第140話 熱を帯びて
この日、アルテナはヴィラックと組んで
ハニカ村の、北の森の探索をしていた。
アルテナも他の者達同様に、彼を警戒している。
それはヴィラックが黒い魔力を
ソーマに酷く執着し、まとわりついて、
彼を危険に晒したことがあったからだった。
彼を抱き上げて黒い三つ首の犬の魔物へと駆けていったことは、
アルテナの記憶の中でも新しい方であった。
だから、
(何か仕出かそうとしたら、斬る。)
―― つもりで アルテナは、
笑顔を張り付けているヴィラックを見ていた。
アルテナはジョンから、ヴィラックがブリアン家の元使用人たちを
殺した犯人であることを聞いている。
ソーマを襲ったブリアン家の元使用人たちに関しては、
(私があいつらを斬ってやりたいくらいだった。)
というのが、彼女の本音であった。
彼らの悪事のせいで、
ソーマが心に傷を負うことになったのだから――
それにしても と、アルテナは思う。
魔物を相手に戦えないはずのソーマが、
自衛のためとはいえ
寄生された男を殴った。
男を殴って掴んで互いの位置を入れ替えて、
背中の魔物をバーントが斬ったから良かったものの、
(寄生した魔物がどう動くかもわからないのに、
無謀なことをする……)
―― と、後で思い返した時に
アルテナは内心、青ざめる思いをしたのであった。
パプル家の敷地内で、ジョンやミザリーが、
そしてヴィラックが黒い魔力の影響を受けた。
でもソーマは外見上 特に変化がないことに
アルテナは安心と同時に、不安を感じていた。
(でも、ああやって ソーマが動いたのって――)
ホルマの街で、病み上がりのアルテナを守るため、
そしてシアンやブラウへの心無い言葉を言おうとした男を止めるため、
一度ぶん殴られ、体が震えていてもソーマがその男を殴った――
(―― あの時と同じような……)
それをアルテナは思い出していた。
あの時は、アルテナはソーマの後ろ姿を見ていた。
ソーマはキエラの想いを聞き、
普段は皆の陰に、そして守られてばかりだったのが、
ジョンやバーントの制止も聞かずに駆けだして拳を振るった。
(あの時も、あんな熱気の入った顔をしていたのかな……)
その時のソーマの様子を思い返すと、
アルテナは自らの頬に熱が帯びるのを感じていた。
*
(ふーむ。)
ヴィラックは、ちろりとアルテナの姿を盗み見た。
(強い。)
彼女の姿を、動きを見て、
(お姫様と長く一緒にいるだけあって、
こいつはかなりの強さを持ってるな……)
ヴィラックは そう結論付けた。
ホルマの街でソーマ達を見かけて以来、
ずっと彼らを尾行していたヴィラック。
ソーマの姿ばかりを目で追っていた彼は、
あまりアルテナのことを見てはいなかったが、
彼らと同行するようになって、近くにいることが多くなると
嫌でも意識をせざるを得なくなっていた。
(だが、お姫様がいれば それでいい。)
ヴィラックはアルテナから目を背け、
あの時の、ソーマの輝きを思い返していた。
*
セイの家、彼が使っていた
仰向けに寝ているキエラは天井を見つめていた。
彼女が服を着ていないことを証明していた。
彼女の顔色は今も晴れない。
彼女の想いは、愛は、彼に通じた。
通じ合い、彼も彼女を愛していた。
彼女は今頃は、彼と結ばれていたはずだった。
それを思うと、キエラは目に涙が浮かびそうになり、
顔を横に向けた。
男の横顔がキエラの目に映った。
男もまた、キエラ同様に服を着ていなかった。
他の男達に比べると鼻が低くアゴも張り出していない。
背も低い、まるで子供のような顔立ちの黒髪の男。
穏やかな寝顔を浮かべ、彼はキエラのすぐ隣で眠っていた。
キエラは彼の背の低さに気づいた時には驚き、
彼の
全身が震える思いであった。
「セイ……」
キエラは小さな声で呼んだ。
同じように仰向けに寝ていた彼が
キエラの方へと横向けになった。
それを見て、キエラは声もなく泣き、
男の―― ソーマの胸に
―― おれは、幸せだった。だからキエラも、幸せにな……
セイの最期の言葉が、今もキエラの耳に残っていた。
(私は……彼をセイの身代わりにして……)
いずれは去っていく男達の、生きた証を残そうとして、
キエラの胸と下腹部は、熱を帯びて鈍く痛みを感じていた。
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