第152話 バルトの後悔

 カラパス村の南西の森の中、

枝や葉っぱのある所に木の実も成っている木々の間を

おれ達は歩いていた。


 柿かリンゴか よくわからないものや、

ブドウみたいな植物が あちこちの枝からぶらさがっている。


 魔物がいる可能性はあるけれど、

今の所、何かがいるような感じもしないし穏やかな気がする。



 不穏な感じってのは むしろ村の方に感じていたんだけど、

おれが門番に不快感を抱いていたからだったのかな……


 夜中に村の中を散策していたジョンからは、

何も怪しい感じとかはしなかったって言っていたし。



 ……なんだろう、あの村に居続けるのは良くないと思う……



 考えている内に自然と おれの足は遅くなってしまう……





 バルトはソーマ達に気づかれないよう、

こっそりと尾行を続けていた。


(あいつ、ずっと被ってるな……? )


 村に来た時から気になっていたソーマが、

村から借りている家を出てからずっと、

外衣ローブで頭を隠しているのを見て疑問に思っていた。


 ソーマ達の真後ろを ではなく、

左斜め後方の 距離の離れた木陰の位置から、

かろうじてソーマ達の後ろ姿を覗き見て歩くバルトだったが、


(……ん? )


 一人 集団から抜けるように歩みを遅くしたソーマの行動に

疑問を抱いた。



 ぶぬっ


 そのソーマの姿を目で追い、よそ見をしていたバルト少年は、


「あいたっ!? なんだぁ? ――」


 真新しい絨毯じゅうたんのような柔らかさを持つ

何かに左上半身が ぶつかり――



* 「うわああぁぁっ!? 」



 子供の悲鳴!?


 声のした距離は おれが一番近い!?


 振り返って、木々の間を縫うように走ると、

右手側に尻もちをついて怯えている青い髪の子供の顔が見えて、

その子の正面に、子供と同じくらいの大きさの毛虫がいた。


 いや、樹に体の半分をへばりつかせた状態で、

頭半分を子供に向けていたから、

実際は もっとデカくてキモい!?


 うわ、顔をぶんぶんと振り子のように振って、

あの芋虫みたいな魔物は威嚇いかくしてるのか……?


 おれがみんなとの距離が離れていたおかげで

一番に駆けつけたけど、子供も魔物も

おれが近くに潜んでいるのに気づく様子は見られなかった。


 そしてバーントさんやジョンが、先頭を歩いていたアルテナも、

子どもの声を聞きつけて駆けつけてくるのが

足音の響きで伝わってきていた。


 この子には悪いけど、魔物がじっとしているようなら――


「く、来るなっ!? 」


 ――みんなが来るまで待とうかと思ったんだけど、

尻もちをついて 恐怖にかられて逃げようとしている子供が、

握り込んだ地面の土や石を魔物に投げつけ、


「―― っ! 」


 顔にぶつけられて怒ったのか、

今にも子供に飛びかかりそうな様子の緑色の魔物を見て――


 おれは柄の後端を片手で強く握ると、

駆け寄った勢いでくわの歯床部分を

魔物の横顔に叩き込んで跳び退いた。


 完全に不意をつかれたのか、

巨大な毛虫は樹から落ちて 仰向けでうねうねと悶えていたけど、

すぐに起き上がると、こちらに標的を変えたようだった。


 飛びかかられないように、子どもが狙われないように、

警戒しながらジリジリと後退あとずさると、

魔物も飛び掛かろうと、ジリジリと詰め寄ってきていた。



 みんなの足音が段々近づいてきている。


 このデカくてキモい毛虫、蝶か蛾の幼虫かは知らないけど

毒は持ってなさそうだし、飛びかかられても耐えていれば――


 ビュン!


 そう考えていたら、風切り音と共に飛んできた槍が

魔物の横っ腹に刺さり、


「おおおぉっ!! 」


 駆けつけたバーントさんが左肩に担いでいた長大な剣で

ジャンプ斬りをして、毛虫の魔物を真っ二つにしていた。


 うわぁ、輪切りになった毛虫も気持ち悪いなー……



「ソーマっ! 」

「子供の声が聞こえたけど……」

「……」


 アルテナとジョンと、ヴィラックが遅れて姿を現し、


「ソーマ。」

「うん、ありがとうバーントさん。」


 ちょっと心配をしているような表情のバーントさんに礼を言って、

おれは まだ尻もちをついているであろう子供のところへと向かった。



 青い髪の男の子は、まだ尻もちをついていた。


「大丈夫か? 」


 声をかけてみると、

男の子は恐怖に顔を引きつらせているけど、

漏らしてたり泣きそうにはなってないみたいだった。



 おれが初めて魔物と出会った時は……思い出したくないな……





「大丈夫か? 」


 ソーマに声を掛けられたバルトは、

腰を抜かしたままソーマを見上げていた。


(髪が……黒い……)


 少年が真っ先に目についたのは彼の髪であった。


 今まで頭布フードで隠していたソーマの頭、

バルトは興味を持っていたが、いざ見てみると驚くしかなかった。


 バルトは まだ子供であった。

だから村の者達ほどの信仰心など持ち合わせていなかったし、

そもそもパルステル教の教義や聖書なども、

あまり理解ができていなかった。


(髪が黒い奴は悪い奴!? ―― )


 その程度の認識しか持っていなかった。


「? 」


 ソーマはバルトがジッと顔を見つめていることに

小首を傾げ、


「ソーマ。」

「子供は無事かい? 」


 ソーマの後方からアルテナやジョン達が声を掛け、

バルトの視界に姿を現した。


「怪我はしてないはずなんだけど……立てる? 」


 心配そうな表情でソーマはバルトに近づいて片手をのばし、


「―― っ、触るなっ!? 」


 バルトは右手で払いのけて 後ろにずり下がりながら立ち上がり、


「さっさと村から出て行け!! 」


 そう吐き捨ててバルトは村へと走っていった。



 村へと走っている間、


(おれ……助けてもらったのに何してるんだよ……)


 バルトは魔物と遭遇した恐怖が抜けておらず、

また悔しさや自分の情けなさから目尻に涙が浮かび、


(くそっ……強く……強くなりたいなぁ……)


 走り去る前に見たソーマの表情が

バルトの脳裏に こびりついて離れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る