第146話 見えず、燻(くすぶ)る

「それにしても、珍しいね。」


 村の人達から借りた家のリビングで、

ミザリーさんに作ってもらった食事を食べていると、

同じく食事中のヴィラックが おれに話しかけてきた。


 アルテナたちは今、村の外に行っているんだけど、

ヴィラックに居残ってもらうように おれが言ったことを

コイツは珍しい って言ったんだろう。


 アルテナたちは露骨に心配していたし、

おれも今でもコイツヴィラックを警戒しているけど、

ヴィラックは嬉しそうに居残ってくれた。


 ミザリーさんも ここで一緒に食事をしているけどね。


 机の正面にヴィラックが、

おれから見て右側にミザリーさんが座って、

香辛料の匂い漂う骨付き肉や、

野菜がゴロゴロ入ったスープを食べていた。


 肉が相変わらず固いけど、他に食えるものがないからな……

パンも固めだし……もう慣れたけど……



 おれはヴィラックに、何をどう言い出そうか迷ったけど、


「この村、何かあるの? 」


 おれの口から出た言葉は これだった。



「何か……? 」

「どういうことかな? 」


 ミザリーさんもヴィラックも おれを見ていた。


「なんて言うか……今まで行った村とか街と雰囲気が違うし……」


 おれ自身、漠然ばくぜんとしていて よくわかっていないんだけど、


「ヴィラックも、この村から、その……嫌な感じとか……してる? 」


 ヴィラックが何か不機嫌そうにしていたのだけは わかっていた。



 ヴィラックは少しの間、目をじっとつぶっていたけど、


「している。」


 それだけを答えて、おれを見つめていた。





 ソーマに、カラパスの村について問われたヴィラックは、


(お姫様も同じように感じていた。)


 それが内心嬉しく思いながら、


(村から漂う この嫌な感覚は何なんだ? )


 ソーマと同じく、それを考えていた。



 ヴィラック自身、ソーマ達から警戒や

不信感を抱かれているのを理解している。


(村の連中からも それを感じているけど、そうじゃない。)


 ソーマ達の警戒や不信感は、

身を危険から守るための防衛本能から、

自分の安全のため―― からしょうじる物であった。


(だが、村のは……そういうたぐいの感覚じゃない。)


 それがヴィラックには不快であった。



 ヴィラックは正面で食事をしながら、

様子をうかがうソーマを見た。


(お姫様の警戒なんて かわいいものだ。)


 ソーマの村への不安やヴィラックへの警戒も、

ソーマ自身の自己防衛のためであるし、


(女たちの身を案じているんだろうしな。)


 ということが、ヴィラックには感じ取ることができていた。



 先ほど、門番の村人とアルテナとのやりとりを

中断させた時のことをヴィラックは思い返し、


(ああいう怒りを向けられたことはなかったな。)


 そんなことを彼は考えていた。



 ヴィラックはソーマを狙う黒魔導教団に属し、

ソーマを連れ去るためにホルマの街からずっと尾行し続けていた。


 ノースァーマの街では、実際に誘拐を企てて行動を起こすところまで

進めていたが――


(ブリアン家の元使用人たちが彼を連れ去ったり、

この女がブリアン家から連れ出したりしたから―― )


 ヴィラックはミザリーを盗み見た。


 ミザリーは聞き役に徹し、無言で野菜を口に入れていた。


(先手を取られた挙句、魔物の襲撃やら何やらで

それどころではなかったんだよな。)


 改めてヴィラックはソーマへ視線を向けた。


 肉が噛み切れないようで、ずっと口の中でモグモグさせていた。



(まぁ、こうして一緒に行動できるようになったから

教団から抜けて正解だったな。良いものも見れたし。)


 ホルマの街で、ハニカ村でのソーマの行動から見た白い光。


 あれを見たくてヴィラックはソーマ達へ同行し、


(おれも、あいつらも魔物も、今度は誰が変わるのか。)


 黒い魔力によって人も魔物も変わることを期待していた。



(だからって、お姫様を傷つける真似はしたくないが。)


 ヴィラックが そう思いながらソーマを見続けていると、

流石に見つめられ続けるのも嫌だったのか、

ソーマは机の上の食事やミザリーの方を見るようにしていた。


(ふふっ、なんだかんだで―― )


 ヴィラックはソーマから、

自己防衛のための恐れや警戒の感情を向けられていても、

彼から敵意を向けられた記憶がなかった。


 他の者達からは殺意をも向けられ続けていたが。


 つまりソーマは――


(―― お姫様は、警戒をしながらも味方とも思ってくれている。)


 という結論に達し、ヴィラックは僅かながら、内心嬉しく思っていた。


 現に こうして相談をしてくれたことも、

ヴィラックは嬉しく思っていた。



(さて、この村だけど、また魔物が村人に寄生でもしているのか? )


 嬉しく思いながらも、ヴィラックは考え直していた。


 村に来た時から感じている、排他的でありながらも、

どこか煮えたぎろうとしている悪意のようなものの正体について――





「本当にやるのか? 」

「らしいぜ。」


 カラパス村のどこかで、

男が二人、密談を交わしていた。


「外の奴らが村に来てるのにか?」

「むしろ、じゃないのかな。おれも知らないが。」


 どこかの家の中、外からの明かりをさえぎり、

暗がりの中では、男達の容姿や表情は見てとることができない。


「もしかしてあいつらを?」

「いや、予定通りのはずだ。そう話をつけているはずだし。」

「はぁ……」


 男達は近々何かを行うらしいが、

想定外のソーマたちの滞在に、懸念けねんを覚えたようであった。


「なんだ、あいつらの中に目当てがいるのか?」

「いや……」

「とにかく、何かあれば あいつらのせいにできるしな。」

「……」

「しかし、うまく嫁げたやつは幸せだよなー。」

「……」

「じゃあ、忘れるなよ。ヨートル。」


 そこで密談は終え、一人の男がこの場から去ったが、

口数の少ない男は未だ、何かを考えているようであった。


「……おれは……本当に このままで良いのか……?」


 その問に答えてくれる者は、青髪のヨートルの目の前にはいなかった。

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