第119話 変化

 夢か現実か わからない黒い空間で、

おれは加工屋で出会った女の人の言動に

驚かされてばかりだったんだけど、


 いきなり視界が、黒から白へと変わって――



 血で汚れた地面に壊れた屋敷の正門、

仰向けに倒れている人の姿が、おれの視界に入っていた。


 さっきまでの黒しかない空間は なんだったのか、

今は もう普通に青空も見えていた。



「あれ? ……」


 体を起こすと、土や血のへばりついていた感覚が肌や髪、

それに服に こびりついていて、いつの間にか、

 おれは右手に剣を握りしめていた。


 血で汚れた剣だった……


 立ち上がると、おれの視界で倒れている人が、

おれを刺した女の人であることに気づいた。


 その人は首にナイフが刺さっていて、

どうやら、もう死んでいるみたいだけど……



「う、ううん……」

「……んぅ……」


 声を聴いて背後を振り返ると、

ジョンとミザリーさんが起き上がろうとしていた。



「っ! ソーマ君っ!! 」

「あぁっ! ソーマ様っ!! 」


 二人は おれを見て、

感激している様子で立ち上がったんだけど――



「あれ……? 」


 おれは二人を まじまじと見て、


「ジョンって、左目だけ赤かったっけ?

それにミザリーさん、耳が……」


 ジョンは目も髪と同じ黄色だったのに、左目だけが赤いし、

ミザリーさんは耳が長くとがってて、エルフ耳になっていた……


「「っ!? 」」


 ジョンもミザリーさんも、お互いに起きた変化に驚いているみたいだし、

おれも今の状況に理解が追いついていなかったんだけど――



「やっと見つけたっ!! あはははははっ!! 」


 ―― 屋敷の屋根の方から聞こえた笑い声に、

おれ達は全員 声の主へと視線を向けていた。



「あいつは……」


 見覚えがあった。


 以前、ミザリーさんと出かけている時に

おれ達を襲おうとした謎の男達を撃退し、

 おれをお姫様抱っこしてケルベロスっぽい魔物のところへ行こうとした

赤紫色の髪の男が屋根の上にいた。



「この湧きあがるちから! 素晴らしいよ!! 」


 赤紫色の髪の男の体から、

湯気のように黒い粒子が立ち上っていた。


「壊せ! 殺せ! 潰せ! あはははははっ!! 」


 男は左手に、だらりと脱力して動かなくなった青紫色の

髪の人の首を掴んでいて、


「あぁ、邪神様は このおれに、

ヴィラックに 更なる力を与えてくださったのですねっ!! 」


 嬉しそうに、その人の首を片手で握り潰した。



 こいつ……ヤバいだろ、本当に……



 そのヴィラックの視線が おれに向いて、

おれは思わず後退あとずさりしてしまっていた。


 ヴィラックは おれに視線を向けたまま屋根上から飛び降りて、

何事もなく着地しては ゆっくりとこちらへと歩いてきていた。



 ――と、思ったら、突然 上空を見上げていて――



 地面を揺らす衝撃を持って、


「見ツケタ。」


 ケルベロスっぽい魔物、あの黒い三つ首の魔物が、

おれの背後に着地して、大きく翼を広げていた。



 ……いつの間に翼が生えたんだ? ……





 パプル家の屋敷から噴きあがる黒い魔力が消えていることに

アルテナたちが走り去った方向を見続けていたディールたちは気づき、


 翼の生えた三つ首の魔物が降りていった場面をも目撃していた。



(とりあえず、クネガーのところに戻ろうかねぇ……)


 この場にいる他の者達が同一の方向を見ている時に、

カルミアは一人、これからのことを考えていた。


(ラティは……動けそうにないねぇ……)


 黒い魔力が噴きあがった後、

慌てて この場へと一緒に逃げてきたカルミアとラティ。



 ラティはソーマが刺された事による衝撃と、

フォリアに死なれた事での悲しみで、

石畳の地面に座り込んだまま呆然としていた。



(魔物、魔族、か……本当に邪神とか いるのかねぇ……)


 カルミアは再び、パプル家の屋敷の方向へ目を向けていた。

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