第128話 木の壁の村

(前は、ただの木工品だったのに……)


 アルテナは集団の先頭を歩きながら、

ソーマから渡された首飾りネックレスいじり、

目の前へと持って眺めていたりしていた。



 これから向かうチカバの街へ―― と 旅を始めた頃は、


(装飾品なんて、邪魔でしかなかった。)


 アルテナは そう思う一方で、


(綺麗な服を着たり、宝石の指輪とかも身につけてみたい……)


 年頃の女性が持つ憧れを、アルテナも抱いていた。 



(ソーマは……出会った頃と何か変わった? )


 アルテナは首飾りから手を離すと、

後方で歩くソーマに ちらりと視線を向けた。



 ソーマは シアンやミザリーに笑顔を向け、

また 警戒しながらもヴィラックと何やら言葉を交わしていた。



(初めて出会った時の印象は悪かったわね……でも、

印象だけで、ソーマが優しいことだけは変わらない……)


 アルテナは、ソーマと初めて出逢った時からのことを

思い返していた。



 初めて一緒に野宿をした時、

寝過ごしても起こさずに ずっと待っていたこと。


 村の子ども達のために物を作り、また、

戦えもしないのに森に入った子どもを助けに行ったこと。


 立ち寄った先で、黒髪だからと迫害されても騒ぎ立てず、

穏便に街から出て行った時のこと。


 病にした時、朝方まで ずっと看病してくれたこと。


 病み上がりのアルテナを守るために暴漢の前に立ち、

またシアンやブラウが侮辱されたために、拳を振るった時のこと。


 連れ去った大鷲の魔物と心を通わせ、

魔物の死に涙を流し、祈りを捧げた時のこと。


 心に傷を負いながらも、街のため シアンのために、

見せたくもない痣をさらけ出した時のこと。


 屋敷の者達や家族を失ったジョンを慰め、元気づけたこと。


 ブラウ達に追放を言い渡された時も、

怒りだすこともなく 場を治め、出て行くと言ったこと。



(出会った頃と今と、何も変わってないじゃない。)


  光沢のついた木の色から白 赤 青 黄色 紫 薄黄色――と、

色彩鮮やかになった首飾りを握り、アルテナは胸を押さえた。


 抱き着くように首飾りをつけてくれた時のことも思い出し、


 アルテナは胸の鼓動が早くなったように感じ、

また、頬が熱を持って赤みを増していた。



 そんなアルテナの視線の先に、

木の壁で囲われた村が あった――





(木のさくじゃなくって 壁ってことは、

人の数や規模の大きい村ってことなんでしょうか……? )


 村へと進みながら、シアンは そう考えていた。


 彼女が本やブラウから教わったのは、

広さや人の多さによって 木の柵、木の壁、石の壁と、

村や町を 外敵から守る物が変わっているということであった。



 村に近づくにつれ、ジョンとミザリーが外衣ローブをつけ、

シアンも不安から、同じように外衣ローブをつけていた。


 ノースァーマの街では特に何も言われることもなかったが、

生まれ育ったホルマの街では、黒に近い髪の色のせいで

彼女は嫌な思いをし、ブラウの屋敷に引きこもっていたのだから。


(ソーマさんは……ずっと髪を隠していますしね……)


 ノースァーマの街を出て行く前からずっと外衣ローブをつけているソーマを、

シアンは心配そうに見つめていた。


(……殺されそうになったから……)


 シアンは、胸が締め付けられるような思いをしていた。


 パプル家の屋敷の敷地内で、

衛兵士のシェンナがソーマを殺そうとした時、

まるで生きることを諦めるかのように動かないソーマの姿を

シアンは思い出していた。



 もしも あの時、ジョンやアルテナ達がいなかったら――


(私はソーマさんを見殺しにしていたのでしょうか……? )


 ―― それとも、


(私はシェンナさんを止められていたでしょうか……? )


 シアンは そっと目を閉じ、



 ――シアンさん、助けてください。


 壊れた街の上で、ずぶ濡れになりながら

自分に助けを求めたソーマの信頼を――


 初めて心も体も重ねた夜の、

自分を激しく求めるソーマの身体を――


 自分勝手な思いから押し倒してしまい、

自分が傷つけてしまったソーマの心を――


(―― 私が、守れるようにならないと。)


 その決意と共に、シアンは目を開けた。




 シアン達が村の中に入ると、目新しさからか、

村の住民たちの視線が シアン達に向けられていた。


 二台の荷車、鎧を着こんだり外衣ローブを纏ったソーマ達、

そして裸みたいな恰好のアルテナが村の中を歩くのだから、

冒険者たちの立ち寄るこの村の中でも、かなりの注目のまとであった。


 二台の荷車があるのと、なるべく人の目を避けるために、

旅の宿ではなく、村の端にある廃屋を借りることとなった。



「水と食料を調達して、一晩休んだら出ましょう。」


 村人たちの奇異な視線を意に介さないアルテナの言葉に、

シアンは言葉もなく頷いていた。


 ジョンもマルゼダもバーントも、ミザリーもソーマも、

シアン同様に、この村での居心地の悪さを感じていたのであった……

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