなりまずい状況じゃないだろうか?


 ーーーー少し、今の自分にできる事を考えてみる。

 今の僕はウィルスだし、歩くことも飛び跳ねることも出来ない。

 移動方法は著しく限られると云える。

 其処から導かれる移動方法は……。


 その①、宙に漂う。

 以上!


 ……え? 本当にそれだけ?

 僕ってもしかして詰んだ?

 手も足も無いし、自分の思う所に自由に行けないし、風に流されるしか出来ない状況で、危機的な状況に陥った時はどうやって見を守れば良いの?

 例えば、隠された能力とか……ウィルスの能力なんて想像できそうな部類しか思い当たらないけど、何か方法はないのだろうか?


《ステータスを確認しますか?》


 ぬおっ!?

 なんか頭の中に、変な声が鳴り響いた。

 ステータス? ゲームみたいに?

 い、いや、驚いている場合ではない!

 確認するぞ!

 このまま宙を漂っているだけなら死滅してしまう。


《ステータスを表示します》

名前:なし

種族:インフルエンザウィルス(母体)

スキル:風邪F・増殖F・突然変異・分母転換






 ……え? これだけ?

 っていうか、母体って何?

 ウィルスに母体ってあるの?


《母体とは、増殖時の核となる存在です。

 母体より増殖した分体が死滅しても、母体に影響はありません。

 ですが、母体が死滅すれば、分体も全て死滅します》


 ……僕の知ってる疫学とは違う概念なんだが。

 母体が死ねば増殖したウィルスも死ぬとか、どこの世界の疫学なんだ?


《パーティカルウィティカ。

 それがこの星の名前です》


 パー?

 そんな星、聞いたことないや。

 と言うか、本当にここは地球では無いんだな……。

 薄々は感づいていたけど。


 じゃあ、風邪・増殖・突然変異ってどういう意味なんだ?

 いや、普通は想像できるんだが、此処が異世界であると言うのであれば、地球の疫学は役に立たない。

 この世界のインフルエンザウィルスは、感染する事でどんな症状が生じるんだ?


《風邪とは、対象に寄生して熱・咳・鼻水・筋肉痛・関節痛・頭痛・食欲不振・倦怠感などを与えます。

 ランクがFなので、一般的に普通の風邪と同程度の症状だと理解して差し支え有りません。

 このスキルは対象に寄生すれば自動的に発動します》


 そのままかい!

 じゃあ他はどうなんだよ!


《増殖とは、母体の意思により、母体の手足となる分体を作り出すスキルです。

 作り出すことが出来る数は、ウイルスの種類により左右されます。

 ランクがFなので、増殖速度は最も遅いものとなります》


 はぁ?

 これってつまり、自分の意思により自由に増殖できるって事だよな?

 確かにウィルスは増殖するのは知ってる。

 だがな、普通ウィルスは単体では増殖しないだろ?

 いや、そもそも、ウィルスに自我が宿っている事自体、ありえない事ではあるのだが。


《突然変異とは、現在のウィルスとは異なるウィルスになる事をいいます。

 これはインフルエンザウィルスとしての種族特性であり、他者からラーニングを受けたり、奪われる事もありません》


 インフルエンザウィルスから発展した突然変異のウィルスか……。

 まぁ、確かにウィルスは変異するからな。

 ラーニング云々は良くわからんが、まぁとりあえずそれについては後回しで良い。


《突然変異により変異するウィルスは、多岐に渡ります。

 ウィルスの一覧を見ますか?》


 ウィルスの一覧か。

 それってインフルエンザA型とかB型とか、そういうのだろ?

 まぁ……一応見てみるか。

 そんな数が有るとは思えんのだが……。


《一覧を掲示します》


 ーーーーと、いきなり頭の中に、億を超える項目が表示された。

 ちょ! 突然変異ってこんなに数が多いの!?

 これどっからどう見たらいいの!?


《検索機能を活用しますか?》


 検索って……そんな便利なものがあるの?

 ……なんか致せりつくせりだな。

 生きて行くにあたり、便利なウィルスが有れば良いんだけど、ウィルスの種類なんて詳しくないしなぁ。


 ちょっと悩んでみる。

 って言うか、「どんなウィルスになりたい?」って聞かれても、「どんなウィルスにもなりたくねーよ」としか答えられん。


《ウィルス以外への変異はできません》


 やかましいわっ!

 薄々感づいてはいたっての!

 人間に戻れるとは思っていないけど、少しくらい夢を見たっていいじゃないかっ!


《回答:ヒトには変化できませんが、人型に変化する事は可能です》


 は!? え!? 今、何て!?

 ヒトにはなれないけど、人型にはなれたりするの!?


《回答:肯定。

 増殖を繰り返し、分体が4,500億個程度にまで達した場合は人型になれます》


 はぁ!? 何だよその天文学的な数字は!?

 って言うか、それだけの数まで増殖してどうしようってんだ!?


《回答:合体します》


 戦隊モノのロボットか!!

 ああくそっ!

 もうこうなったらヤケだっ!


 何故こんな状況に陥ってしまったのか本当に理不尽だが、インフルエンザウィルスとして、生きてやる!

 それで増殖を繰り返して、人型に戻ってやる!

 ブラック企業で10年頑張った僕の精神力を舐めんな!


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