第141話 一方その頃

 ソーマ達がハニカ村に滞在している頃――


 ノースァーマの街にある国衛館の

ヘムロック隊長の個室では、


「我々が街から引きあげる って、どういうことですか!? 」


 机に両手をつき身をグイっとつきだした衛兵士のシェンナが、

書類の雑務をこなしていたヘムロックへ問い詰めていた。


「どういうも何も、国王からの命令だ。」

「ですが、街はまだ復興の途中で――」

「全員が引きあげるわけではない。」


 気を荒げるシェンナとは対照的に、

ヘムロックは書類に書き込みながら平然と答えていた。



 シェンナの言う通り、主に ミミズの魔物に、

犬やタコの魔物によって受けた街の被害は大きく、

ノースァーマの街は未だに復興の途中であった。


 その当時、シェンナやヘムロック達は他所にいたのだが――


 正方形の石壁の囲まれた街の中を、人々の知らない間に、

ミミズの魔物達によって地盤を喰い荒らされ、

地上に現れた超巨大なミミズの魔物の一撃で叩き砕かれて、

 東西南北で四つに分けた内の 南以外の三つの地域が、

人も建物も、地中へと沈むという大惨事に見舞われていた。


 南の地域にいた者達の受けた心と体の傷は未だにえず、

飢えや渇きと、心の空白を埋めるために、今もなんとか生きている。


 ―― 派遣されてきたシェンナやヘムロック隊長の他、

元からいたボルレオ国の兵士や、衛兵士達は復興支援を行ないながら、

被災当時から居続けている街の者達と、支援など色んな目的のために

やってきた者達との間で起きた騒動の仲裁などに、

汗水を流す日々を送っていたのであった。



「ですが―― 」

「シェンナ。」

「……」


 シェンナは紙や筆記用具を置いたヘムロックに制され、口を閉じた。


「街の混乱にじょうじるような連中は街に残っていないし、

教団の、あの両手なんとかという連中も街に潜んでいる様子もない。」


 ヘムロックは、教団の人間だったラティやカルミア、

彼女たちを囲っていた貴族のクネガーたちから得た情報で、

街に潜む教団員たちを秘密裏に捕まえ、また、処理をし、

 加工屋やパプル家を襲った連中――『両手探りょうてさぐり』の所在を

連日探していたのだが、街の中での情報がなくなり、

奴らの捜索を中断する方向に考えていた。


「そして、彼らがどこに行ったかわからないし、

彼らの行った先の方が、また新たな騒動が起きる可能性がある。」

「……」


 両手探りょうてさぐりの襲撃の目的が黒髪のソーマであることを、

現場に居合わせたヘムロックたちは知っており、

 彼を巡って騒動が起きる可能性があることは、

シェンナも わかっていた。


「あの黒髪の後を追って何があったのか、

お前の様子から そろそろ聞きだしたいくらいだが、

 我々が ボルレオ国に、ゴルド王に仕える兵士であることを、

忘れてもらっては困るな。」

「はい……」


 それを言われ、シェンナの気勢は完全に削がれてしまっていた。


「まぁ、久しぶりに城下のオーソバの街に帰れるんだ。

エイローも喜んでいるし、お前も喜んだらどうだ? 」

「……」

「では、部屋を出ていいぞ。」


 机から手を離したシェンナの様子を見て、ヘムロックは退室を促した。


「はい……」


 シェンナがトボトボと部屋から出て行くのを見送って、


「あれだけ黒髪に こだわっていたのに……想いを斬られたか? 」


 ヘムロック隊長はそう呟いて首を傾げていた。


 彼は、シェンナがソーマを斬ろうとしたことを知らない――





「フハハハハ!! 」


 教団本部の研究室に、シュロソ導師の笑い声が響いていた。


 清潔を保たれているように見えて

血の匂いの染み付いた研究室には薬品や器具が散乱し、

顔を包帯でグルグル巻きにした彼の 目の前の机には、

『研究成果』が置いてあった。


「やはり教団に、邪神様を信仰していて良かったよ!! 」


 両手を上げて歓喜を示している導師の背後には、

同じように顔に包帯を巻いた白衣の女性が――ミフラクが控えていた。


 そして、もう一人、少女とも呼べる女性が彼女の隣にいた。



「邪神様を信仰すればするほど研究が進む!

破壊による新生、いや、破壊のための新生だ! 」

「……破壊。」


 シュロソの言葉に同調するように ミフラクは喋り、


「そう、破壊だよ ミフラク君!

ウィステリアやローグレーは 未だに古い考えに囚われているが

研究は進んでいる。思想も教義も新しくなっていく。」


 気を良くしたシュロソ導師は、

白衣の裏ポケットから黒い羽根を取り出し


「黒髪の男や、この黒い羽根があることが

その証明になるだろうね!

今まで そんな報告はなかったし、この物的証拠もなかった! 」


 手に持った羽根をくるりくるりと弄びながら、

研究室をウロウロと歩き回っていた。


「あの天柱山の影を、闇を見ただろう?

空から魔力が降ってきたという記録は過去にあるが、

あの現象も、今まで見たことがなかった! 」


 立ち止まるシュロソ導師は黒い羽根を掲げ、


「魔力も、この羽根も、元々は緑色。

しかし黒髪の報告が来てからは……フハハハハ!!

我等が神の、神による破壊の時が来ているのだよ!! 」


 彼の足元、周囲から浮かび上がる緑色の魔力が黒い羽根に注がれ――


「「っ!? 」」


 黒い炎が燃え上がるのを見て、二人の女性は目を見張った。


「まぁ……邪神か、そうでないかは問題ではない。

神は人ではないのだから。だが、神は破壊を望んでいる。

それがあいつらには わかってないのだよ。」


 黒い炎を消すと、シュロソ導師は黒い羽根を

白衣の裏ポケットに入れ、机の上の木の実を箱に入れた。



「さて、両手探彼らは まだ戻ってこないが、別に いいだろう。

研究成果の実地試験に行こうではないか!

この実験は凄いぞ!? フハハハハ!! 」


 そうして部屋を出るため扉へと行きかけたシュロソ導師は

何かに気づいたかのようにピタと立ち止まり、


「……ところで、君の名は? 」


 今までミフラクの隣に立っていた女性に声を掛けた。



「初めて会うわね。ティエラよ、新しく入団したの。」


 そう答える金髪の彼女―― ティエラは、


「導師だからって、あまりジロジロ見ると、斬り殺すわよ。」


 鎧の各所にトゲをつけているが、

女性らしさを押し出した露出度の高い鎧ビキニアーマーを着用していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る