第175話 見たくなかったもの

 ヴィラックを連れてジョンの後を追ったアルテナ。


 追いついた先で見た光景は彼女の想定外で――


 ヤギの魔物らしい肉塊にくかいに、

未だに手をのばしては引きちぎっているジョン。


 ジョンの行為に恐怖し、

互い抱き合って怯えている子供 二人。


 先ほどまで しゃがみこんでいたが、

アルテナ達が来たことで慌てて立ち上がったミザリー。


 そのミザリーのそばで倒れて動かないでいるソーマ。


 ―― 彼女の最も見たくなかった光景であった。



 嫌でも臭覚を刺激する血の匂いに、

アルテナは顔をしかめ、そして、

地面に倒れ伏しているソーマの姿を見て、


「これは……これは どういうことなのっ!? 」


 彼のそばで おろおろとしているミザリーに詰め寄った。


 村の礼拝堂で急変を起こし、

本来であれば家で今も心身を休めているはずのソーマが、


「説明しなさい! ミザリーッ!! 」


 鎧を着込み、くわがあり、見慣れぬ子供 二人がいる。


 ミザリーも鎧を着て 弓を担いでおり、

彼女達が この場にいる事情を、ソーマが倒れている経緯を、


「どうしてソーマが ここで倒れてるのよ!! 」


 それらを唯一答えられるミザリーに、

アルテナは彼女の肩を掴んで問い詰めていた。





「中々、良い男になったじゃねぇか。」


 アルテナの後に続いてやってきたヴィラックは、

ヤギの魔物の返り血を全身に浴びたジョンを見て、

ニタリと口元を歪めて声を掛けた。


「……」


 ジョンは無言でヴィラックをにらみつけ、


「今なら楽しめそうだな? 」


 ジョンの目や表情から強い敵意、憎悪を感じ取り、

ヴィラックは体から黒い粒子魔力を発生させていた。


 ヤギの魔物だった肉塊ものを、

素手でバラバラにすることをやめたジョンは、


「ボクは、お前が嫌いだ。」


 ギリリと歯をむき出しにし、今にも飛び掛かりそうであった。



(やはり旅の仲間になって良かった。ククク……)


 ヴィラックは興奮を抑えきれない笑みを浮かべていた。


(後は『お姫様邪神様』が悪意を持つようになれば―― )


 ジョンの目の色やミザリーの耳のように、

黒い魔物のようにソーマが変わることをヴィラックは望んでいた。





 また、この夢か……


 この村に来てから見続けている、石壁の部屋の夢。

大勢の黒い人影に阻まれて、その中心で何かが起きている夢。


 そういえば、おれは……



 ―― カエセコロセ――



 っ!? 声が……



 ―― カエセウバエ ワタシノワレラノ――



 返せ? 私の?



 夢の中では、その黒い人影たちの間から、



 ―― カエセコロセッ!! ――



 無数の白い腕が、こちらに手をのばしてきた。



「―― っ!? 」


 目が覚めて、夢からめた時、

おれは気を失う直前の出来事を思い出した。


 ラルレ君とピアちゃんへ魔物ヤギが突撃しようとして、

咄嗟とっさに動いた おれへと魔物が標的を変えて、

おれはヤギの角に ぶつけられたんだった……


「ぐっ……」


 思い出したら胸が痛くて熱い……


 体のあちこちをぶつけたみたいだけど、

特に胸が痛かった……


 異世界転生は してないみたいだけど、

骨にヒビとか入ってたらどうしよう……



「ソーマっ!? 」

「ソーマ様っ!? 」


 アルテナとミザリーさんの驚く声が 近くで聞こえて、

全身の痛みに耐えながら起き上がってみると、

おれのそばに 二人が立っていた。


 アルテナはミザリーさんに掴みかかってる態勢で、

ジョンとヴィラックも 向こうの方で、

今にも喧嘩やり合いをしそうな感じだった。


 この暗い夜に目が慣れたからか、

ヴィラックから黒い粒子が出てるのが わかった。



 そこまでは見てわかったんだけど、

それより、自分の今の体調が本当にヤバいこともわかった。


 胸が痛いのは当然あるんだけど、

さっきまでのことで足にキてるみたい……

立っているのが やっとかな……



 とにかく、魔物の角で壊れた胸の鎧を外しながら、

アルテナに事情を話して 落ち着いてもらうことにした。


 仲間同士で争うところなんて、見たくなかったから……


「おれが、ミザリーさんを連れてきたんだ。

ミザリーさんは むしろ、おれを止めようとしてた。

あのまま家に居続けるのが、良くない気がして……」


 そう言ってヤギの魔物がどうなったか周囲を見回したら、

ジョンのそばで、それらしいのを見つけた。


 とりあえず、魔物の討伐はできたのかな。



「どうして……」


 まだ納得していない様子のアルテナだったけど、


「家の中で、獣の声が聞こえたんだ。あのヤギの魔物の。

おれは それに凄い嫌な感じで背筋が震えて……

最初は、あの黒い魔物が また来たんじゃないかって……」

「でも……」


 納得はしていないけど、理解してくれたみたいで、

アルテナはミザリーさんから手を離して、

おれへと体を向けていた。



「無事で……良かった……」


 ミザリーさんは安堵の表情を浮かべて、

でも 瞳をうるませて おれを見つめていた。



「あの子達は? 」

「ここで偶然……いなくなった子を探しに来たんだってさ。」

「そう……」


 子供たちを見てみると、二人して抱き合ったまま、

放心しているみたいだった。


 まぁ無事だから今は そっとしておくけど……



 それより、


「ジョン、ヴィラック。」


 二人を止めないと……


 一歩二歩と歩きながら声を掛けて、

その時になって 二人が、おれに気づいた。


「ソーマ君っ! 良かった無事で……怪我は!? 」


 ジョンは安堵の表情で駆け寄り、


「……、……」


 ヴィラックは何を考えているのか、

少しおもしろくなさそうな顔をしていた。



 ジョンが おれの目の前に立った時、

おれは地面に蹴躓けつまづいてしまい、

ジョンの胸に抱き着く形になってしまった。


 胸は まだ痛くて熱いし、足はフラフラ、

喉も吐いたのか焼けるような感じだし……


 ―― カエセッ!! ――


 妙にホラーな夢を見てたからなぁ……



 ジョンの顔を見上げると、

本当なら嬉しそうになるはずの顔が、

今は心配しかしていなかった。


 あれ? さっきまで目が両方とも赤かった気がするけど、

今は普通に左目だけが赤く、右目は髪と同じ色をしていた。



「そっか、さっきまで……うん。」


 ジョンは一人で考えて納得すると、


「嫌だろうけど我慢してね。」


 そう断って、おれを抱え上げた。


 お姫様抱っこはバーントさんやヴィラックにされて慣れてたし、

今は歩くのも億劫おっくうだったから、むしろ助かっていた。


 それに今のジョンは普段と違って、

変なことを欠片かけらも考えてないみたいだし……



 されるがままのおれを見て アルテナが近寄り、


「ソーマ……」

「ちょっとだけ……胸がね……」


 本当は体のあちこちが痛いけど、

心配するアルテナに おれはそう答えていた。



 心配するアルテナの顔を見ていたら、

複数の足音が こちらに近づいてきたのが聞こえた。



「無事……というわけではないのか? 」


 山の方から見知らぬ男性がやってきて、


 その男性の向こうから更にマルゼダさんや、

シアンさんとバーントさんがこちらへやってきていた。


 恐らくシアンさんが魔法で作った火の球が

複数 宙に浮かんでいて、明るくなったけど逆に眩しかった。


 その火の明るさで、おれは あのバルトって子の顔が見えた。


 あの子はバーントさんに小脇に担がれていて、

おれを見上げたけど、すぐに目をらしてしまっていた。



 もう慣れたし、もう どうでもよかった……



 みんなが無事なのも わかったし、

今度は安心して目を閉じて、おれは眠りに落ちることにした。

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