第150話 夜、不安

 お、意外とベットが良い感じ。


 ジョンが おれのそばから離れて

わざわざ寝室に行くのがわかるよ。


 やっぱ貴族は床で寝るのは耐えられないんだろうしなぁ。

おれは もう慣れたけどね。



 出掛けてるジョンがどこかから戻ってくるまでの間、

バーントさんとジョンの寝室に来た おれは、

ベッド横に腰かけて、その感触を楽しんでいた。



「バーントさんも隣に座ったら? 」


 寝室のドアのところで立ちつくしていた彼に

おれはポンポンとベッドと叩くと、


「あ、ああ……」


 何か迷っていたのか考えていたのか、

ともかく、バーントさんがドスンと おれの隣に腰をかけた。



「ジョン、どこ行ったんだろうねぇ? 」

「さぁ……? 」


 なんて たわいもない話をしながら、

隣に座るバーントさんを見上げてみた。


 寝るために鎧を脱いで、短パンに上半身裸の姿を見ていると、

体が凄いムキムキで、相当に鍛えられているのが良く見えた。


 槍三本入った筒とかデカい剣を背負った上で盾や剣を持つんだから、

かなりの筋肉量がないとできないことだよね。


 それで鎧まで着込むんだから……


 あー、腹筋とか凄いなぁ……触ってみてもいいかなぁ……?


 触りたいなぁ……


 いいなぁ……


 ……





(ソーマ? ……)


 バーントは若干、どうすれば良いか困っていた。


 数刻前、ふと目が覚めた時にジョンの姿が無く、

探そうとした時に厨房から出てきたソーマと遭遇し、

彼の勧めで寝室へと戻ってきた。


 そしてまた、勧められるがままに彼の隣に腰かけ、

彼の話に合わせていたバーントであったが、


「……」


 体を寄せ、バーントの腹筋のあたりを見つめていたソーマの

何かを探るようにチラチラと見上げる熱い視線を受けて、

バーントはソーマが何を求めてるのかがわからなかった。


「そ、ソーマ? 」

「? 」


 身長差から見下ろす感じになっているためか、眠気があるのか、

ソーマの上まぶたがトロんとしているようにバーントからは見えた。



(おれはジョンと違って、男色の気はないんだぞ……)


 ちろ と唇を舌で濡らしたソーマの目や 赤みを帯びた表情に

バーントは頭の中で、それを強く自分に言い聞かせていた。


 それにバーントは、ソーマがシアンやミザリーと

男女の関係にあることを知っているし、

彼らに同行している者達は全員 暗黙のうちに理解していた。


(ジョンだって、それはわかっていて……)


 男色の気があるジョンは、

その気がないバーントには適度に距離を取るし、

 過去にソーマを押し倒したこともあるが、

今は彼に抱き着くだけに留めている。



 バーントのしどろもどろとした様子を

上目遣いで見上げていたソーマは、


「ふぅ……」


 ばたんと倒れて背を寝台ベッドへと寝かせた。


 ただバーントの腹筋を触ってみたかっただけのソーマは、

バーントの反応が拒否だと感じ、諦めたのであった。


 背を寝かせ、だらりと両手を

頭より上の位置にやって目を閉じたソーマに、


「ど、どうした……? 」


 バーントは寝台ベッドに片膝を乗せ、

両手を彼の胴体より左右の位置につけて、ソーマの顔色を覗き込んだ。


(ん、この匂い……蜂蜜酒? )


 ソーマの吐息に混ざる匂いから、

バーントはソーマの行動の一因に察しがついた。


 飲み水として飲まれる果実酒と違い、

蜂蜜酒は飲むと酔いがまわる。


 蜂蜜酒を飲み過ぎると泥酔するし、そうでなくても――


「今まで酔っていたのか……」

「んー? ……」


 理由がわかり安堵したバーントを、

ソーマは目を開け、酔いを帯びた目のまま見つめていた。



(……ソーマが本当に女だったらなぁ……)


 バーントは自身を見つめるソーマを見て、そんな感想が浮かんだ。


 この世界の成人男性と比べると低い鼻筋に、

丸みを帯びた輪郭と出張らないあごは、

女性というよりも子供のそれに近く、

 出会った時よりも長くなった黒髪や睫毛まつげ

初対面の人間が彼を見た時の性別の判断を迷わせる。


 事実、彼が貴族女性の衣装 キメルス を着ていた時は、

その時出会った者達から女性だと誤認させていたのだから。


 そんな彼を抱き上げてノースァーマの街中を歩いたことも

バーントは思い出していた。



 ソーマの頬が酔いで ほのかに赤みを帯びているのを見て


(おれが……傷つけたこともあったな……)


 初めて出会った時のこともバーントは思い返していた。


 今は もう頬に傷はないものの、

バーントは軽く親指で撫でて確認してみた。


 頬を撫でられていても、

酔ったソーマはそれを目で追いながらも

バーントの顔を見つめ続けていた。



「バーントさん。」

「ん? 」

「二人きりになるの、ひさしぶりだね。」

「ああ、そうだな……」


 ソーマの言葉にバーントは、

彼と二人きりになった―― 約束を交わした時のことを思い出し、

 またバーントは、魔物討伐を依頼した村で、

眠り続けていたソーマと二人きりになった時の事のを思い出していた。



 バーントがソーマと初めて出会った時、

バーントは冒険者たちの頭役リーダーとして大鷲の魔物討伐に向かい、

ソーマは大鷲の魔物に連れ去られ、巣で『子供』として生き延びていた。


 魔物もソーマも、互いに情が生まれ、

バーント達が襲撃した時、互いに互いを守ろうとした。


 結果、魔物は息絶え、ソーマは魔物の死に涙をした。


 バーントが事情全てを知ったのは、

組んだ冒険者や借りだした村人が全滅し、

魔物が死に、ソーマが眠り続けたまま村に戻ってきた後であった。


 ソーマが魔物に連れ去られた元々の原因が、

バーントと仲間として組んでいた冒険者たちにあったことを。


 その時のソーマの頬に傷がついた責任が、

バーントに後悔として重くのしかかり、

ソーマが眠り続け返事のできなかった その状況でしか、

面と向かって彼に謝ることができていなかったのであった。



(あの時から、おれは彼を守ろうと思ってたんだよな……)


 傷つき、涙し、声も出なくなったソーマに対し、

責任を感じていたバーントはそれを決意して行動していた。


 ―― つもりだった。


 ノースァーマの街で、ソーマが心に傷を負った夜、

バーントは彼に誤解されていることに気づいた。


 危害を加えようと、殺そうとしている――と。


 あの時錯乱していたソーマの顔や涙、悲鳴を思い返すたびに、

バーントは胸の内が締め付けられるように痛んだのであった。



「ソーマは……おれが……」


 バーントはソーマを見つめ返し、

酔いでまぶたの重くなってるソーマは口元に笑みを浮かべ、


「居てくれるだけで安心するんだよ? 約束……」

「っ……あ、あぁ、覚えているとも。」


 ソーマの言葉にバーントはピクッと反応しながらも、

安心したような声色こわいろで ソーマに返事をした。


 ノースァーマの街で、魔物による被害から生き延びた者達から、

あらぬ疑いをかけられて命を狙われた時に交わした――


『これからもソーマを守り続けること』


 ――という約束であった。


 その約束をした時に、

バーントは面と向かって彼に謝ることができたのであった。



(ソーマも、約束を覚えているじゃないか……)


 カラパスの村に来てからのソーマの行動に

疑問を抱いていたバーントだったが、

そんな疑問も もう捨て置ける気分になっていた。


「ヴィラックと何を話していたんだ? 」


 一応、バーントはソーマに聞いてみて、


「ん……何か、この村の中で嫌な感じがして。

ヴィラックも おれと同じことを感じていたみたいだったから。」

「そうか……」


 その疑問も あっさり解消してしまった。


 村の中で嫌な感じがする ということは気になるものの、

今の気分では どうでも良かったバーントであった。



「……、……」


 酔いのまわっているソーマはウトウトし始め、


「眠っていていいぞ。ジョンには おれから話しておく。」

「ん……」


 バーントの優しい声に返事をすると、寝入ってしまった。



(結局、おれはただ、不安だっただけじゃないか。)


 ソーマのそばに居続けられないこと、

ソーマが独自に行動をしていることに不安を感じていた。


 それに気づいたバーントは、

ソーマの寝顔を優しく見続けていた。



 ガチャ


「ふぅ、夜の散歩も悪くないね……え? 」

「ジョン、散歩に行くなら行くで声を掛けてくれ。」


 ジョンが寝室に帰ってきて、

バーントはベッドに手をつけるのを止め、振り返った。


「……バーント……ソーマ君を……? 」

「え? 」


 寝室の扉のそばで硬直しているジョンに、

バーントは首を傾げていたが、


「……あ、いや、これはだな……」


 ジョンが この状況を誤解していることに気づいた。


「ボクがいない間に なんて羨ま―― いや、バーント……」

「ジョン、落ち着け、落ち着いて話を――」



 バーントがジョンの誤解を解く間も、

ソーマは良い夢を見れているのか、幸せそうな寝顔であった。

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