第116話 白き想い

(……ボクは……)


 ジョンは、自分の置かれている状況が わからなかった。


 立っているのか座っているのか、

寝ているのか起きているのか、

生きているのか死んでいるのかさえも――



(えっと……? ミザリーがそばにいて……)


 ぼんやりとしながらもジョンは考え、思い出そうとし、


(そうだ……ソーマ君が按摩師あんましの一人に刺されたんだ……)


 目の前で起きた悲劇を、ジョンは思い出していた。



 ジョンの視界は、一面が黒であった。

他の色彩は無く、光すら見えない。


 ジョンは自分の置かれている現状が わからなかった。



 しかし――



「―― っ!? 」


 ジョンの視界に、黒一色しかない視界に新たな色が、

色の差によって白く見える人物の姿が――


「そ、ソーマ君っ!? 」


 ――刺されて倒れたはずのソーマが、

黒い水面から浮かび上がるかのように ジョンの前に姿を現していた。



 ソーマはワインレッドの貴族女性用衣装 キメルス を着ているが、

胸元の布地は剣に貫かれたためか縦に破れていた。


 一歩前に進み出た彼の、

破れた布地からできた影が 胸元の白い肌に掛かり、

ジョンは彼の胸元から目を離すことができなかった。



「あ、あれ? ……傷は……? 」


 しかし、つい先ほど刺されたばかりだというのに、

もう助からないかもしれないと思っていたのに、

傷一つない彼の白い胸元を見たジョンは戸惑いながら呟き、



「ジョンは、おれのことをどう思ってるの? 」

「えっ!? 」


 彼の突然の言葉にも驚いていた。


「ジョンってさ、別に相手は男じゃなくてもいんでしょ?

何の事情があるかは知らないけど『女が抱けない』ってだけでさ。」

「そ、ソーマ君――」

「性欲があるのは わかるよ。」

「ちょっ!? 」


 黒い周囲の中で白く見えるソーマは、

淡々とジョンに話しかけ――


「でも、をぶつけるのに都合が良いのが、おれだった だけでしょ? 」

「なっ!? 」

「おれはジョンに好かれるようなことは何もしてない。

 でもジョンが おれを好きであるようにしていれば、

いつかは おれが、ジョンに体を許すようになるとでも思ってるの? 」

「―― っ!? 」


 ―― ジョンは言葉を詰まらせてしまった。


 目の前にいる彼の言っていることは 何一つ間違っていないし、

ジョン自身も薄々思いながら 頭の片隅に追いやっていたことだったからだ。



「おれは やっぱり男だからさ、

男同士よりも女の方が好きなんだよね。」

「……」

「この間、ミザリーさんを抱いたしね。。」

「―― っ!? 」


 淡々とした口調で、笑うでもない無機質な表情で、


「……ジョンはさ……本当のところ、どう思ってるんだよ? 」


 冷たくもないが温和でもない雰囲気のまま、

肌の白いソーマは ジョンに尋ねた。



「ボク、は……ボクは……」


 突然の言葉の連続に、ジョンの思考は混乱していた。



 男として、ブリアン家の嫡子ちゃくしとして、

立場や、これからのことなどが頭の中を目まぐるしく駆け回り――



「わ、わからない……急にこんなことを聞かれるとは思っていなかったし、

ボクは……女性を抱くこともできるけど、君を抱きたいと思っている。」

「……」

「その気持ちは本当だから……君がミザリーを抱いたのは驚いたけど……」

「……」

「初めて出会った時は、それは ソーマ君の言う通りだったよ。

でも、いつまでも最初の通りじゃないから、ね……」


 ―― ジョンは頭の中が真っ白なまま、思ったことを口走っていた。



「……そっか……」


 感情のないソーマの呟きを聞いて、

ジョンは目の前にいるソーマを抱きしめた。


 ソーマはされるがままで、

ジョンを引き剥がそうとしなかった。



「ソーマ君。」

「何? 」


 ソーマの表情は変わらない。


「何かをしていないと好かれない―― のは、確かにそうだと思う。」

「……」

「でも、何もしていなくても 好かれてい と、ボクは思うよ。」

「……」



 ジョンはソーマを抱きしめたまま――



「君はバーントを連れてきてくれた。」


 離れ離れになった親友と再会できたことを――



「いつの間にか、ディールとの仲も悪くなくなっていた。」


 家柄に縛られ敵対していた幼馴染と親しくなったことを――



「ミザリーも、君のことを想ってくれている。」


 自分が応えられなかった想いに応えてくれていることを――



「ボクは君に迷惑をかけてきた。でも君はボクを許してくれた。

 ボクが君を抱きたいと言って こうしていても、

君は拒絶しないでいてくれた。」


 初めて出会った時から掛けた迷惑の数々があっても、

今も彼が受け入れてくれていることに――


「ボクが君を好きになることがあっても、君を嫌うことはないよ。」


 ――心から感謝しながらジョンは 彼に想いを告げた。



「……確かに、いつまでも最初の通り じゃないね。」


 ポツリと呟く彼の雰囲気が、

先ほどとは違って柔らかいものになったように ジョンは感じていた。



 彼の両手が、ジョンの背中に触れた。



「ジョン。」

「なんだい? 」


 それを嬉しく思いながらジョンは、

次に何を言われるのか気になり――


「強くなりたい? 」

「えっ!? 」


 ――そう聞かれて、再び驚いていた。



 ジョンはソーマの問いに驚いてはいたが――



 ミミズの魔物たちの襲撃、犬の魔物の群れの襲撃、

両手探りょうてさぐり』の襲撃の時のことが脳裏に浮かび、


 そして、目の前でソーマが刺された時のことを思い出して、



「強くなりたい。」


 ―― ジョンはソーマを抱きしめるのをやめて、

ソーマの目を見て答えた。



 ジョンの真剣な表情と言葉を、

彼の答えを聞いて、ソーマはジョンの目を見つめながら薄く微笑んだ。

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