第131話 北の森へ

「う……ぐぅ……」


 はちの魔物の脅威が すぐそばにあるハニカ村。


 周辺は すでに夜の闇に静まり返っているが、

火の灯りと苦悶の声が漏れている家が ひとつ。


「っ……ぅぅ……」


 木の壁に囲まれた村の中にある家の中で、

お腹を押さえながら苦しみに耐えている男性がいた。


 彼は 村の『蜂蜜採り』であった。


 先日 遭遇した蜂の魔物に襲われ、

命からがら村に逃げることができたが、

魔物の針を腹に受け、今も家で苦しんでいた。



「……」


 そんな彼を献身的に介護している女性がいた。


 彼女はハニカ村で生まれ育った彼の幼馴染おさななじみであり、

彼への想いを胸に秘めていたのだが、

彼の不幸を知り、両親の許しを得て彼の家に寝泊りをしていた。


 彼の両親は病にて すでに亡くなっており、

 彼女の両親は、彼女が彼と結ばれることを

内心 望んでいたため、彼女の申し出を二つ返事で了承していた。


 あらゆる生物が魔物化する この世界に おいて、

ただでさえ危険をともなう『蜂蜜採り』は、

その分 得られる収入も かなりのものになるので、

彼はハニカ村の中で、期待されている人間の一人であった。


 蜂蜜採りである彼―― セイもまた、

彼の幼馴染である彼女―― キエラのことを密かに想い、

今まで貯めてきた金と今回の仕事で得た金を持って、

彼女に婚約を前提とした告白をしようとしていたのであった――



(傷は塞がっているのに これほど苦しんでるなんて、

医師様からもらった薬も効いてないみたいだし……)


 キエラは苦しみに耐えるセイの姿を眺めながら、

胸が締め付けられるような思いをしていた。


(それほどまでに強い毒なのかしら……)


 セイの顔から噴き出る汗をタオルで拭き取りながら、

キエラは こう考えていた。


(セイを刺した魔物から、解毒薬が作れれば――)


 ――だが、


(魔物を討伐しに行った冒険者たちが、

まだ帰ってきていない……)


 キエラの焦りは、セイの苦しみもだえる声をあげるごとに

また刺された腹部を押さえて のたうち回る様子を見るごとに、

彼女自身を焼くかのように大きくなっていった。


(このままじゃ……)


 室内を照らす火が、そんな彼女の顔を、

そして壁に立てかけられていたくわを赤く照らしていた。





 村の廃屋で、ぐっすりと眠れた翌朝、

おれ達は北の森の中を歩いていた。


 魔物討伐の依頼を受けることをアルテナ達が村長に伝えた時、

村長は凄く感謝していたらしい。


 魔物に襲われて苦しんでいる人もいるし、

帰ってこない冒険者たちもいるし、

それを知って依頼を受けてくれる人達がいなかったみたいだしね……


 その時に アルテナ達が改めて聞きだした情報では――


 蜂蜜採りの人が魔物と遭遇した場所は、

村から そんなに離れていないらしい っていうのと、

先に行った冒険者たちも四人で、二台も荷車が必要ではなさそう。


 ――ってことだった。


 水と食料と、冒険者たちを運ぶ場合も考えて、

荷車は一台で良いだろう って判断になったので、

使わない方の荷車は村長の家に預けていた。


 村長も快く預かってくれたし、

まさか村長のところから荷車を盗む奴もいないだろうしね。



 ……でも、冒険者の人達、生きてるのかな……


 荷車を押しながら おれは森の中を見回してみた。


 ところどころ陽の光が入ってくる森の中は、

それでも薄暗いところが多くって、

荷車も一台分と数人が並んで通るのが限度なのを見ると、

一台を預けてきたのは正解だったと思う。


 でも、ガタゴトガタゴトと車輪の音がなるのは困るなぁ……

思った以上に うるさいと思うんだよね……


 いきなり蜂の魔物が出てきたら どうしよう……


 今、ミザリーさんとシアンさんは荷車の上にいて、

荷車の前方にアルテナが、左にマルゼダさんで、

右にバーントさん、後方にはジョンとヴィラックが

荷車と おれ達を守るように歩いていた。



 奇襲を警戒するため、おれ達は黙々と歩いていたんだけど、


「あ……」


 ミザリーさんがいきなり声を上げた。


「どうしたんです? ……」


 荷車の上にいる彼女を見上げると、

ミザリーさんには何かが聞こえたようで、

音がより良く聞こえるように エルフ耳に手を当てていた。


 全員が彼女を見て、また周囲を警戒していると、


「この先に、大きな虫の羽音が聞こえます。

それと、複数の人のうめき声のような音が……」


 ミザリーさんの報告に、


「まだ生きてたみたいね。でも魔物と一緒みたい。」

「でも生きているんなら――」


 おれとアルテナは顔を見合わせ、


「もちろん、助けるわよ!! 」


 その言葉とともに おれ達は、

急いで冒険者たちを助けに向かった――

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