アサガエル

ビバリー・コーエン

第1章

第1話プロローグのようなもの

 朝。

 僕が目を覚ますと、そこは土と、木と、水と、そして少し生臭い匂いのする場所だった。

 あ、あれぇ?

 僕の家は都内の築浅のアパートだし、そんな匂いがするわけないんだけどなぁ……。

 周りを見ようとキョロキョロと首を動かそうとしたら、眼球がグルリと大きく動いた気がした。

 いや、視界が半回転したから恐らく動いたのだろう。

 寝起きだからか、脳と体がうまくリンクしていないような気がする……。

 僕は取り敢えず、周囲を大まかに見渡すことにした。

 いつもより、視認できる範囲が広いような気がする。

 見えた範囲のそこは、僕が眠りについた自分のベッドでは確実にありえなくて、だけれど、どこか見知った場所であるのがわかった。

 いやいや、ちょっと待て!

 まずは落ち着くんだ……って落ち着けるわけがないじゃないか!

 どこだよここ?

 なんだよこれ?

 うわっ! もしかして、拉致されて監禁されたとか?

 だって、体の感覚がおかしいし、頭もぼやけてるし……薬でも盛られたのか!?

 ペーぺーのサラリーマンで、貧乏な一人暮らしの僕が?

 なんで??

 一体何の得があって僕が拉致されるっていうのさ!?


「ちっ! ドタバタとうるせぇなぁ」

 聞き覚えのない声が、下の方からする。

 下の方?

 僕は目線を下にやると、なるほど僕は今、木の上にいるらしかった。

 その木が邪魔をして、声の主を確認することができない

「まぁ、言っても聞こえるわけねぇんだけどよ。いや、聞こえててもワカンネェんだろうけどな、どうせ」

 下の人がぶつくさと、つまらなそうに独り言を続けている。

 わけのわからない環境で、理解できない状況、混乱する頭……下の人に縋りたい想いがないわけではないか、そんな状況だからこそ、それはできない。恐い。

 とりあえず僕はジタバタするのを止めて……。

 ん?

 僕はジタバタしていたのか??

 あまり感覚がハッキリしない四肢に、意識を向けてみる。

 んーーーああ。なんだ、ちゃんと手が動くじゃないか!

 体の感覚が麻痺しているような感じがしていたけれど、意識を集中してみたら、水が徐々に染み渡るかのように、脳と体がリンクしていくのが分かった。

 きっと、知らないうちにジタバタと体を動かして、下の人に迷惑をかけてしまっていたんだなぁ……いかんいかん。

 反省と、恥ずかしさに頭を掻こうとすると、目の前をあざやかな黄緑と、これまたあざやかなオレンジ色が通過した。

 え……?

 僕は再び混乱する。

 普通に考えて、というか、僕の頭で命令した当たり前の結果をイメージするに、今通過した<<何か>>は、多分僕の手だよねぇ?

 いや待て! ありえん!!

 僕の手は悪いが肌色だ。

 若干コンプレックスになるくらい、生白い肌の僕なのだぜ?

 ああ、わかった。いいぜ? もう一回しっかりと確かめてやる!

 僕は目を閉じ、意識を確かめるように右手を動かして顔の前に持ってくる。

 そして、手のひらを開放すると同時に、両の目を開けた。

 3・2・1

「ぎゃあぁぁぁ!!!」


 開かれた手のひらの表面は綺麗なオレンジだった。

 腕の下の部分は白く、ちょうど半分あたりで、そこから上が黄緑色になっていた。

 その肌はとても滑らかで瑞々しく、塗ったばかりのペンキを連想させる。

 うん、これ知ってるわ。

 だって、僕は昨日の夜、これに長い時間見惚れていたんだもの。その、あまりの綺麗さにさ。


 ――これ、アカメアマガエルの御手々オテテじゃんかっ!!!


 唐突にそれを理解した僕は、混乱の中に意識を失った。

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