第187話 親の言葉

 今回の騒動の後始末が 完全に終わる前――



 カラパスの村の集合墓地で、

新たに作られた墓の前で、


「穏やかに、お眠りなさい……」


 ロスティがパルステル教 独自の手の組み方で、

死者に祈りを捧げていた。


 新たに作られた墓は 二つあり、

一つはロスティの母、フローマ達の墓であり、

もう一つは、今回 亡くなった村長達の墓であった。


 村の有志の、教会の代表であり、

また 今回の被害者であり、

そして、墓に眠る者たちの子であるロスティ。


 そんな彼女の後方には、

同じように村人たちが手を組み 祈りを捧げ、


(私は……どうすればいの……? )


 その状況の中で、ロスティは悩んでいた。


 それは――


 ――ロスティ、ソーマ様は受け入れてくれるわよ。

あなたが このかたについていく限りはね。――


 消え去る前に言ったフローマの言葉が原因だった。


 パルステル教の信徒であり、

外部との接触を避けていたカラパスの村で育ったロスティは、

村を出て、ソーマ達の旅に同行することに、

抵抗を感じていたからであった。


 しかし、今回の騒動で自身の出生の秘密を知り、

村に居続けていたくないという気持ちも、

ロスティには あった。


 二つの墓に それぞれに添えられた色ゆたかな花々を見つめ、


(ママは、でるほどにしたっていたけど……)


 ロスティは あの時の様子を、

ソーマがりつかれた時の様子を思い出し、


(彼は……魔族よね……)


 ロスティは深く祈るように、顔をうつむかせていた。


 あの騒動の後、必要な時 以外は、

家に 引きこもっているロスティであった。





(ソーマさんは魔族だった……)


 うつむいているシアンは、ため息を漏らしていた。



 教会のそばの広めの空間で、ジョンやマルゼダやバーント、

ヴィラックが地下室にあった拷問道具を運び出し、

ミザリーとシアンが、跡形もなくなるように火や魔法で焼いていた。


 血と異臭の こびりついた道具類が燃えて、

においを まき散らしながら、焼け焦げていった。


 その様子を遠巻きに見物していた村人たちも、

そのにおいと、その道具類があることに顔をしかめていた。



(やっぱり魔族だった……)


 そう思うシアンの脳裏に まず 思い浮かんだのは――


 ―― 今すぐ殺そうとしないだけ 感謝してもらいたい。


 という、義理の親であり 師匠であるブラウの言葉であった。


 パプル家の屋敷の敷地内で刺されたソーマが、

その体から黒い魔力を噴き出したと聞き、

また、刺されたはずなのに傷がついていないのを見た時の――


 ブラウの険しい目であり、彼の背後に立つ人々の目であった。



 この世界における魔族とは、


 魔物と同じ緑色の髪をした人族であり、

人と違う形態を持った人族でもあり、


 魔物と似た性質を持った人族を、人々は魔族と呼んでいた。



(アルテナさんは強いなぁ……)


 フローマ達にりつかれたソーマの姿を見て、

それでも彼を抱き上げて家へと運んだアルテナの姿を、

その時 一瞬見せた、彼女の優しい表情を、シアンは覚えていた。


(私は……)


 あの時、シアンがソーマに抱いた感情は恐怖であった。


(村の人達に捕まった時から……)


 ロスティを家へと送る途中で男達に囲まれ、刃を向けられ続け、

その時から、シアンは恐怖を感じ続けており、

フローマ達の復讐の様子と共に、憑りつかれたソーマへの恐怖を、

その心に刻み付けられていた。



「はぁ……」


 と、シアンは ため息を吐いていたが、


「シアン。」

「は、ひゃいっ!? 」


 突然 声を掛けられて驚き、


「ど、どうした……? 」


 その反応に驚いているバーントの顔を見上げていた。



「え、えと? バーントさんは? 」


 気を取り直してシアンは尋ね返し、


「……もう焼き終えたからな。」

「あ……」


 バーントの向けた視線を目で追って、

シアンは また、うつむいてしまった。


 未だに もうもうと立ちのぼる灰色の煙に、

シアンはきあがる黒い魔力を連想してしまったからだった。


「……少し、休むか? 」


 シアンの様子を見て心配するバーントの声を聴いて、


「……あの……」

「? 」

「……、……、……」


 シアンは悩み迷ったすえ


「ソーマさんのことで……」


 バーントに相談をすることにした。





 相談を持ち掛けられたバーントは、

家へと戻るジョン達と別れ、

村人も来そうにないような 落ち着いて相談できそうな場所で、


「ソーマの事で、何だ? 」


 シアンに言葉をうながしていた。


「……あの、えっと、その……」


 中々言い出せずにいるシアンは、

言葉を選ぼうとして言うのに困っていたが、


「……」


 そんな様子のシアンを、

バーントは、じっと待ち続けていた。


「そ、そのっ……ソーマさんって……」

「……」

「ソーマさんって 優しいですよね……」


 当たりさわりのないことを言うシアンに、


「そうだな。ソーマは、

ヴィラックや魔物を受け入れるほどに優しい。」


 バーントは普段の無表情のまま、そう答えた。



(ヴィラックはソーマに つき纏っているだけだが、魔物は……)


 バーントは、大鷲おおわしの魔物のことを思い出していた。



「っ……そ、それは……ソーマさんが魔族だからなのでしょうか? 」


 魔物という言葉に反応し、伏し目がちに尋ねるシアンに、


「……ソーマだから だと思うが……」

「でも……」


 バーントはシアンの様子から、

彼女が昨夜のフローマ達にりつかれたソーマの姿を

気にしていることを感じ取った。


(それは おれも気になっては いるが……)


 と、心の中でバーントは呟きつつ、


「ソーマが怖いのか? 」


 バーントは シアンの本音を聞こうとした。


「こっ!? 」


 シアンは目を見開いて驚き、

また、ズバリと当てられてしまい、


「……バーントさんは、怖くないんですか?

ソーマさんが、また いつ、黒い魔力を出すかもしれないのに……

彼が魔族なのに……」


 言いながら またもや うつむき、

シアンは顔色をうかがうようにバーントを見上げていた。



 シアンの その言葉を、その様子を見つめながら、


(ジョンが これを聞いたら、暴れ出すかもしれないな……)


 心の奥底で静かにきあがる怒りを抑えながら、


「おれは、ソーマが魔族であろうとなかろうと、

ソーマを守ると約束をしたんだ。

おまえはソーマを愛しているんじゃなかったのか? 」


 バーントは冷静に語り掛けた。



 バーントは ソーマがシアンと、ミザリーともだが、

体の色を知り合う関係であることを知っている。


 かつてはシアンが、ソーマに想いをせまったことも知っている。


 共に行動している間 ソーマのそばに居られるよう、

シアンやミザリーに配慮したこともあるバーントだった。



 バーントの言葉に怒りが帯びているのを感じ取ったシアンは、


「それは……そう、ですけど……でも……」


 返事をしながらも言葉をにごし、


「でも? 」

「でも……怖い……」


 体を震わせているシアンを見て、


(……)


 バーントは なんとも言えない気持ちになった。



 ソーマから黒い魔力が出ていたこと。


 フローマ達 幽霊に憑りつかれた姿を見ていること。


 その彼女達が行った復讐の様子、血と異臭のこと。


 そもそも、村の男達に刃物を向けられ 地下室に連れ込まれ、

危うく欲望の吐け口に、拷問道具の餌食えじきになるところであったこと。



 色々なことがあったばかりで、

ソーマへの恐怖を感じているであろうことは、

バーントも理解していたからだった。


「……」


 理解はしているものの、返す言葉に困ったバーントであったが、



「怖いんです……彼が優し過ぎて……」

「っ―― 」


 そんな状況で、ぽつりとシアンが呟いた言葉に、

バーントは耳を疑った。



 そしてシアンは ボロボロと涙を流し始め、


「怖いんですっ! 彼が、彼が あんなにも優し過ぎてっ!!

ソーマさんが優しいから、色んな人が集まって、

魔物にも あの人ヴィラックにも優しくて、みんなが彼を好きになって……

アルテナさんも、ミザリーさんも……他の人だって……

 私も そうだから……初めて出会った時から 彼は優しくて……

だから、怖いんです……本当は、愛されてないんじゃないかって……

優しいから受け止めてるだけで、本当は愛されてないんじゃないかって!

私には彼しかいないから……師匠のもとには もう戻れなくて……

彼が魔族だから、師匠のもとに、ホルマの街に帰れなくて、

彼が優しいから、彼に愛されていなかったら私は……私は……

彼の優しさを愛して、でも、彼の優しさが怖いの……」


 涙のようにあふれ出て止まらない言葉を聞いて、

またしても 返す言葉を失ったバーントであった。

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