第188話 優しさを愛して

 拷問道具の後始末をした後で、

シアンから相談を持ち掛けられたバーントは、


「彼の優しさを愛して、でも、彼の優しさが怖いの……」


 涙と共にあふれ出て止まらないシアンの言葉思いを聞いて、

何と声を掛ければ良いのかが わからなかった。



 わからなかったバーントだが、

ソーマとの出会いを思い出し、


「そうだな……確かに、ソーマは優し過ぎる。」


 バーントはシアンに声を掛けた。


 声の優しさに、シアンが涙を流しながらも

バーントを見つめたのを確認し、


「おれがソーマと初めて出会った時、

ソーマは大鷲おおわしの魔物に守られていた。

だが、その魔物を守ろうと、おれ達の前に立っていた。

『これ以上 傷つけるのは やめてくれ』と。」


 バーントはソーマとの出会いを語り始め、


「魔物は、他の獣や植物や人を襲って食べる。

おれ達 冒険者は 魔物やを討伐する。

魔物を守ろうとする奴なんて今まで いなかった。

おれは正気を疑ったよ。そこにいた他の冒険者達もな。

 後 少しの攻撃で魔物を討伐できていたはずだった、

そこをソーマが やってきて邪魔をしたわけだからな。

 あの時 組んでいた冒険者の仲間がだな……

ソーマを斬ろうとしてたんだ。

おれは……それを止めようとは しなかった……」

「えっ? ……」


 シアンは、バーントがソーマを守ろうとしなかったと聞いて、

目を見開いて驚いた。


 シアンから見てバーントは、無表情で目つきが鋭くて、

背も高く 人付き合いが不得手で、声が掛けづらいのだが、

ソーマを守ろうとし、過去に自身も守られたことがあり、

ブラウ、ソーマの次に接することのできた男性であった。


 シアンに とっては、彼は何を考えているのか わからないが、

物静かでたくましくて、ソーマに目を向けている人間であった。


「討伐寸前だったし、おれだって退治を、

人を相手にしたことなんて 数えきれないほどしてきたからな。

魔物をかばう変な奴がどうなろうとも―― って 思いだった。」


 今でこそ そう思っていたと語っているバーントだったが、

当時は無意識に、無自覚だったせいで、


(ソーマに、おれに殺される と 思わせてしまっていたんだよな……)


 今でも、思い出すと ソーマに申し訳なく思うバーントであった。


「今は違うぞ? あの時は ソーマの事を知らなかったからな。

まぁ、斬る直前で魔物が あの煙……黒い魔力とやらを出して、

それからは おまえも知っているだろう? 」

「えぇ……」


 シアンは大鷲の魔物が 黒い魔力によって、

上は大鷲 下は狼の異形の姿となり、

その時の冒険者たちを皆殺しにした事を思い出していた。


 その魔物と対峙したバーントを

一撃で戦闘不能にしてしまったことも、

シアンは思い出していた。


「あの時は、ソーマから ではなく、あの魔物から魔力が出たんだ。

それと、知っているかは わからないが、

ソーマが、襲われていた女性を一人で助けたこともあったな。

その直後……直後ではないが、街の人達に襲われてな……」

「そんなことが……」


 バーントの話を聞いて驚くシアンだったが、

そんなことのあった夜が、

ソーマと初めての夜を始めた日の夜であることに、

シアンは まだ気づいていなかった。


「あぁ……。

ハニカ村でははちに寄生された男をぶん殴って、

正気に戻させたこともあったな。あれには驚いた。

相手が一応は人だったからか? よく わからないが。」

「……」

「それに この村では、村を、子供たちを守るために、

ヤギの魔物と戦ったっていうしな……」

「……」


 バーントは、少し遠くを見るような目をしていたが、


「今回、あの幽霊達にりつかれたのだって、

ソーマが優しいから なんじゃないか? 」


 バーントは自身の考えを シアンに言った。



 バーントが その考えに至ったのは、


 ――あぁ、これもソーマ様のおかげなのね……


 ロスティと言葉を交わすフローマが、

涙ぐみながら ぽつりとこぼした言葉があったからだった。


「それは……」

「あの幽霊達に復讐をげさせることもあるだろうし、

そうしなければアルテナも あの女ロスティも、シアンも、

みんな あの男達に酷い目に遭わされていただろう? 」

「それは……そうですけど……」


 バーントから、ソーマとの出会いや、

ソーマの優しさについての話を聞いていても、

まだ、恐怖の拭いきれない様子のシアンを見て、


(まぁ、すぐに立ち直るはずもないか……)


 と、バーントは思い、

 

「でも あれだ。

ただ優しいだけで なんでも受け入れるのならば、

ジョンとも体の関係を持っているのだろうけど、

ソーマには その気がないからな。

昔 ジョンがせまった時、頭突きされたそうだぞ。」


 ジョンから話を聞いた時を思い出して 苦笑しながら、

バーントはシアンに言った。


「えっ、そうなんですか!? ……」


 ソーマが頭突きをしたということに シアンは驚き、


「あぁ、ジョンが そう言っていたからな。

あれはパプル家の屋敷に移った頃だったかな。」

「パプル家に……」

「いくら優し過ぎるソーマだって、

本当に嫌なら抵抗するってことだな。」

「本当に嫌なら……――っ 」


 バーントの言葉を反芻はんすうし、

今までのことを振り返っていたシアンは、


 かつて、ソーマを押し倒して抵抗されたこと、

雨に濡れたソーマの告白を思い出した。


(私は また……彼の優しさに甘えていた……)


 ただ 拒まれたことがつらくて悲しくて、

ソーマが心と体に傷やあざがつけられたことにも気づかず、

ソーマと顔を合わせるのをシアンが避けていた時を思い出し、


(彼は、私より傷ついてつらい思いをしているのに……)


 ソーマのことを考えていなかった自分を責め、


 ―― もっと、いっぱい愛されてね。


 復讐を遂げて消えゆくフローマが、

最後にソーマに向けた言葉を思い出したシアンは、


(私、そもそも、どうしてソーマさんを好きになったんだろう―― )


 好きになった発端を思い出そうと、

無意識にうつむいてしまったシアンを見て、


「シアン。あまり、思いつめないほうが いいぞ。それと……」


 バーントは慰めるよう声を掛け、


「それと……ソーマのこと、嫌いにならないでくれ。

魔族だから とか、髪の色が黒い だとかで、

何度も命を狙われているんだから……」


(っ、そうだわ……私は……)


 シアンが初めてソーマとアルテナに出逢った時、


(二人とも、私を見てもへだてなく接してくれて、)


 それだけでシアンは救われた気持ちになって、


(ソーマさんも髪の色で、私と同じか それ以上にうとまれていて、

でも 旅をしているソーマさんがうらましくて……)


 故郷ホルマの街から離れ、旅に同行し 辿り着いた先では、

シアンの髪色について 嫌そうな顔をする人はいないし、


(ソーマさんに綺麗きれいだって言ってもらったり、

頭をでてもらって、それだけで凄く嬉しかったのに……)


 今では もう、それらをされることにも慣れてしまい、


(病み上がりのアルテナさんを守るために殴られたり、

私達のことを悪く言おうとした人を殴って改心させた……

そのソーマさんの優しさと強さに、私はかれたはずなのに……)


 月日が経って、色々と忘れていたシアンだった。


「……まだ、怖いけど……嫌いになんて なれません……」


 シアンは涙を手でぬぐって、



「それでも、彼が好きだから。」


 シアンは バーントに微笑んでみせた。

涙に濡れ、でも それを感じさせない 良い笑顔であった。

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