第115話 黒に抱く感情(想い)

 ソーマ達のいるノースァーマの街の中で、

黒い粒子魔力が天高く噴きあがっている頃――


 このカラドナ大陸に点在している村や他の街、

つまりは 人々の住んでいるところ では、

この黒い魔力の噴きあがりが、多数の人間に目撃されていた。



 カラドナ大陸の地図を描く上で、中心に描かれている天柱山。


 それに並び立つように噴きあがる 黒い魔力は、

『第二の天柱山』とも『天柱山の影』とも 見てとれるため、

目撃している者達の心の奥底に、不安や恐れを生じさせていた。



 かつて、空より大地へと降り注いだ魔力。


 それを人々に語り継ぐ者が、

今は どれほど生存しているかは定かではないが、

それを連想する者さえ出てきていた……――





 パプル家の屋敷の正面、

壊れた屋敷の入り口付近では、



(なんということだ……この恐ろしい魔力は……)


 黒い魔力の粉塵の中で ローグレー導師は、

自らの周囲に風をまとわせ渦巻かせ、

黒い魔力を吸い込むのを防ぎながらも、呆然と立ち尽くしていた。


 『鈍音どおん』のチョウキを倒した後、

パプル家の屋敷の中へと入ったローグレーは、

マルゼダと同様に生存者の保護と、襲撃者の撃退を目的として

屋敷の中を探索していたのであった。


 自身が不法侵入をしていたため 陰ながら動いており、

ディールとパンジーが生存者たちを連れて屋敷を出たのも見届けていた。



 マルゼダが警戒していたのも察知していたため

屋敷の中に居続けていたが、ソーマが刺された異常事態を知り、

こっそりと屋敷から出てきたローグレー導師であった。



 その、ローグレー導師の頬を汗が伝い落ちる。



(この禍々しい魔力は……彼が生み出しているのか……)


 導師は、自身が少しでも気を抜けば、

魔力で纏わせている風が弱められてしまうことを感じ取っていた。



過激派やつらが彼を狙っていたのは、間違いではなかったのか!? )


 また、黒い魔力を吸い込めば

自身がどうなるかも わからない恐怖を――


過激派やつらの望む邪神こそが、真実だとでも言うのかっ!? )


 そして、自らの信仰心を揺さぶられるのを

ローグレーは恐れていた。





 シェンナが動く事も出来ずに

パプル家の屋敷の近くで 立ちつくしていると、



「やはり、ここなのか……」


 走り寄ってきたブラウは

噴きあがる黒い魔力を見て呟き、


「いったい……どうして……」


 同じく走ってきたシアンは

息も絶え絶えに呼吸を整えようとしていた。



「こ、これは、その……」


 状況もわからないままシェンナが

ブラウに声を掛けようとした時――



「みんな こっちだ! ゲホゲホッ! 」

「けほっ! けほっ! 」

「なるべく煙は吸うなよっ! ゴホッ!? 」


 ―― 屋敷の正門の方向から、

ディールとパンジーを先頭に多数の人間たちが、

 その人間たちの最後尾にいるマルゼダが咳き込みながら、

シェンナたちのいる道へと逃げ込んで来ていた。



「――っ!? い、いったい何があった!? 火事なのかっ!? 」


 シェンナは屋敷の人間であるディールたちに駆け寄って問いかけると、


「火事ではない、が……ソーマが……」

「彼が……? 」


 ディールの口ぶりと 伏し目がちな表情に、


「刺された彼から、あの黒い煙が突然 噴き出して……」

「なっ!? 」


 そして聞きたくなかった言葉に、シェンナは目を見開かせていた。



「そ、ソーマさんが……刺されたっ!? 」


 シェンナと同じくシアンも驚き戸惑い、


「……彼から、黒い煙……」


 対してブラウは、驚いたものの表情はあまり変わらず、ぽつりと呟いていた。



「ところで ディール様。」

「どうした パンジー? 」


 隣に控えていたお付きの侍女のパンジーに

ディールは視線を向け、


「ジョン様とミザリーが おりませんね。」

「―― っ!? 」


 パンジーの指摘に、ディールは背後を振り向いた。


 ソーマを刺した女性と一緒にいた二人は、

涙ながらにも こちらに逃げ込んできている。


 屋敷内にいたパプル家とブリアン家の使用人たちや抱えの冒険者たち、

ジョンやブラウから紹介されたマルゼダという冒険者が居ることを確認し、


 刺されて倒れたソーマの傍にいたジョンとミザリーの

二人がこの場に居ないことを ディールは確認した。



「まさか……まだ あの中にいるのか!? 」


 ディールは信じられないといった表情で噴きあがる黒い魔力の、

パプル家の屋敷の方向を見つめていた。



「もしかして、彼は刺されたまま あそこに居るの? 」


 シェンナもまた、この場に居る人間と居ない人間を調べ、

信じられないといった表情でポツリと呟いた。


 ディールたちの話が本当なら、

彼は刺されたまま 置き去りにされた、という事なのだから――



「―― っ!! 」

「シアンっ!! 」


 それを聞いて 咄嗟とっさに走りだそうとしたシアンの腕を、

ブラウが掴んで彼女を止めた。


「っ!? そ、ソーマさんが、あそこにいるんですよっ!? 」

「わかっている! 」


 彼のもとへ行こうとしているシアンを止めるため――


「なら どうしてっ!? 」

「彼から黒い魔力が出ているなら、彼は もう人族ではないっ!」

「―― っ!? 」


 義理の娘を守るために言い放ったブラウの言葉は、

感情を昂ぶらせているシアンの動きを止め――



 この場にいた他の人間すべての注目を、ブラウは集めていた。



「シアン、あの大鷲の魔物が黒い魔力で変化したのを見ただろう? 」

「でも……」


 困惑しているシアンに、


「街を攻めてきている あの黒い魔物も、

あれと同じように黒い魔力の噴きあがりがあった後に現れた。」

「……でも……」


 彼に想いを寄せている娘に、


「ならばソーマ君が、今 どんな姿でいるのかもわからないだろう? 」

「……、……」


 ブラウは優しく諭し、それを聞いてシアンは吐き出す言葉を失っていた。


 シアンは、ソーマを助けに行きたい気持ちはあるが、

 ブラウの思いやりを感じたシアンは、

ブラウにどう言えば良いか が、頭の中に受かんでこなかったのであった。



「もし彼が人の姿をしていなかった時、シアンは彼を殺せるのかね? 」

「こっ!? ――」


 シアンが その可能性を信じたくないとブラウを見上げた時、


「―― なら、私が行きましょう。」


 シェンナが声を上げた。


「私はボルレオ国の衛兵士だから。」


 シェンナはシアンとブラウの、

この場にいる他の人間たちの視線を引き受け、


「もし、彼が人の姿をしていなければ、衛兵士である私が彼を殺します。

彼が人の姿のままでいるのなら、私は彼を助けます。いいですね? 」

「……ああ……」


 周囲に そう宣言したシェンナは、

ブラウが頷いたのを見てから、パプル家の屋敷へと歩き出した。



(私は……なんでこんなに弱いのでしょうか……)


 動き出したシェンナの後ろ姿を見つめながら、

シアンは拳を強く握りしめ、泣きそうになるのをこらえていた。

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