8 寄り道、カラパスの村

第142話 ハニカ村を後にして

 ハニカ村の北の森での 安全確保の依頼も、

連日に渡って魔物の姿が確認できないことで、

冒険者たち数人が何日か居残る形で、終わりを迎えたらしい。


 依頼の後半の方にもなると、

アルテナとヴィラックとマルゼダさんが森に行って、

ジョンはバーントさんは、村で剣の訓練とかやってたしね。



 おれはその様子を見てた だけなんだけど、


(おれも……剣を握れた方が良いのかな……)


 なんて思ってたのがバレてたみたいで、


「ソーマ、剣を振れるようにならなくていい。

おれが、おれ達がソーマを守るから。……約束しただろう? 」


 訓練終わりのバーントさんに、そう言われてしまった。


 約束――


 街の人達に 髪が黒いからって理由で

殺されそうになった時に、バーントさんと交わした約束だった。



 自分の、彼女達の身を守るために、

咄嗟とっさくわはちの魔物の子供を殺したけど、

状況が状況だし、相手が虫だったからできたことで、

それ以外の動物や人にくわを振って、なんて……おれには……



 人に殺されそうになった おれだけど、

おれに人が殺せるようになるのだろうか……?



 そう思った日から数日後、

おれ達はチカバの街に行くために、

村人たちに見送られながらハニカ村を後にした。


 キエラさんも見送りに来てくれて、

完全にとはいかないけど、ある程度は落ち着いてきてくれたようだった。


 彼女の持っていた……セイさんのくわは、

一度 彼女に返したんだけど、キエラさんの方から改めて渡されてしまった。


 キエラさん……彼女には幸せになってほしい。

彼女の震える体を抱きしめるたびに、おれはそう願わざるを得なかった。



 ハニカ村を後にして、改めてフードを被り直し、

荷車を押して おれ達は歩く。


 チカバの街に着いたら……


 『チカバの街まで荷物持ちをする』というアルテナとの契約約束が終わる。


 チカバの街に着いたアルテナは どこに行くんだろうか?

おれは、どうすれば良いんだろうか?


 おれは……





 ハニカ村を後にしたソーマ達に同行しながら マルゼダは


(カレドアは、ソーマたちに接触しなかったな……? )


 そのことを考えていた。


 吟遊詩人としてカラドナ大陸を旅している赤髪の男は、

詩のためにソーマ達を追っているとマルゼダに話していた。


 ハニカ村の中で、酒場で、發弦楽器リュートを掻き鳴らして歌う姿を

たびたび目撃していただけに、ソーマから出会っていない と聞かされた時、

マルゼダは心の中で軽く驚いてしまった。


 アルテナの方にも接触した様子がないらしく、


(まぁ、詩を作るなら、会わなくても良いのかもな……? )


 と、マルゼダは気になりながらも自己完結させていた。



 マルゼダは前を歩くソーマとアルテナの二人を見た。


 マルゼダが二人と初めて出会った時、

二人の背丈は、ほぼ同じくらいであった。

髪も両者とも今ほど伸びておらずに短かったし、服装だって落ち着いていた。


 アルテナがソーマより背が高いのは、

彼女の足鎧の脚底に 二枚の鉄板が立てて溶接してある分 高くなっているのと、

ソーマが元から背が低く、彼女の足鎧のような靴を履いていたが、

ノースァーマの街、ブリアン家の屋敷内で紛失し履けなくなったからであった。


 アルテナの今の恰好は、以前より過激で、大事なところしか隠れてない。

 ソーマは鎧は胸にしかしていなかったが、今は腕や足にも鎧を着け、

冒険者のように見える恰好をしていた。

 また、目立つ濃い赤紫色の外套マントが、

元は貴族女性の衣装キメルスであったことなど誰が理解できようか。


 白金の髪のアルテナと、黒髪のソーマ。


 二人と出逢って、今、こうしてようとは―― と、

マルゼダは感慨深く思っていた。





 ハニカ村を出て、人や馬の足、車輪のわだちによって

踏み慣らされ土の露出した道を数日ほど歩いていたソーマ達。


 左手にそびえ立つ天柱山を眺め、右手に山脈や森を目にしながら

野道を平原を歩き、カラドナ大陸を西に進み続けていたが――



「道が途絶えているわね……」


 アルテナは正面に広がる森林を前に、足を止めた。


 それまでは既に他人の通った道を進んでいた彼らだったが、

その道が生い茂る草によって隠されてしまい、わからなくなっている。


「草はすぐ生えるからなぁ。」


 軽い口調で言いながらも、マルゼダも眉間にシワを寄せていた。


「ど、どうします……? 」

「右か左に進むってのもアリだと思うけど……」


 不安そうにするシアンに、

荷車を押しているソーマが周りを見ながら答え、


「森を避けるのも手だよね。」

「また、森の中で魔物が潜んでいるかもしれないからな。」


 ジョンとバーントがソーマの言葉に同調していた。


蜘蛛くもはちに、魔物がいたものね……)


 アルテナは、以前 戦った魔物たちを思い出していた。


 アルテナが荷車の上を見ると、

ミザリーもヴィラックも無言だったが、

『森に入るのを避ける』という方針には賛同しているようであった。


 暗黙のうちに森を避けることになり、

森の右か左かを決めることになったのだが、


 シアン達はソーマに視線を、

ソーマはアルテナに視線を向けたため、


「右に行きましょう。」


 アルテナが進む道を決め、彼らは森の右を通ることにした。



 彼らが森の右へ歩を進め、しばらく経った頃、

強く風が吹き、木の葉や草花が風で揺れた。


 地面の草葉が揺れてチラチラと、

森の左側の地面には、土が点々と見えている部分があった――

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