第139話 酒場にて

 夜、マルゼダはハニカ村の酒場で飲んでいた。


 滞在中、昼間はアルテナ達と共に北の森へ行き、

夜は冒険者たち用の酒場へと足を運ぶようになっていた。


 各地の貴族たちへと高値で売られる蜂蜜酒が、

ここでは少し安く飲めるとあって、

立ち寄る冒険者たちが後を絶たない。


 そのため、村人たちが集いやすい酒場、

それ以外の旅人や冒険者たち用の酒場がいくつか建っている。



 マルゼダが酒場に通う理由は日頃の習慣もあるのだが、


(あいつらのそばに居辛いんだよなぁ……)


 そういう気持ちが彼にあったからだった。



 村に来た当初に借りた廃屋はいおく

蜂蜜採りのセイが昔、両親と一緒に住んでいた古い家だったのだが、


(仲が良過ぎてなぁ……)


 ヴィラックを警戒しているソーマ達だが、

彼らの仲の良さに マルゼダは内心、溶け込むことができず、

マルゼダは連日、夜は酒場で過ごす日々を送っていた。



 マルゼダから見て――


 人付き合いの苦手なシアンは、

日頃からソーマの隣か後ろにいることが多く、

 また、ソーマと一緒にいるからか、

彼女の苦手そうなバーントとも話をすることができている。


 ミザリーもシアン同様にソーマに寄り添うことが多く、

元使用人だけあって立場をわきまえる素振りがあったが、

屋敷にいた時よりも、彼女は彼らに馴染なじみ親しんでいた。


 ジョンはブリアン家の、貴族的な接し方があるが、

人付き合いは得意な方である。そうマルゼダは見ていた。

また、事あるごとにソーマに抱き着いていることがあった。

 ソーマは たまに嫌そうな顔をしていることがあるが、

諦めているのか、ジョンを引き剥がそうとはしていなかった。


 バーントも口数が少なく、人付き合いは苦手な方だが、

彼の親友であるジョンがうまく間に入っている。

 過去が過去だけにソーマに視線を向けていることが多いが。


 ヴィラックは自分が警戒されていることを理解しているのか、

逆に理解していないのか、ソーマに接触を図ることが多く、

彼は他人にどう思われても構わない様に見えた。


 ソーマはヴィラックをどう思っているのかはわからないが、

穏便にヴィラックの対応をしていたし、

うまく彼らの中心で立ち回っているように見えていた。


 ソーマとは逆に、割と誰にでも素っ気ない素振りをしている

アルテナだったがソーマに対しては、

親密にしているのがマルゼダには見て取れていた。



(最初は二人だけだったのにな……)


 どことなく居心地の悪さを感じているマルゼダは、

さかずきに入っていた果実酒を飲み干した。



(彼が、殺されても良いと思ってしまったからか……? )


 ソーマがパプル家の敷地内で、

女衛兵士のシェンナに魔族だと疑われて殺されそうになった時、


(オレが彼を殺せないかもしれないが……)


 他の誰か シェンナ がソーマを殺すのは良い―― と、

見殺しにすることならできる―― と、マルゼダは思い、



(あいつらのそばに居辛いんだよなぁ……)


 それ故に、マルゼダは酒場に通い詰めていたのであった。



 マルゼダ自身、


(オレが遠くにいると感じているだけだ……)


 というのが、よくわかっていた。


 それでも、マルゼダは疎外感を感じずにはいられなかったのだった。



 酒場の端の席に腰を下ろしていたマルゼダの隣に


「隣、良いかい? 」

「ん? ああ……」


 男が声を掛けてきて、


「って、お前……カレドアじゃないか。」

「へへっ、酒を飲むのに似合わない顔してんじゃないか。」


 木製の發弦楽器リュートを首から胸に吊り下げた赤髪の男が、

マルゼダの隣に座った。


「お前、いつこっちに来たんだよ? 」

「昼頃に辿り着いたんだよ。まだ村に残っててくれて助かったぜ。」


 久しぶりの出会いにマルゼダは笑顔を取り戻し、


「なんだ、オレを探してたのか? 」

「セローが怒ってたぜ?

『そんなはずじゃなかったでしょ? 』ってさ。」

「ああ、それは済まないな……」


 カレドアと軽く言い合いながら、

マルゼダは新たに注いだ果実酒を飲んでいた。



 マルゼダは笑みを取り戻していたが、


「おれは彼らを追ってたんだけどな。」

「彼ら? 」

「半裸の女剣士と黒髪の男だよ。」

「……なぜ?」


 酒場の女性従業員に蜂蜜酒を頼んだカレドアに、

マルゼダは笑みを消して ジッと視線を向け、


「なぜ? なぜっておれは吟遊詩人だぜ?

サンメ村から聞こえた英雄たちのうた

歌うのがおれの使命かもしれない―― ってな。」


 それに気づかず、カレドアは陽気に言っていた。



 サンメ村とは、三眼の狼の魔物に脅かされていた村で、

 アルテナと二人旅を始めたソーマが魔物を目にして漏らし、

そんな彼をアルテナが快く思っていなかった頃である。


「サンメの村に~ 朝と夜あり~

村を見潰す眼から~ 人に穏やかな眠りと目覚めを~」

「……」

「どうしたマルゼダ? 」


 陽気に歌っていたカレドアは、

マルゼダの様子に気づき、


「いや……」

「今、彼らに同行してるんだろ?

まぁ、付かず離れずで頼むぜ。……狙われてるんだろう? 」


 陽気な表情仮面を外し、

カレドアはマルゼダに注意した。


「あぁ……そうだな。気を付けるよ。」


 マルゼダは、ソーマが教団に狙われていることを思い出し、

酒場を後にした。



「おれも、できれば吟遊詩人として居続けたいからな。」


 蜂蜜酒を飲んで、カレドアは ぽつりと呟いていた。


(教団に、なんだっけ? 両手探りょうてさぐりだったか?

詩にしがいのある英雄たちだよ本当に……)


 カレドアは、まだ目にしていないソーマとアルテナに

想いをせていた。

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