第2話僕はカエルになっちゃったようです

 ――おおーい……


 遠くで知らない人の声が聞こえる。


 ――起きろよ! おいってよ!!


 うるさいなぁ、もう少し寝ていたいんだよ……。

 社会人デビューして、およそ1ヶ月。

 疲れが溜まってるんだよ!

 それにさ、やっと初任給が出た週末の日曜の朝だろう?

 昨日は初めて自分で稼いだ金で、ずっと欲しかった『ヤツ』を買ったんだ。

 まぁ、それ自体は1万円くらいだったけれど、ヒーターとか水槽とか他にも色々と新調したから、ちょっと背伸びした買い物だったんだよ。ちょうど僕の誕生日だったしね。

 はしゃいじゃう夜ってのも当然だろう?


 ――ったく起きねぇな……でも間違いないよなぁ


 間違いない?

 なんのことさ?


 ――さっきこいつ「ぎゃあぁぁぁ!!!」って言ってたもんな。うん、間違いない


 だから、なーにーがー!?

 僕は眠いんだよ!


 ――起きろ! アカメ! 麻野アカメ22歳! あ、23歳になったのか、おめでとー!


 あ、どうもです!


 ――おめでと言ってる場合じゃなかった……だから起きろっての! アサノアカメ23歳さんよ!!


 バチっと頬を叩かれた感触で、僕は微睡まどろみの世界から抜け出した。

「うーん。変な夢を見てた気がするなぁ……」

「そりゃぁ夢じゃねえと思うぜ? 多分な」

 見知らぬ人の声がする……。

 いや、この声は知っているぞ。<<下の方にいる人の声>>だ!!

 ガバっと身を起こそうとするけれど、なぜかイメージ通りに起き上がることができない

「ギャハ! これぞまさにヒックリカエル!!」

 なんだよそれ?

 ぜんぜん面白くないけど?

 僕が仰向けに寝ているのがそんなに面白いのかな?

 というか、なんで僕は起き上がれないんだ??

「おい、麻野アカメ! 起き上がるのはともかくよ、とりあえず頭を覚醒させて、しっかり目を開けてみろ!」

 取りあえずそれに従って目を開けると、視界の中央に<<薄茶色でイボイボしたなにか>>がいた

「おはよう、アカメ! はじめましてじゃないけど、ハジメマシテ! 羽生飛鳥はぶあすかでござーい!」

 嘘つけ! お前はどう見ても、ニホンヒキガエル……通称ガマガエルだろうが!

 ……はぁ?

「なんでガマガエルが喋ってんのぉぉぉ!!!」

「うんうん。分かるぞ……その気持ち。まぁとりあえず起きろや」

「だから、うまく起き上がれないんだって!」

「体を正面から起こそうとするからダメなんだよ。一旦、横に転がって腹ばいになるといい」

 言われた通りにしてみる……四つん這いの完成だ。

 なんだこれ? 妙にしっくりくるなぁ……

「そうそう、それでいい。それが今のお前にとっての<<起きる>>ってやつだ」

「どういうこと?」

「よーく考えるんだ……まず俺は何に見える?」

 横目でチラリと声の主を確認する。どうみてもガマガエルだ

「ガマガエルですね」

「正解! それで大きさ的にはどう見える?」

 大きさ?

 ……デカいな。とてつもなく。ありえないほどデカい!

「デカいっす……」

「そう見えるだろうなぁ。だがそれは不正解だ。俺は別にデカくない」

「どういうことっすか?」

「お前が小さくなったんだよ」

 なるほど、理にかなっているな。だが、分からん!

「分かんねぇっす……」

「無理もねぇか……。仕方ねぇ荒療治だ! もうアンサーから言うぜ? お前はカエルになっちまったんだよ!」

「は、はぁ!?」

 何いってんだコイツ……いや、待てよ。心当たりがあるな。

 そういや、さっき僕の手がアカメアマガエルの御手々になった夢を見た。

 それに、さっきから会話しているガマガエルには、見覚えがある

「あの……もしかして君、ヒッキーかい?」

「ギャハ! お前に付けられた名前ってことなら正解だ。本名は羽生飛鳥だけどな!」

 『ヒッキー』は僕が飼育しているガマガエルの名だ。

 地元の茨城県にある実家の、近所の水辺で捕まえて、それから3年ほどペットとして飼育してきた愛蛙だ

「羽生飛鳥ってのは……?」

「俺の本当の名前だな。簡単にいやぁ人間だった時の名前ってことだな」

「君って人間だったのかい?」

もとな!」

「なんかスンマセン……」

「なにがよ?」

「いや、なんか捕獲して3年も飼ってしまって?」

「別にぃ。結構快適だったし構わんよ?」

「そっすか、それなら良かったです」

 で、だ。

 考えたくなかったこと、をいよいよ確認しなくちゃならないようだ。

 まずは、それを確定しなければ、話が先に進まないからね


「で、ですね」

「うん?」

「あの、やっぱアレですかね?」

「うん??」

「僕もその……カエルになったってことでオケですかね?」

「オッケーだ」

「昨日買ってきた『アカメアマガエル』になっちゃったってことっすかね?」

「カエルの名前なんて俺は知らねぇけどな。昨日お前さんが、俺と一緒に新しい水槽に入れた<<変に発色が綺麗なカエル>>になったってので間違いねぇな」

「はぁ、やっぱそうっすよね……」

 見ないようにしていたけど、観念して水槽に映っている自分の体を確認してみる。

 ギョロッとした大きな目玉は朱色で、体の上半分は鮮やかな黄緑色。その下半分は綺麗な白色。黄緑と白が交わる辺りに青色の文様が差し込まれている。

 手の平が大きくて、綺麗なオレンジ色をしているのが特徴的だ。

 『アカメアマガエル』

 キーホルダーとか雑貨のデザインなどにも取り入れられる、愛嬌のある綺麗な姿を、名前を知らなくても見たことがある人は多いのではないだろうか?

 そんな自分の姿をジロジロ見ていたら、水槽に映るカエルを透かして、ニンゲンが寝ていたはずのベッドが見えた。

 あれぇ?

 普通に人間の僕が寝ているんだけど……

「あの……羽生さん?」

「なんだ?」

「あそこ、普通に僕がベッドの上で寝ているような気がするんですけど?」

「そうだねぇ」

「どういうことですか?」

「そういうことだねぇ」

「いや、ワカンネっすよぉー。もしかして僕とカエルが<<入れ替わった>>ってことっすか?」

「ああ、それは違うらしいよ」

「(どういうことだってばよ)ええと、それじゃぁ人間に戻る方法とか、あるんですかね?」

「あるねぇ」

「マジっすか!? 教えて下さいよぉ」

「うーん。教えていいのかなぁ。人間に戻る方法はな、試練を乗り越えて賢者に会って初めて知ることが許されるのだよ」

「なにそれ!? RPGっぽい!」

「四聖と呼ばれる賢者がいてな、その四人が『カエル化』の秘密を部分的に教えてくれるらしいのよ。俺は<<人間に戻る方法>>を知っている賢者に会ったことがあるのだ」

「すげぇ、試練ってやつを乗り越えたんスね?」

「まぁな!」

 羽生さんがそう言って胸を張る。

 胸の辺りのイボイボが強調されて、若干キモい

「そっかぁ、じゃあ僕が羽生さんから<<人間に戻る方法>>を聞くってのは、ルール違反になっちゃうってわけですね?」

「どうなんだろうなぁ。まぁ別にいいんじゃねぇかな?」

「軽いっすね」

「別に罰が下されるわけでもないだろうからな」

「そんじゃ、教えて下さいよ」

「いいよ。それじゃぁ、俺がカエルになった時の話からしようか」

「そっからっすか!?」

「最初から話したほうが分かりやすいんだよ。いいから聞けや」

「はい」

 こうして、僕は羽生さんがカエルになってしまった時の物語を聞くことになった。

 うん、ちょっとワクワクするな。

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