第4話

 大慌てで服を着替え、階下で寝ている両親を起こさないように階段を下りると、そっと玄関を出た。

「こばわー」

 脳天気なうららの声が、私を迎える。

 オーバーオールに鳥打ち帽。原色の派手なシャツ。

 私服姿のうららはいつにもまして怪しい個性を爆発させていた。

「こばわじゃないでしょ、こばわじゃ」

「ま、ま、いいじゃあーりませんか」

「で? この夜中に何したいわけ?」

「花見です」

 うららは胸を張ってそう答えた。

「花見?」

 ま、そりゃ桜の季節だろけど、なんでこの夜中に花見なんだ?

「名所があるんですぜ、旦那」

 と、私の肩をぽんぽんと叩く。

「秘密の場所だよ」

 そして、耳元で小声で呟く。

「秘密は、いいけどさ、なんで、こんな時間に私を誘って行くわけ?」

「そりゃあ──」

 そう言って、眉間に指を当て、しばらく考え込み、

「なんででしょう?」

 逆に、そう問いかけられた。なんでだろって、そりゃあ、私が聞きたい。

「ま、いいや。とりあえず、行きましょ」

 うららは、道ばたに置いた大きなリュックを背負うと歩き出した。

 たかが花見に行くとは思えない、その大荷物。

「……なんなの。その大きな荷物は?」

「──宴会セット」

 ぽつりと答える。

「宴会すんの?」

「イエース。花見にはエンカイ。これ、日本の決まりデース」

 誰が決めたんだよ。誰が。

「ふむ」

 と、突然うららが足を止めた。

「どしたの?」

 背中に激突しそうになって私も足を止めた。

「いや、いい月夜だなぁ、と思って」

 月を見上げながらしみじみとうららは言う。

「──」

 なんとなく、不意を付かれて私は言葉を返せなかった。

 確かに──今日はいい月夜だった。うん、確かに。

「うききっ」

 突然、うららが感極まったように奇声を上げた。

 思いっきり、びくっとした。

 普通、夜中にそんな声出すか?

「こ、今度は何?」

「あ、ごめん。ちと、興奮してしまった」

 ぺろりと、うららが舌を出す。

 月夜に、眠る街。

 街灯が作り出す、私とうららの長い影。

 夜の街を、私たちは一路花見に向かうのだった。

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