第117話 明かせぬ言葉と明かした気持ち

 ジョンが黒い空間の中で 色の白いソーマと話していた時――



 剣に胸を貫かれ地面に横たわったソーマのそばで

膝をついて両手で顔を覆っていたミザリーは、

 ジョンと同様に 謎の黒い空間の中で、ぼんやりとしていた。



 夢か現実かも わからないような空間で、

眠るように目をつぶっていた彼女は、


「ミザリーさん。」


 名前を呼ばれて、うっすらと目を開けた。



「ぅ……ん? ……」


 真っ暗な視界の中で、白濃く見える人の姿が――


「っ!? 」


 目の前で刺されて倒れたはずのソーマが

ミザリーの目の前にいた。



「ミザ―― 「ソーマ様っ!! 」


 服を着ていないソーマが話す前に

ミザリーは彼に抱き着き、


「ソーマ様……無事で良かったぁ……」


 今にも泣き出しそうな声で彼女は、

抱きしめる腕にちからを込めていた。



「……」


 抱き着かれているソーマはされるがまま、

淡々とした表情で ミザリーを見つめていた。



「……落ち着いた? 」


 ミザリーの感情の昂ぶりが治まるのを待っていたソーマに、


「はい……でも、本当に無事で良かった……」


 ミザリーは微笑みかけた。



 黒い空間の中だから 肌の色が白く見えるソーマは、


「ミザリーさんは、おれに何を隠してるの? 」


 表情もなく、ミザリーに尋ねた。


「そ、それは……」

「……」


 ミザリーは、自分が黒魔導教団の団員であることを隠していた。


 一度は それをソーマに打ち明けようとしたこともあったが、

言えずに今まで過ごしていた。


 ソーマを想う前は、ジョンの事を想っていたことも、

ミザリーは彼に隠していたのであった。



「……」


 表情がなく、また 服も着ていないソーマは返事を待ち続け、



「……今は、言えません……」


 ミザリーは頭を下げて、隠していることだけを明かした。


「今は……」

「はい、言えません……」

「……」

「それを伝えてしまえば、私はソーマ様の前から去らないといけません……」

「……」

「私は……私は……」


 ソーマを狙う教団の人間であると知られれば、

ミザリーはソーマのそばに いられなくなる。


 けれど、ソーマのそばに居続けていたい。


 すべてを明かした上で傍に置いて欲しい気持ちと、

明かすわけにはいかない、明かせられない気持ちとで、

 うつむき、言葉を紡ぐこともできなくなったミザリーを、

ソーマは無言で見つめ続けていた。



 だが――



「ミザリーさん。」

「……」


 ソーマに声を掛けられたミザリーは視線だけを ソーマに向け、


「強くなりたい? 」

「え? 」


 ソーマの質問に、ミザリーは

問われている意図が一瞬 理解できなかったが――



 二人で街を歩いていた時に襲われかけた時と、

目の前でソーマが刺された時のことを思い出して、


 また、目の前のソーマに、

すべてを打ち明けることができないことを恥じて、



「はい……」


 ―― ミザリーは顔を上げて、ソーマに答えた。



 ソーマはミザリーの返事を聞いて、

彼女の頬に両手を添え、


「あっ……、……」


 触れられたミザリーの声に何も反応しないままソーマは

彼女の耳の上部を親指で撫で掴み、


「……」

「んっ……」


 肌の白いソーマは ミザリーの唇に唇を重ねた。





 アルテナとバーントの二人は、

飛び去った黒い三つ首の魔物を追って街の中へ入り、

進行方向であるパプル家の屋敷へと向かっていった。


 上空を飛んでいる黒い三つ首の犬の魔物は、

躊躇ちゅうちょなく黒い魔力の噴煙の中へ突入し、その姿を消した。



「今度は……どんな黒い魔物が……」


 アルテナは不安気に呟いたものの街中を走り続け、



「あっ、みんなっ!! 」


「アルテナさん……バーントさん……」


 アルテナ達は パプル家の屋敷へと続く道の途中で

立ちつくしているシアン達と合流した。



 シアン達の表情が暗く、

黒い魔力が噴きあがっている今だからか と思ったアルテナだが、



「……ソーマはどこ? 」


 ここにいない彼を不思議に思って、声を上げた。


「ジョンとミザリーもいないな……」


 バーントも周囲を見回して、

この場にいない二人の名前を挙げ、


「三人は まだ屋敷にいるはずだ……」


 ディールが うつむきながら答えた。



「屋敷って、あの黒い魔力の中!? 」

「ああ……」

「ああ って、三人を置いてきたの!? 」

「ジョンとミザリーが残ってるとは思わなかったんだ。」


 アルテナの詰問きつもんに、淡々とディールは答えていたが、


「ジョンとミザリーが? じゃあ ソーマはっ!? 」

「……」


 彼の名前を出されて、ディールは逃げるように目を逸らした。


「ディール! なぜ答えないのっ!? 」

「あの黒い煙が、彼から出ているからです。」


 詰め寄ろうとしているアルテナの前に立った 侍女のパンジーが、

ディールの代わりに答えた。


「「っ!? 」」


 アルテナとバーントは それを聞いて驚き、


「ソーマさん……刺されたって……」


 シアンのつぶやきを聞いて、


「はぁっ!? 」

「何っ!? 」


 それにも驚いた二人は、シアンに目を向けた。



「刺されたソーマさんから黒い魔力が出て……

彼は、もしかしたら魔族かもしれないって……」


 泣きそうになっているシアンは拳を握りしめて うつむき――



 そんなシアンの様子と、この場にいる者達の様子を見て、

アルテナは強く拳を握りしめた。



「だから みんな、何もしないで ここに立ちつくしてるわけ!? 」


 怒りのこもったアルテナの言葉に、

この場にいる全員の視線が、アルテナに向いた。


 恐れ、悲しみ、諦め、無気力、様々な感情を向けられるが、

どれもがアルテナの怒りを昂ぶらせるものでしかなかった。



(ソーマを街の外へ連れ出せば良かった――!! )


 そもそもの後悔と、


(ソーマを守れなかった――!! )


 彼が刺されたという悲しみと、


(こいつらは、ソーマを見捨てて逃げていった!

黒い魔力がソーマから出たから って――)


 誰も彼を助けようとしていないことへの怒りがこみ上げてきて――



「だから って――」


 思わず言い返そうとしたブラウを、


「―― 彼が魔族かもしれない なんて、私だって考えたわよっ!! 」

「―― っ。」


 ―― アルテナは怒鳴って黙らせた。



「ソーマが何者か? なんて、一緒に旅をしてきた私だって知らないわよ!! 」


 アルテナは、この場にいる全員の注目を集めながら、


「彼が 魔物を相手に戦えない、人を相手にもできないくらい弱くって、

でも彼が、誰かのために体を張ったり 人の役に立とうとしたり、

人や魔物の死にだって 泣いたり吐いたりするくらい優しい奴だ ってことは、

一緒に旅をしてきた私は知っているわ!! 」


 顔を赤くして言い放った言葉に――



「―― っ!? 」


 今まで傍観をしていたマルゼダが――


「―― っ!? 」


 泣きそうにうつむいていたシアンが――


「―― っ!? 」


 状況を見守っていたバーントが――



 ―― ハッとした表情で、アルテナを見ていた。



「ソーマが本当に魔族なんだとしても、彼が彼のままでいるのなら、

私はソーマと一緒に旅を続けるだけなんだからっ!! 」


 言い切ったアルテナは前を向いて、

黒い魔力の―― パプル家の屋敷へと駆け出し、



「ソーマが魔族かどうかは おれにもわからない。

だが、おれはソーマを守ると決めたんだ。」


 決心をしたバーントが アルテナの後を追い、


「今 彼がどうなっているかは、見に行かないとわからないよなぁ。

『箱の中は、中を見ないとわからない』ってね。」


 バーントに続いて、口元をニッと笑みを浮かべてマルゼダが、


「私、やっぱりソーマさんのところに行きます。」

「シアンっ…… 」


 そしてシアンが、彼女を止めようとするブラウに――


「ソーマさんがどうなっているのかは わからないけど、

ここでじっと待ってることなんて やっぱりできないし、

彼が危ない状況にいるのなら、私は助けに行きたいから……」

「……」

「私、彼に散々迷惑をかけてきているのに、

彼のために何もできないのは嫌なんです。」


 ―― そう言って笑顔を見せてから、

パプル家の屋敷へ―― ソーマのもとへと走り去っていった。

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