第118話 種の生存を

 ノースァーマの街の外で、

犬の魔物の群れと戦っていた冒険者たち。


 土や草花の匂いよりも濃く 汗と血の臭いが戦場に漂う。


 片手では たりない程の数の人が倒れ、

またそれ以上の数の犬が横たわっていた。


 風に乗って、焼け焦げた匂いと鉄の匂いもまた

生き残っている者達の臭覚を刺激していたが、

 それによって表情を変える者は誰もいなかった――





 彼ら冒険者たちとともに戦い続けていた橙色の髪の男 パンプは、

複雑な心境を持って、街の中から噴きあがる黒い魔力を見上げていた。



 空を飛んだ黒い三つ首の犬の魔物が、

黒い煙の中に入って行ったのを、パンプは目撃していた。


あれ黒い煙に 犬どもが怯えて去っていったのは良いんだが……)


 数の多い犬の群れや、緑色の体毛の魔物二匹が

戦場に残っていたが、この場にいる者達だけで討伐できたかどうかが、

パンプには わからなかった。



 パンプは黒い煙から視線を外し、

自分を慕っていたオーカーとカーキーの姿へと視線を移した。


「カーキー……」


 パンプの取り巻きであるオーカーがちから無く彼の名前を呼び、

膝をついて彼の肩を抱き、物言わぬ彼の 組まれた両手の上に片手を載せていた。


 次第に冷たくなる体温と両手の感触に、

オーカーの肩が震え、頬を伝う涙がカーキーの体の上に こぼれ落ちていた。



 パンプが戦場を見渡した視界の中では、

魔物の群れを撃退したことを喜ぶ者がおらず、


 戦友仲間の死に悲しむ者や、

街中から噴きあがる黒い煙を見上げて、不安や恐れを感じる者達しかいなかった。



(いったい街中で何が起こってるっていうんだ……? )


 パンプもまた、湧き上がる不安と ともに黒い煙を見つめていた。





 おれは……夢を見ているのか?


 おれは……生きているのか?


 おれは……死んでしまったのか?



 暗くて何も見えない……自分の体の感覚がない……


 目を閉じているのか、それとも目を開けているのかも わからないし、

自分が呼吸をしているのか していないのかも わからない……


 自分がまるで たましいか幽霊か、

夢の中にいるかのような感じ……



 おれは、あの女の人按摩師に刺されたはずで……


 おれは、あの幻聴に助けを求めたはずだった……



 おれは……アルテナとの約束契約を守れないまま 死ぬのかな……


 みんなは今、どうしているんだろうか……



 そう思ってたら、暗くて見えなかったはずの視界に

突然ぼんやりと、白い何かが見えるようになった。



 不定形だった体が整形され固定されていくような、


 細胞の一つだった自分が

急速に細胞分裂を繰り返して人間になったような、


 先ほどまでのことが夢だったとわかるような感じで、

自分のすぐ目の前に 肌の白い女性がいた。



 黒い視界の中で 相対的に肌が白く見える女性は、

おれの体に―― 腰にまたがっていた。


 違う……腰から下が、おれの体と『一体化して 繋がって 』いる……



 おれが それに気づいた時、

 ぬるりと おれの腰から抜け出るように

足を生やしながら分離した女性は、


「腹が満たされ、嬉しく思うわ。屋久達やくたち蒼真そうま。」


 口元をニッと歪ませて抱き着いてきた。


 よくよく見てみたら、彼女は加工屋の前で出会った、

あのずぶ濡れだった長い黒髪の女性だった。


 彼女は裸だったけど……



「おれの名前……」


 名前を、それも苗字を呼ばれたことに、おれは驚いていた。


 名乗ってなかったはずなんだけど……



「蒼真、異世界から来た人間。」

「ど、どうして それを――? 」


 アルテナにも話したことなかったのに――


「知ることが望みであった。構成情報や記録は得た。」

「あの――? 」


 いきなり何を言ってるんだろう、この人……?


「知識の収集は種の生存のため。

変異した種であるが、変異前と類似点は多々あるわ。」



 でも、おれが異世界の人間であることを知っている――



「不明な点は多々ある。この状況も そう。

それを理解できることが、ないこともある。」

「はぁ……」


 おれは この人が理解できないけど――


「別の種と類似した形態に変異することで、

その種との繁殖が可能になった。変異は進化にも退化にも繋がる。

 変異ができることこそが不明であるが、それは種の生存を促す。」

「つまり、どういうこと? 」


 おれは目の前の彼女から、目を離すことができなかった。



「変異による繁殖によって種の生存を……

つまり……これから巣に帰って、蒼真の子を産む。」

「えっ!? 」


 こ、子を産むってっ!?


「そのための情報を生殖器に取り込んだ。

多くの情報を脳に取り込んだ。」


 いつの間に……あ、もしかして、

さっきまで体がくっついていたのって……



「……っ、敵が来ているため、逃げるわ。」

「敵!? 」

「必要があれば、また会いに行くわ。」

「あ、待って――」


 言いたい事だけ言って、

女の人はおれから離れて どこかに消えて行ってしまった……



 それにしても、敵って……


 自分一人だけになった黒い空間の中で、

改めて自分の状態を確かめてみる。


 さきほどまでと違って、手を握る感覚もあった。


 服は胸元の破れてるワインレッドのキメルスドレスに、ズボン。

刺されたのは夢じゃなかったみたいだけど、おれ……生きてる?



 傷のない胸元に手を当てて確かめていると、

黒かった空間が、黒から白へと変わっていった――

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