第154話 訪れるは何のために

(パルステル教の信徒か……)


 マルゼダは突然の訪問者の様子を見ながら、


(この村、まだ国教を信仰しているのか……)


 黙したまま、果実酒の入ったさかずきを口につけていた。



 カラパスの村の、ソーマたちが借りた家の中、

居間の机をマルゼダ達は囲んで椅子に座っていた。


 招き入れたシアンと、訪問者のロスティは当然として、

食事まで時間があるため、ミザリーも この場にいた。



 パルステル教は かつてカラドナ大陸の、

ボルレオ国の国教であった。


 主神のファスティエルと、

ダンキルとキメルスという男女の神を信仰し――


『正しきことのために力を使い、

みずからを上に置かず、みずからを下に見ず、

食べ物に感謝をし、財を腐らせず、愛を忘れず、

生命のいろどりを常に絶やさず生きるべし』


 ―― という教義を持って、

国の秩序を保っていたのであったが、

 魔力が降り注いで以降、その信仰はすたれていった。


 パルステル教は廃れる一方、黒魔導教団が大きくなり、

大きくなったが故に、黒魔導教団は今では過激派と穏健派に分かれ、

内情を知らない者達から見れば、危険な集団に成り下がっていたが。



「それで、オレ達に何の用で? 」


 マルゼダは村の人間でもあるロスティに声を掛け、

ロスティは何から言い出そうか悩んだ様子であったが、


「あの、えっと……、あの肌を見せている人の首飾り、

とても綺麗ですね。」


 ロスティはアルテナの首飾りについて褒めていた。


 ロスティは、首飾りが『どのような物か』を知る目的があり、

また黒髪の人物が『どのような者か』を知るために訪れ、


「えぇそうですね。

ソーマさんが、アルテナさんのために用意した首飾りですから。」


 首飾りを褒められ、シアンは嬉しそうに言っていた。



 シアンは内心、首飾りを受け取ったアルテナを羨ましく思っている。


 ソーマとアルテナの付き合いが長いことをシアンは知っているし、

シアンの知らない二人の時間が、二人の交わした『約束』が、

彼から彼女へと贈られた『首飾りビーズ』が、

シアンにそのような心境にさせてしまうのであった。


 ――が、シアンは それを誤魔化すために、

首飾りを用意したソーマが褒められていると思い込むことにして、

自分のことのように喜んでいた。



「ソーマさん? 」


 ロスティはシアンの言葉から、首飾りを着けている女性が

アルテナという名前であることを知り、


「えぇ、あ、ソーマさんは一緒に この村に来た旅の仲間で、

その……髪の黒い男性なんですけどね……」

「――っ!? 」


 困り半分嬉しさ半分で話すシアンの言葉、

黒髪の人物についてを耳にして、ロスティは内心驚いていた。


 ロスティはアルテナの首飾りと、黒髪の人物 ソーマ のことを、

別々の問題として考えていたからであった。


(信徒にとって重要な首飾りを黒髪が?

それにソーマなんて名乗っている……

聖書に出てくる万能薬と同じ名前だなんて……)


 ロスティにとって忌避きひすべき黒髪が、

名前や首飾りと関わっていることに戸惑っていた。


 ソーマ達が村への滞在を許された後、

村長であるパルステル教の教祖へ詰問したことがあり、

村長がアルテナの首飾りを話題に出したことがあって、

ロスティは首飾りとソーマのことを知るために来たのである。


 情報を集め、可能であれば、彼らを村から追い出すために。


 そういった事情や、今の驚きなどを

表には出さないように努めて、


「その、ソーマさんという人とは、長い付き合いなんですか? 」


 ロスティはシアンに顔を向けて尋ねた。



 出だしの言葉の選びと、黒髪という言葉への反応、

そしてソーマについての事を尋ねるロスティの様子――


(あ、そういうことか。)


 それらを見て、マルゼダはロスティが訪れた理由を察した。


(パルステル教の聖書の中じゃ、

邪神は黒髪だし、黒髪の民なんていうのもいたな。

オレは、すっかり忘れてしまっていたが。)


 なんとも言えない表情でマルゼダは彼女達を見つめながら、

ソーマとアルテナの二人と出会った時のことを思い出していた。



 ドーマの街に滞在していたマルゼダは、

旅の宿に訪れた二人と宿の店主との騒動を静観していた。


 店主が『ソーマが黒髪だから』という理由で、宿泊を拒否したのだ。


 店主の言動に憤慨ふんがいしているアルテナを、

店主から敵意を向けられているはずのソーマが静めさせていたが、

結局 店主を怒らせて、二人は宿を追い出されていた。


 彼の黒髪と、裸に近い恰好の彼女の二人組であったから、

マルゼダも他の者たちも、かなり注目をしていたことも思い出していた。



 その頃のマルゼダは、とある冒険者三人組の悪事を調べ、

必要によっては始末をつけるために活動しており、


(あの頃は、ただ物珍しかっただけなんだよな……)


 偶然居合わせたソーマ達と長い付き合いになるとは、

あの頃は思いもしていなかったマルゼダであった。

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